少年は世間からの中傷に俯き、学校へと辿り着く
幼馴染み二人を伴って、道を進んで行くシェイド。
その姿は、端から見ていれば右に勝ち気な金髪の美少女を引き連れ、左に艶やかな黒髪の美女を引き連れた正しく『両手に花』の姿に映るのだろうが、その実態としてはそこまで良いモノでも無いだろう。
何せ、右からは常に攻撃的な雰囲気を纏いつつも、まるで『~を察しろ!』と言わんばかりの空気が投げ掛けられている為に、先程と同じ様に何時攻撃されるか分からずに彼の精神を確実に磨耗させている。
逆に左からは、彼を労り左のイザベラを諌める様な空気と言動を取りつつも、まるでこうなっている主原因はシェイドにこそ存在し、ソレを把握してはいるものの敢えてソレを口にするつもりは無い、と言わんばかりの態度であり、表層的には彼の味方をしているようで、その実としてはそうでも無い、と言ったモノになっていた。
そんな二人に挟まれた状態が心地好いハズも無く、一言も発する事無く一路石畳の敷かれた道を進むシェイド。
必要なモノが入れられた鞄を肩から掛けて俯き加減に歩く彼の姿を目にした人々は、小声でヒソヒソと噂話に花を咲かせ始める。
「…………ちょっと、見てよアレ!」
「……あぁ、例の『無能』か。
まったく、良いご身分だよなぁ……?」
「…………子供があんな欠陥品だっただなんて、あの二人も浮かばれないだろうねぇ……」
「その癖して、二人の遺産で悠々自適な生活だろう?
本当に、羨ましい限りだよ」
「あぁ、まったくだ!
お高い学費まで払って学校にも通ってるみたいだけど、どうせ無駄なのに良くやるよ!」
「俺らがあくせく働いて、漸く稼げるだけの学費をポンッと払って入学しておきながら、その挙げ句にあの結果なんだから笑い種だよな!」
「…………まったくだよ。
どれだけ才能が在ったとしても、金が無ければ入学出来ずに埋もれちまうって言うのに、たまたま運良く遺産が転がり込んだからって、その席を『無能』なんかに埋められちまっていたら、堪ったもんじゃないって言うのに、学校側も何を考えてるんだか……」
「どうせ『無能』は『無能』。
誰でも使える魔術を使えないんだから、さっさと辞めて席を空ければ良いのにねぇ……」
「……あのお嬢さん達も、幾ら親の世代の恩人だからって、あんなのに縛り付けられて、可哀想に……」
「幾らお貴族様の家柄だって言ったって、学生時代位は自由に過ごさせて上げよう、って考えは無いのかねぇ~?
アレじゃあ、碌に恋愛処か友人すらも作れないんじゃないのかぃ……?」
別段耳を側立てている訳でも無く、聞こうとして意識を集中させている訳でも無く、ただ歩いているだけでしかないのだが、それでも否応なしに耳へと入ってくる周囲からの陰口に、自然と表情が強張り歩調が早くなるシェイド。
元より俯き加減に歩いていた処を、周囲の声から逃げる様にして視線を更に下げてしまっている為に、ほぼ背後に回っている幼馴染みからの気遣いの込められた視線は遮られ、怒りを込めて周囲を睨み付ける視線にも気付く事無く一人先行する形となってしまう。
それ故、比較的細い道から彼が進んでいる道へと出て来た人影に気付く事無く突っ込んでしまい、情けない声と共に派手に石畳へと尻餅を突く事となってしまう。
「シェイド君!?
大丈夫ですか?」
「ちょっと、シェイド!?
アナタ、何やってるのよ!?」
一人倒れる彼の元へと、言葉遣いからして心配そうにしている事を伺わせた二人が駆け寄る。
尻を強打した痛みにてソレに答える事も出来ずにいたシェイドに代わり、彼へと駆け寄った二人に向けてぶつかられた相手の方が声を掛ける。
「やぁ、おはよう!二人とも。
なぁに、そこまで心配する事は無いさ。何せ、彼も男なんだから、この程度の事でどうにかなるハズも無いだろう!」
「…………あら、クラウンさんでしたか。おはようございます」
「あっ、会長じゃん!
