偽善者を嵌めた反逆者は、龍殺しの末裔と邂逅する
「…………なっ、何だ、これは!?」
突如として自らの手首に発生した魔法陣を目にしたシモニワは、戸惑いが強く浮き出た声色にて取り乱しながら喚き散らす。
慌てるふためるシモニワの様子を横目にしながら、自らに浮かんだ魔法陣を特に何の感情も浮かべずに見下ろすシェイド。
そんな彼の様子から、察しの悪いシモニワも流石にシェイドが何かしたのだろう、と察しを付けて、彼へと目掛けて詰め寄って行く。
「……おい!?これ、お前の仕業だろう!?
何なんだ、これは!?早く外せよ!?」
「何なんだ、とは随分な言い草だな?お前自身が同意したから着いたモノだって言うのに」
「なんだと!?」
「コイツは、『誓約』の魔法陣だよ。さっき、お前も口にしただろう?『誓う』ってさ」
「…………まさか、さっきのやり取りで発動したって言うのか!?」
「そう言う事。さっき、お前も同意しただろう?ソレがトリガーとなって発動した【ギアス】って言う魔術の証だ。ただ単に、『誓い』を立てた者同士がソレを完遂する事を強要するってだけの、安全な魔術だよ。正直者であれば、の話だがな」
そう言って、自らも魔法陣が刻まれ、淡く光を放っている腕を掲げて見せるシェイド。
「ほれ、俺の腕にも刻まれてるだろう?
こうして、互いの一部に同じ魔法陣を刻む事で、互いに交わした『誓約』を忘れない様にしてくれると同時に、ソレを成さなかった場合についての『戒め』を示してくれている、って訳だ。
今回の場合、『誓約』に刻まれた通りに、俺が負けたらイザベラとナタリアの二人に二度と近付かない。俺が勝ったら、お前に纏わる全てをお前かその関係者が語って貰う。
もし、万が一ソレが成されなかった場合、その魔法陣が起動して、俺達の内で『誓約』を破った方が『戒め』を受ける事になる。そら、簡単だろう?」
「い、戒め、だと……!?
ソレって、万が一発動したら、一体何が……!?」
「……え?もしかしてお前、完遂するつもりが無い、と?
自分から、半ば無理矢理押し付けておいて、自分はやり遂げるつもりなんて欠片も無かったと、そう言うつもりじゃ無いだろうな……?」
「…………そ、そんな訳が無いだろう!?
……た、ただ、もし万が一破ってしまった時に、どうなるのかを把握しておいた方が良いと思ってだな……!?」
「…………ふぅん?まぁ、取り敢えずはそう言う事にしておいてやるよ。
で、破った際にどうなるか、だったか?
取り敢えず、今回は【ギアス】が発動する際に特段指定はしなかったし、誓った内容と陣が刻まれた場所から鑑みるに……まぁ、最悪でも刻まれた魔法陣が爆発して、腕一本無くなる、って程度で済むだろうから、そこまで気にする必要は無いんじゃないのか?」
「……!?う、腕一本無くなるかどうかな状況で、お前一体何を!?」
「はぁ?寧ろ、腕一本で済む程度の問題で、何でそこまで狼狽えてるんだ?お前は。
この手の魔術誓約なんて、基本的に命のやり取りだとか、何が何でも成さなけりゃならない事柄だとか、そう言う諸々を強制的に相手に呑ませる為に行うモノだぞ?
