少年は暴力に晒され、言葉でも心を抉られる
…………ドボォッ!!
「グフッ……!?」
腹部に蹴り込まれた爪先により、肺の中の空気が強制的に押し出された事によって、シェイドの口から間の抜けた苦鳴が漏れ出て行く。
ガイフィールド学校の建物へと入る玄関の所ですれ違い様に、この建物裏に来る様に、と囁かれた彼が向かった先では、予想の通りに彼よりも体格の大きな者達が複数人で待ち構えており、到着した彼へと何時もの様に暴力を振るい始めたのだ。
ほぼ完全に諦めてしまった顔で現れ、先制の前蹴りをモロに受けてしまった為に地面へと崩れ落ちたシェイドであったが、ソレをなした連中は彼の腹を抱えて地面に踞る姿が滑稽なモノとして映ったのか、汚ならしい嗤い声を挙げながら彼へと無遠慮に追撃を仕掛けて行く。
「ギャハハハハハッ!
おい、聞いたかよ今の!『グフッ……!?』だってよ!」
「おう、聞いた聞いた!
マジで、人間そんな声出すのな!」
「クククッ!
コイツが人間かどうかは置いておくとしても、かなり間抜けな絵だったのは間違いないからな!
腹の底から笑えてくるぜ!!」
「ガハハハハッ!
……お、そうだ!良いこと思い付いた!
さっきの呻き声、もう一回出させようぜ!!」
「「「賛成!!」」」
ドゴッ!バキッ!ガスガスッ!ベキャッ!!
人が人に行って良いとは到底思えない暴行を繰り広げた連中は、彼を殴る事で満足したのか、それともボロ雑巾になって反応を示さなくなった彼の事に飽きたのかは定かでは無いが、最後にグッタリとしている彼の頭を蹴り付けて口々に言葉を投げ掛けてから去って行く。
「ギャハハハハハッ!ザマァねぇな!」
「まったくだ。クラウンさんの言う通りにしないから、痛い目を見るハメになるって事がまだ理解出来て無いとは、本当にコイツあの英雄の子供なんだろうな?」
「ハッ!あり得る訳ねぇだろうがよ!
あの伝説にもなってる二人の血を引いてたら、こんな誰でも使えるハズの魔術を碌に使えない出来損ないになんてなる訳がねぇだろうが!」
「そうそう。
同じ血を引いてるハズのカテジナちゃんは、コイツよりも年下なのにもう『未来の大賢者』なんて呼ばれてるんだから、コイツと一緒にしてやるなよ?カテジナちゃんが可哀想だろう?」
「違いねぇや!ギャハハハハハッ!!」
そんな嘲笑と共に連中が去って行った後、傷だらけで痣だらけで服もボロボロにされていたシェイドは呻き声を挙げながらモゾモゾとその身体を動かし始める。
少し前までは全身を覆っていたハズの擦り傷や打撲、服を汚していた負傷からの出血は不自然なまでの速さで止まり、瞬時に、と言う訳ではないが、まるで時間を加速させているかの様な具合にてゆっくりながらも目に見える速度にて塞がり、薄れ、元の肌の状態へと戻って行く。
ソレを目の当たりにしたシェイドは
「………………はぁ、こうやって、すこし魔力の巡りを強めただけで傷は治るのに、何で僕は魔術を使えないんだろうか……」
と誰に向けるでも無い呟きを漏らす。
…………そう、彼が妹から疎んじられ、一般人から見下され、同窓から嘲笑されて虐めの対象とされている大きな原因こそが、彼が人間であれば誰でも使える『魔術』を扱う事が出来ないから、だ。
まず大前提としてこの世界には、普遍的に『魔術』と呼ばれる技術が存在している。
この世界に生ける『人』や『亜人種』を含めた人間諸族も、その人間に対して敵対的な行動を取る危険生物である『魔物』も、大なり小なりその身体の中に『魔力』と呼ばれる『力』、または『エネルギー』を持っている。
その容量は種族や各個人にて異なるし、そもそも種族によっての得手不得手も存在しているが、その『魔力』を消費して様々な現象を引き起こす事を現在では『魔力を扱う技術』として体系化され、一般的には『魔術』と呼称している。