おはよう!今日も格好いいね!」
「ははっ、ありがとう、イザベラ。君も、今日も可愛いよ。
もちろん、ナタリアも何時見ても綺麗だよ」
「…………あら、ありがとうございます、と言えば良いかしら?」
痛みによって滲んだ涙で霞む中、掛けられた声に釣られる形で怖々と上げられたシェイドの視界に飛び込んで来たのは、彼に寄り添う二人の少女に対して爽やかに挨拶をするイケメンの姿。
サラサラで風に揺れる黄金の様な金髪と、整った容姿に自信に満ちた蒼い瞳の光。
小柄とは言え同年代のシェイドにぶつかられてもびくともしていない鍛えられた身体をしていながら、それでいて不必要に筋肉が着いている様子もスタイルも整っている。
朝日に照らされて光を反射している様にも見える笑顔と、うっすらと覗く真っ白な前歯が発光している幻覚すらも見える様に思える眩しさにより、思わず視線を下へと落としてしまう。
自身には無い男らしく逞しい体躯に歯噛みし、自らの持つ地味で茶色の髪と翠の瞳と、顔立ちも醜くは無いし整ってはいるであろうがそこまで特徴的では無い為に記憶に残りにくい容姿を思い浮かべ、人知れず劣等感に苛まれるシェイド。
そんな彼の頭の上では、自らと接する時よりも刺々しい空気を持たずに柔らかく言葉を発するイザベラと、言外に相手を責める様な含みを持たせずに言葉を交わしているナタリアの様子から、やはり自分は二人から『悪い意味で特別扱い』をされているのだろう、と言う確信を深めて行く。
「さて、じゃあ俺はそろそろ行かせて貰うよ。
君達も、あんまり彼に構いっぱなしで常に一緒に居ないで、少しは自分達の為に動いても良いんじゃないのかな?でないと、今日みたいな時は、一緒に遅刻する事になってしまうよ?」
「…………ご忠告、どうも。
ですが、その心配は無用ですよ」
「まぁ、そうさせない為に、ワタシ達がこいつに着いていて上げてるって訳なんだから、別に気にしなくても良いわよ?」
「ははっ、まぁ、その辺に俺が口を挟むのは筋違いだろうから、これ以上は止めておくよ。
…………っと、そうだ。さっきぶつかった時に、俺の方に彼のモノが飛んで来てたのを忘れてたよ。
コレ、君のだろう?」
自らの価値を改めて確認して気分を沈めていたシェイドの肩へといきなり手が置かれ、その目の前に何かを握っている様な形の手が突き出される。
しかし、その中には掛けられた言葉とは裏腹に何も握られてはおらず、彼の思考を疑問符が埋め尽くしてしまう。
そうして意識的にも無防備になっていた彼の耳元に、イザベラから『会長』と呼ばれ、ナタリアからも『クラウン』と呼ばれていたイケメンが、それまでの爽やかさをかなぐり捨てた、生臭いまでの憎悪と悪意を込めた囁きを彼にのみ聞こえる様に囁いて来る。
「………………わざわざ朝からご苦労な事だな?
いつまで、俺からの『忠告』を無視してこいつらにしがみついているつもりなのかは知らないが、さっさと離れないとお前の学校生活は地獄が続く事になる、っていい加減理解してるんだろう?なら、早い所諦めてあいつらにつきまとう事は辞めておくんだな。
そうでないと、いつまでお前が五体満足で居られるのか、俺にも分からないから、さぁ?」
その囁きにより、奥歯に罅が入らんばかりの強さにて歯を噛み締めながらも、特に反論したり攻撃に出たりする事が出来ずに俯きながら震えるだけしか出来ないシェイドを見下ろし、瞳に嘲笑の色を浮かべながらも特にソレ以上追撃する事もせず、軽く肩を叩いて去って行くイケメン。
その背中を怒りと憎しみを込めた視線にて睨み付けながらも、必死に震える手と足をとを隠す事しか出来ない自分に、今度は情けなさから涙が出てくるシェイド。
…………何故なら、今しがた去った彼『クラウン・グル・ゲドリアス』こそ、彼らが通う『冒険者育成学校』の同級生にして生徒会長を務める程の人望を得ている生徒であり、シェイドの幼馴染みへの好意を公言して憚らず、その上でシェイドとは異なり彼女らのファンクラブからも半ば公認を受けている程に周知されていて、しかも本人達からも拒絶はされていない、と言う立場に在り、それでいて彼が学校にて受けている『虐め』を主導している立場に在る人物でもあるから、なのであった……。
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自らを前に去り行く背中へと、憎悪と怒りと怯えとが混じり合った瞳にて窺う様な睨み付ける様な視線を送っているシェイドの頭の上で、顔を上気させながら上機嫌そうな様子を見せるイザベラと、困った様な顔をしながらも嫌悪の類いは抱いていない様子を見せるナタリアの二人が言葉を交わして行く。
「……まさか、こんな朝っぱらから会長に遭遇するなんて、思っても見なかったわね。
でも、やっぱり外見は結構イケてるわよねぇ~!