中には、不履行にしてやろう、と企んだだけで相手の命を奪い去る、みたいな条件を科せるモノだって在るのに、高々後から生やせる腕の一本程度でそこまで大騒ぎするんじゃねぇよ。ビビってるガキじゃあるまいし」
「なっ!?ガキとは何だ、ガキとはっ!?」
「………………いや、キレる処そこかよ……?」
ついさっきまで、腕が無くなるかも知れない、と言う事にビビり散らしていたシモニワだったが、ソレに続く形でシェイドから『ガキかよ』とからかわれた事に過剰に反応を示して彼へと噛み付いて来る。
ソレを、最早呆れを隠そうともしなくなったシェイドが、些か場所を外した様な突っ込みを入れて振り落としてしまう。
ソコで、改めて距離を取ったシェイドは、そのままシモニワに対して背を向け、その場を後にしようとする。
既に、危機感の足りない阿保に対しては、首輪を付ける事には成功している。
後は、当日に勝ち上がれば良いだけの、簡単なお仕事、と言うヤツだ。
幸い、誓約の『どちらが勝ったのか?』の判断基準としては、直接対決して勝った方が、と言うモノの他に、より先まで勝ち進んだ方が勝利したと見なす、と言うモノも含めてある。
故に、優勝は出来たものの直接やりあってはいなかったが為に誓約不履行で勝負は無効、と言う事態に陥る心配はしなくても済む、と言う訳だ。
なので、この場でこれ以上何事かを喚き続けているシモニワを相手にする必要性は無いし、元々予定していた会場の下見を済ませたらそのまま帰ってしまうのも良いかも知れない。
流石に、明日試合が在る以上、ほぼ可能性は無い上にすぐに治るとは言え負傷をするかも知れない魔物狩りに行くのはちょっとどうかと思わなくも無いし、何より彼が金策として頼りにしていた様な高位の魔物はカートゥ近辺のモノは狩り尽くしてしまっている為に、狩りに行ける様になるのはもっと後になるだろう。
まぁ、尤も、そうして居なくなった魔物が再出現する頃には、予定通りに事が運んでいれば彼はとうにこの国から出て行っているハズなので、気にするだけ無駄な事なのかも知れないが。
…………と、そんな感じで無視されているにも関わらず、未だに彼の背中へと何事かを喚き続けているシモニワの事を意識の端にも上らせずに、当初の目的を果たす為に一歩踏み出そうとした正にその時であった。
彼の耳へと、ガラガラと音を立てながら道路を舗装している石畳を車輪が削る騒音と、履かれていると思われる蹄鉄が石畳を踏み締める幾つもの足音が届いて来る。
それに対し、不審なモノにでも遭遇した様に足を止め、眉を潜めてその音が聞こえて来た方向へと視線を向けるシェイド。
……浮かべられた表情は、引き締められていながらも、警戒心を露にしたモノとなっていた。
雰囲気を突然切り替えた彼の姿に、漸く自分の話を真面目に聞く事にしたのだ、と勘違いしたシモニワが更に喚く勢いを増して行くが、ソレを丸ごと無視したシェイドは意識を研ぎ澄ませて行く。
……本来、彼らが現在居る大闘技場は、このアルカンシェル王国に於いては『観光名所』として有名な場所である。
故に、普段であれば、各地からカートゥを訪れた観光客達が集う場所であり、当然の様に観光客を乗せた辻馬車の類いもひっきりなしに訪れる場所でもある。
…………が、現在この大闘技場は武闘大会に使用される、と言う事が周知されている事があり、必然的に定期的に開催されていた催し事は行われていない。
故に、必然的にソレを目当てとした観光客は今は寄り付く事は基本的には無いし、その観光客を目当てとした辻馬車の類いの運行も、本選の行われる明日ならばともかくとして、未だに試合の無い今日この日にこちらへと向かって走ってくる事は無い、と言っても良いだろう。むしろ、予選の行われている小闘技場へと向かって行く方が、乗客は拾えるハズなので稼ぎにはなるのだから。
……ならば、何故このタイミングで、大闘技場しか近間に存在していないこの場所へと目掛けて、馬車が駆けて来るのか?
その心当たりとしては、余程の変わり者で、どうしても史跡として見てみたかった!と言う酔狂な観光客で無ければ、概ね二つに絞られるだろう。
一つは、彼と同じく、予選が早く終わった為に、明日の会場を下見しておこうとして、この場所へと向かっている、と言う場合。
その場合、騒々しく走らせているのは、この後に他に予定も在る為に、急ぎ目に馬車を走らせているから、と言う事ならば、説明がつかない事も無いだろう。
…………もう一つは、ここに既に居る『誰か』を目的としている、と言う場合。
そちらの場合、恐らくその目的の『誰か』とは、この場に居るシェイドかもしくはシモニワ、と言う事になるのだろう。
だが、既にそうした事をしてきそうな相手は黙らせてしまっているシェイド(裏社会からの刺客、ゲドリアス家等の刺客等々)にはもう心当たりは特には無い。ランドン校長も、余程の急ぎでも無い限りは、そこまで急ききって馬車を飛ばしてまで彼を探す様な事はしないハズだ。
……と、なると、必然的に目的となっているのは……
そこまで考えを回したシェイドの視界を割る様な形にて、一台の馬車が大闘技場の前広場へと駆け込んで来る。
四頭立てのその馬車は、車体自体の造りもさることながらも、その随所に施された細やかな装飾が荘厳さすら感じさせる程の雰囲気を周囲へと放ちつつ、その中央にあしらわれた『ドラゴンと剣が交差する意匠の家紋』が最も目立つ様に設計されており、ソレを造り上げたであろう職人達の拘りと苦労を想わせる程の出来となっていた。
そして、このアルカンシェル王国にて唯一の家系のみが掲げる家紋を大々的に刻印した馬車がシェイドとその背後で未だに何かしらを喚き続けているシモニワの前で止まると、内側から突然扉が開かれ、中から稀人の血が入っている事を示唆する黒髪を棚引かせた少女が、彼にとっても見覚えの在る数名を伴って降りて来たのであった……。
果たして、一体……?