かつては一部の高い魔力を持つ者が『魔法使い』を自称して技術を独占し、ソレを極少数の同じ様な素養を持つ者に対して伝授する事で秘匿しながら受け継いで来たそれらの技術は、アルカンシェル王国の初代国王の時代までは絶大な力を誇る超常の存在として畏れと共に認知されていた。
しかし、初代国王がその認識を撤廃し、全ての人間には大なり小なり魔力が在る事、規模の大小は在っても学習によって誰でも使える様になる事を突き止めて広く公布したのだ。
ソレにより、ソレまでは『不思議な力』として認識されていた『魔法』は一つの技術として認識・解体されて体系化され、今では六つの基本属性とソレに沿った汎用魔術の存在が一般人にも広く認知され、誰しもが何かしらの魔術を行使する事が当たり前の世界へと変化して行ったのだ。
…………だが、そんな世界に於いて、正に『イレギュラー』とでも呼ぶべき存在が一人。
そう、ソレこそが、彼ことシェイドであり、彼こそがこれまで確認されている中では唯一の『魔術を使う事が出来ない人間』なのだ。
とは言え、別段先の発言にも在った通りに、彼にはそもそもの魔力が存在していない、と言う訳では無い。
むしろ、魔力の容量としては、一般人の平均を大きく上回り、世間的に魔術に専念して後衛として活躍する『魔術師』と呼ばれる職種を選択する者と比べても遜色が無いのを通り越し、下手な者よりも彼が秘めている魔力量の方が多い程のモノだ。
……では、何が問題なのか?
それは、彼が己の内に持つ魔力を、魔術と言う形に変換して外に放つ事が出来ない、と言う事だ。
本来、普遍的に普及している汎用魔術に於いての魔術の発動プロセスとは、魔術になる前の魔力を体内にて練り、そこに自らが持つ属性を付与して準備を整え、用意した属性付きの魔力を外部へと解放して汎用術式に注ぐことで発動させる、となっている。
しかし、彼は魔力を体内で練る事や全身に巡らせる事は出来ても、その先に在る属性の付与や体外への解放がどうやっても出来ない為に、一般人に言われる『魔術を行使する』と言う事が出来ないのだ。
その原因を探ろうとした事もあったが、彼の母親は『魔女帝』と呼ばれる程の魔術師であった為に彼女自身が解明する、と周囲に宣言していた為に他の所では手付かずとなっていた。
そして、ソレを探り終える前に彼女は父親と共に、大規模に発生した魔物の暴走を止める為に戦闘に参加し、帰らぬ人となってしまった為に結局原因は今日に至るまで分かってはいないのだ。
……とは言え、矛盾する様ではあるが、彼も全く魔術を使う事が出来ない、と言う訳でも無い。
属性を付与する事が出来ていない為に、現代で言う処の『汎用魔術』と呼ばれるそれらと認定される事は無いが、所謂『無属性』の魔力を身体に巡らせる事で幾分かの身体能力を強化して頑丈にしたり、自然治癒力を強めて怪我の治りを早めたりする事も、やって出来ない事は無いのだ。
現に、先の虐めの現場でも、彼は身体強化でダメージを減らして致命的な負傷を受ける事を防ぎ、受けた怪我は現在進行形で治りつつあり、後残るのは幾つかの大きめだった傷と強目に付けられた打撲痕、それと最後の方でへし折られたあばら骨が一本程度であり、ソレもあと少しで最低限は治癒する事が出来る見通しだ。
そうして何ヵ所か破れた服をどうにか取り繕い、全体的に巡らせていた魔力を折れているあばら骨の部分へと集中させて治癒を促しつつ地面に座り込んでいると、彼の頭上にて無慈悲にも授業の開始を告げる鐘が周囲へと響き渡って行く事になるのであった……。
******
行動に支障の出るであろう部分の治癒を通常では考えられない速度にて終えたシェイドは、足を引き摺りながら校舎を進んで自らの所属する教室へと到着する。
そして、どうにか優先的に動作に不備が無い程度にまで治した右手にて扉を押し開け、骨に入っていた罅の修復を優先させた為に未だに打撲傷が痛みを訴える足にて内部へと踏み入って行く。
「…………すみません、遅れました」
「……またかね?オルテンベルク君?