あ~あ、どっかの誰かさんも、彼を見習ってもうちょっと男らしくなってくれないかしらねぇ~?」
「あらあら、流石にソレはベラちゃんでも聞き逃せないわよ?
確かに、見方によっては男らしい面もクラウンさんには在るかも知れないですし、行動力だとかはシェイド君にも見習って欲しいと思う面も在りますけど、彼はあまり良くない噂も耳にする人ですよ?」
「えぇ~?
でも、ソレって『貴族家である事を嵩にしてやりたい放題』だとか『女関係にだらしなくて何人にも手を出している』だとか『気に入らない相手を大規模な虐めの対象にしている』だとかでしょう?
そんなの、会長の人望と容姿と地位に嫉妬した連中が流してる根も葉もない噂でしょう?」
「そうでしょうか?
少なくとも、彼はここに居る私達に対して、同時に口説く様な言葉を投げ掛けていたのは事実ですよ?」
「はぁ?だから何?
複数婚だって認められてるこの国で、実際に何人も無理矢理手込めにしている、とかならまだしも、その程度のヤンチャも出来ないで男語られても『だから何?』ってならない?
それに、虐め云々については確実に嘘でしょう?何せ、話の出所がコイツなんだから、それこそ信じるに値しないってモノじゃないの?少なくとも、コイツと会長とじゃ信用度に差が在りすぎるって事位は、リア姉も理解してくれるわよね?」
「…………う、うぅ~ん……。
……まぁ、確かにシェイド君の言っていた事でしか無いし、受けたって言う暴行の跡も無かった以上、全面的に信用して上げられない、って点はお姉さんとしても認めざるを得ないわよ?
でも、だからって今までずっと一緒にいたシェイド君の言う事を一切信じないで、良くない噂も在る彼の事だけを信じるなんて事は、やっぱり止めておいた方が良いと思うのよねぇ……」
片や、実際に『そうだ!』と口にしてはいないながらも、言外に含ませた言葉によって完全にシェイドとクラウンの事を比較し、彼の事を馬鹿にする言葉を並べて行くイザベラ。
片や、ソレに完全には賛同せず、その上でクラウンの事を肯定するのは危ない、と警告しながらもシェイドについては特に否定する事も庇う事もせずに流してしまっているナタリア。
その言葉の応酬を、聞くつもりが無かったにも関わらずに聞かされる事になってしまったシェイドは、かつて自身が行った愚行とその結果を思い出して更に憂鬱な気分になりつつ、立ち上がって尻を中心に着いてしまっている土汚れを叩いて落として行く。
そんな彼の動きに釣られる様にして、一時的に会話を打ち切った二人と共に元々の目的地を目指して進んで行くと、周囲を柵と木々に囲まれた広大な土地の中央に聳える、それまでのモノと比較しても一際大きな建物が彼らの視界に入ってくる。
ソレこそが、彼らが目指していた場所でもあり、これまでの会話でも『学校』の単語として登場していた施設でもある『ガイフィールド冒険者養成学校』、通称『学校』または『ガイフィールド学校』の姿だ。
この国、『アルカンシェル王国』には一つの不文律として『学校への入学』が存在している。
別段、国が国是として掲げている訳でも、また莫大な税金の類いをつぎ込んで公共事業として行っている訳でも、義務として定めている訳でもない。
ただ、この国を作った初代国王が別の世界からの来訪者として迷い込んだ『稀人』であり、彼の故郷に於いては
『学校に通うのは義務であり、そうでないとまともな職に就く事は出来ない仕組みになっていた』
と語っていたためだ、と言われている。何せ、その王も別に義務として定めたりはしていなかったからだ。
とは言え、それも制度として明文化されて定着しなかった、と言うだけの話。