君は、碌に実技も出来ない癖に、良くそこまで遅刻が出来るモノだね?座学の成績すら危うくなれば、どうなるのかすら分からなくなってしまったのかな?
……まったく、妹さんは確りと『英雄』たるご両親の才覚を引き継いで、学生の身分であるにも関わらずにあれだけの名声を集めていると言うのに、嘆かわしい限りだ……」
「………………すみません…………」
「……はっ!君は、ソレしか言えないのかね?
まぁ、良い。見た処、別段事故に在ったと言う訳でも無いのだろう?ならば、さっさと席に着いて授業に参加したまえ。
それとも、欠席を付けられたいのかね?」
「…………分かり、ました……」
大きなモノは消えているとは言え、それでも服はボロボロで小さな傷も多くあるにも関わらず、敢えて『何も無かった』と断言した教師の目には、先程の連中と同じく彼を『虐げて愉悦を得ても良い相手』であると認識している色が浮かんでおり、彼も一連の虐めに関与しているのであろう事を窺わせた。
しかし、ソレを訴え出る事は彼には出来ないし、その意味も無い。
何せ、ソレは既に彼が以前試した事であり、かつ今まで環境が改善されていない事を鑑みれば、自ずと結果は見えている、と言うモノだ。
半ば諦めの境地にて、周囲から聞こえてくるクスクスと言う嗤い声を出来るだけ聞かない様にしながら、普段座っている席へと向かって行く。
同じ教室に所属するイザベラが、一瞬だけ心配そうに彼の事を窺っていた様にも見えたが、別段行動を起こす訳でもなく、かつ気遣いの声を掛けてくる訳でも無かったし、そもそも普段の態度からして『あり得ない』と判断したシェイドは、特別反応を返す訳でも無くそのまま俯き加減に席へと着く。
そうして彼が席に着いた事を確認した教師は、気分が悪くなった、と言わんばかりに鼻を鳴らすと、流石に嫌いな生徒が登校したから、と言う理由で授業を放棄する事は出来ない為か、不満そうな顔をしながらも授業を再開する。
「…………さて、無粋な遅刻者によって中断されてしまっていたが、再開するとしようか。
先程までも言っていた通りに、現在『汎用魔術』と呼ばれて体系化された属性魔術は、それぞれの個人が生まれ持った基本属性に左右される。
体系化が進められてより現在まで確認された例に於いて、ほぼ確実だろう、と言われている基本属性は六つ在るとされている。
…………イザベラ君、その六つ在る属性とは、一体何か分かるかね?」
「はいっ!
火・水・風・土・光・闇の六つです!」
「……うむ、正解だ。
極一部の特例的な先天的体質としてソレ以外の属性を宿す事や、一部の種族が持ちうる高い素養と適性、または種族による属性の偏りによってそれらを持ち合わせていない、等と言った例外は存在しているが、概ね『人間』と呼ばれる種族はそれらの内のどれかを基本属性として内包して生まれて来る。
それさえ在れば、基本的には魔力の大小は在っても汎用魔術を扱う事は、理論上可能とされており、何も付与していない、所謂『無属性』の魔力を直接操作して行われる原始的な魔術と呼ぶのも烏滸がましいそれらと比較しても、例え制御を道具に頼る事になろうと、少ないとは言え呪文を口にする事で隙を晒す事になったとしても、少なくとも数倍の成果を得られる事は事実として広く知られている。
そしてそれらは、現にここに居る一つの例外を除いて事実として歴史に証明されてきた。ここまでは、良いかね?」
クスクスクスッ……!