バッチリと習慣としては定着してしまっていたのだ。
特に、かつて王が所属していた組織であり、かつ人員の損耗が何も予備知識の学習をさせていない時といる時とではあからさまに異なる、と言う情報が上がって来てしまっている冒険者界隈ではその傾向を重視する風潮が強く、こうして実際に広大な敷地までギルドの方からの出費によって確保して拵えてしまうに至っている、と言う訳だ。
他にも、元々この世界に於いては『学校』と言えばコレ、と言う認識であった、貴族家の時期当主やその補佐をする者に対して統治や領地経営、社交に於けるマナーや意義等について学ばせる『貴族学校』や、比較的最近になって数を増やしつつある各職人ギルド主導による『職人育成学校』等も存在しているが、このアルカンシェル王国に於いては基本的に『学校』と言えば『貴族学校』か『冒険者学校』を指す事の方が多い。
そして、その中でも、彼らが今目の前にしている『ガイフィールド学校』はメジャーとなりつつある冒険者学校の中でも『名門』と呼ばれるモノに分類される。
他に存在する冒険者育成学校に於いては、基本的に弱い魔物の倒し方やその解体方法、簡単や読み書きと計算程度を半年から一年程掛けて教え込む程度でしか無い。
だが、このガイフィールド学校は魔物の存在や生息地域、警戒しなくてはならない行動、毒や麻痺と言った状態異常に対する心得、倒した魔物の有益な部位とその保存方法、収集を依頼されやすい素材の採取方法と保存方法、野営に於ける安全な夜番ローテーションから警戒ポイント、と言った冒険者としては必須かつ本職の経験無くしては把握出来ない事柄だけでなく、そちらの道に進んでも十二分に戦力となるであろうだけの読み書き計算と言った教養、商人を相手取る事を前提とした交渉術、汎用魔術の域を超えた魔術研鑽、各種武具の取り扱い並びに武術の修練、と言った諸々の事柄を、約一年半から二年程掛けて学習させる事を方針としているのだ。
勿論、その全てを学ぶ事は物理的に分身でもしていないと不可能だし、何より慈善事業では無いので先程彼が噂されていた通りに、他とは一線を画する程の入学金が必要にもなる。
だが、ソレを差し引いたとしても『ガイフィールド学校に入学した』と言う事は十二分な名声となる。何せ、クラウンの様な貴族家の時期当主であっても、名前の箔を付ける為にわざわざ貴族学校の方に通わずに、こちらへと通う選択をする程なのだから。
それに、このガイフィールド学校を出ている、と言う事は、シェイドの様に将来の職業を冒険者として考えている者に取っては十二分にメリットとなる。
何せ、一応は冒険者学校に通っていなくとも成れる冒険者の中では、中途半端な叩き上げの中級者を選ぶ位なら、制度の関係上初心者となっているガイフィールド学校卒業生を仲間に入れろ、と言われる程に評価されているのだ。
通常の様に、入りたての初心者だけでパーティーを組んで地道に階級を上げて行くよりも、既に実績と信頼の在るパーティーに入って実力を周囲に知らしめる方が、余程手早く機会も多い、と言うモノだから。
……とは言え、ソレをシェイドがなし得るかどうか、と言われれば、恐らくはシェイド本人もとある理由から首を横に振る事となるだろうが。
そうして歩いて行く内に、シェイド達はガイフィールド学校の校門へと到着する。
イザベラは、今日はどんな事を学べるのか、と楽しげに。
ナタリアは、今日も二人と共に居れた事を内心で喜んで。
……そしてシェイドは、一人これから繰り広げられるであろう地獄を前にして、一人憂鬱さを表情に出さない様にするのに苦心しているのであった……。
次回、暴力表現が多くなります