教室に満ちた嘲笑のざわめきを以て返答と取ったらしい教師が、侮蔑も露にシェイドへと向けていた視線を再び教室前方の『黒板』と呼ばれる板(例の初代国王が命名。別に言う程黒くは無い)へと向き直って手にしたチョークで六つの基本属性と、その相性を記して行く。
「……コレは、絶対的、と言う程のモノでは無いが、基本属性には相性が在る。
火は水に消される為に弱く、水は土に吸われる為に弱い。土は風によって削られる為に弱く、風は火によって消費される為に弱い。
闇と光は相互に強く弱い関係だが、コレは我々人にはあまり発現しない属性である為に、そこまで気にしなくても良いだろう。
属性の相性にしても、同じ練度、同じ魔力量を込めた魔術同士がぶつかり合った場合、の強弱関係でしか無いので、あまり意識する必要は無い。
相反する属性を持つ相手だからと言って、倒せない訳では無いのだから」
またしてもそこで言葉を切った教師は、先程書き込んだ属性の名称の部分から矢印を引っ張ってそれぞれの相性を記して行く。
授業故に熱心にソレを見詰めている生徒もいるが、ここまでは割りと一般常識の範囲でしかない為に、大半の生徒は退屈そうにしている。
しかし、その雰囲気も続く教師の言葉で一変し、授業を受けている生徒達の殆どが前のめりになって授業に集中し始める。
「……さて、ここまで来れば基本属性については一通りお復習出来ただろう。
だが、皆も知っている通りに、ここまでは『汎用魔術』の範囲でしかない。
と言うよりも、皆は一般的に使われる魔術が、何故『汎用魔術』と呼ばれるのかは知っているな?
……そう、汎用的に、一般的に使用出来る訳では無い、特殊な魔術が別に存在しているから、だ。
それは何か、コレもイザベラ君、分かるかね?」
「……はいっ!
それは、『固有魔術』と呼ばれる、個人個人がそれぞれで持ちうる固有の魔術の事です!」
「……うむ、こちらも正解だ。
一般的に『固有魔術』と呼ばれるそれらは、文字の通りに千差万別となっている。汎用魔術で再現出来なくは無いモノも在れば、全くもって汎用魔術では対抗すらも難しいモノも存在している。勿論、その逆も然りだが、そう言ったモノは基本的には存在しないし、また特定の盤面に嵌められると対抗その物が無意味になる、と言うモノも存在するので確実に注意が必要だ。
さて、この『固有魔術』に関してだが、これは汎用魔術とは異なり本人の才覚が全てだ。凡百な者では修得にすら至る事は出来ない。また、修得に成功したとしても、思っていたモノでは無かった、期待していた程では無かった、と言ったケースも多くある」
その言葉を受けた生徒達数名が、自身の手のひらを見詰め始める。
自身が修得に至るのか、もしくは修得に至ったとしても有用なモノを得られるのか、と言った不安と期待が入り交じった感情故のモノであるのだろう。
そんな生徒達の不安を解す様に、続きを口にする教師。
「続けるぞ。
先程、『固有魔術は千差万別』と私は言ったが、これは文字通りの意味だ。
有名なモノで言えば『雷撃魔術』が挙げられるが、コレは光属性を持つ者だけでなく、風属性を持つ者にも修得に至れる可能性が存在している。
片や『雷』と言う現象その物を操作し、片や『雷』を自由に発生させる事を可能とする固有魔術だが、そこに至るまでの道程は、基本となる属性からして異なっているが結果はほぼ等しいモノとなっている。
この様に、スタートの位置が異なったとしても、同じ様な地点をゴールとする事は不可能ではない、と言う事は覚えておくように」
気休めでしか無いものの、取り敢えずの可能性を示されて表情を明るくする生徒達へと、授業の終了を告げる鐘が鳴る中、最後に、と頭に付けて教師が続ける。
「だが、コレだけは覚えておくように。
確かに固有魔術を修得していなかったとしても、冒険者としては成功できる。
だが、高位の冒険者は須くして固有魔術の修得に成功した者達だ。諸君も、既に修得に成功しているイザベラ君やクラウン会長を見習って、研鑽を怠らない様に。明日には、野外での実習も在る。
それに加えて近々、我が校の生徒は全員参加の上に、他の校からの参加者も在り、王族の方々も観覧にいらっしゃる『武闘大会』が在ると言う事を忘れない様に。
……まぁ、約一名は、研鑽を積んでも無駄に終わるだろう事は、目に見えているが、ね……?」
その言葉により、またしてもクスクスと言う嘲笑にて教室が満たされる中、ほぼ名指しで嘲笑われたシェイドは俯いて拳を握り締める事しか出来ないのであった……。
次回も、暴力表現多めになります




