市場を散策した反逆者は、そこで意外な場面を目撃する
好奇心の赴くままに、バザールを散策して行くシェイド。
その瞳には、ここ最近は浮かべられる事は無かった年相応の輝きが灯り、普段は自然と滲み出ている鋭い気配も今日この時限りは鳴りを潜めていた。
時に、市民に変装したと思われる貴族家の男を相手に、一見ガラクタにしか見えないモノを売り込もうと、怪しい老人が声を張り上げている現場を目撃し。
時に、不仲で有名な『エルフ族』と『ドワーフ族』が、両者共に自ら作り上げたのであろう武具を比べ合い、どちらの出来が良いのか、と言う事で口論を繰り広げている処に何故か参加する事になった。
前者に関しては、彼の目にはガラクタにしか見えなかったが幾つかの品が売れていたので、恐らくは何かしら意味の在るモノだったのだろう。
後者に関しては、第三者として使って判定してくれ!と頼まれての参加であったのだが、エルフ族が作っていた魔導体(魔術の発動を助ける道具。杖だったり指輪だったりする)に魔力を流せば負荷から炎上し、ドワーフ族の作っていた長剣は同じく流された魔力に耐えきれずに砕け散り、両者揃って目と口を開いて唖然とする事となってしまっていたが。
それら以外にも、色々と起きる出来事と開かれた露店を覗きながら進んでいると、彼の鼻に甘い香りが届いて来る。
菓子や料理の類い程に強くは無いが、その代わりに爽やかさを感じさせるそれらの香りに釣られる形で足を向けた先には、露店、と言うよりも、どちらかと言うと『屋台』と言った方が良いモノが並べられた一角となっていた。
その屋台の上には、色とりどりの果実や作物が並べれられていた。見た覚えの在るモノも、無いモノも混在していたが、店主や売り子による熱心な売り込みと、周囲に撒かれている甘い香りに引き寄せられたシェイドは、手近な屋台を覗き込んだ。
「いらっしゃい!どれか買ってくかい?」
「…………お、おう?あ、あぁ、そうだな……」
すかさず反応し、威勢の良い声を掛けてくる店主。
その反応に、思わず面食らってしまうシェイド。
…………基本的に、このカートゥで主に商店として営業している店では、彼の事は過去・現在共に知れ渡っている。
故に、彼が顔を出せば、他の客の様に対応される様な事は無く、忌々しそうに顔を歪めるか、もしくは恐怖で言葉を失うか、の二択だ。
その為、この近辺の出自でも無く営業していた訳でも無い為に彼の事を知悉していない店主から、こうして勢い良く愛想良く対応された経験が不足していたので、思わず戸惑ってしまった、と言う訳なのだ。
とは言え、日常的に命のやり取りを行っている彼が、そんな些細な動揺が長続きするハズも無く、覗き込んだ屋台の上に置かれていた果物の内の一つを指差す。
「……取り敢えず、コレ一つ貰っても良いか?」
「あいよ!一つ銅貨五枚だよ!持ち帰りかい?
なら、紙袋でも付けようか?」
「いや、ここで試食がてら食うから構わないよ。
別に構わないか?」
「おう、良いさ良いさ。むしろ、良い宣伝になるから構わないよ!
ところで、食い方は分かるかい?」
「いや、初めてだよ。
取り敢えず、そう言うのなら皮は剥いた方が良いのか?」
「あぁ、そうだな。
剥かずに噛ると割りと固いから口に残るし、たまに唇とかがかぶれる事があるから、剥いておいた方が良いだろうな。
後は、真ん中に割りとデカい種が入ってるから、あんまり派手に噛らない方が良い、って位か?」
「…………ふぅん?案外と面倒なんだな?」
「まぁ、否定はしないけど、ウチで扱ってるコイツは旨いよぉ?
匂いからして甘い事は確定だし、一度噛れば溢れる果汁と蕩ける様な果肉があんちゃんを極楽に連れてってくれる事は間違いなしさ!
取り敢えず、一つ食べてみなよ!」
「なら、取り敢えず…………っ!?」
実際に一つ買い上げて、ながらも、店主に薦められるままに、カートゥ近辺ではあまり見ない、鮮やかな赤と黄色に染まっている楕円形の果実を受け取ると、腰に差していたナイフにて適当に皮を剥いてその瑞々しい果肉へと歯を立てる。
すると、店主が言っていた通りに、蕩けそうな程に柔らかな果肉が口の中で解れ、それと同時に喉を焼きそうな程に濃厚な甘味を纏った果汁が口腔へと溢れ返って来る。
思わず、目を見開いて驚愕を顕にするシェイド。
しかし、自らが噛り付いた果実の断面が、今にも地面へと蓄えていた果汁を放出しようとしている様を目の当たりにし、慌てて口腔に満ちていた分を飲み下すと、新たにまた一口二口と噛り付いて行く。
そうして、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらこちらを見ている店主の存在に気付きながらも、まるで飢えた子供の様に、手と口元とを果汁でベトベトに汚しながら瞬く間に一つ貪り尽くしてしまう。
後に残された僅かな皮と、果実の大きさからすればかなり大きい、と言えるサイズの種のみ、と言う見事なまでの『完食』状態であったが、まだ彼には物足りなかったのか、手元と口元を皮袋から出した水で洗いながらも、その視線は屋台の上に釘付けにされたままとなっていた。
そんな彼の姿に、商機と見てかニヤニヤ笑いを深めながら、もう一つ手にとって、アピールする様に翳しながら口を開く店主。
「……さて、あんちゃん?
追加の方は、どうする?
今なら、三つ以上買ってくれるなら、一つにつき銅貨四枚で売るぜ?」
「…………んんっ、そうだな。
追加で、幾つか貰おうか。
…………処で、コレの在庫は、後どれくらい残っているか聞いても良いか?」
僅かに顔を赤らめながら、まるで場の空気を変える様に咳払いをしたシェイドと、更にニヤニヤとした笑顔を深める店主。
しかし、その次に彼の口から飛び出して来た言葉と彼が手の内で示した金貨により、今度は店主の方が唖然とする事になるのであった……。
******
屋台にて、気に入った果実を大量購入したシェイド。
当然、店主からは
『気に入ってくれたのはありがたいが、そこまで日持ちするモノでも無いから、冷蔵の魔道具に仕舞っておくんで無いなら止めておいた方が良い』
と止められる事となってしまったが、彼が果実の詰まった木箱を『道具袋』に仕舞って見せた(仕舞って在る間は外界からの影響を受けないので傷まない)事で余計な心配であった、と理解をしてくれたらしく、快く彼が提示した金額通りの量を売り渡してくれる事となった。
その量、実に樽一つと木箱複数個。
果実の数にして、実に数百個に及ぶ大量購入となってしまっていた。
とは言え、『道具袋』に仕舞っている間は傷む心配は無いし、彼自身も甘味や果実の類いは好んでいる(最近は経済的な事情からあまり口には出来ていなかったが)ので飽きる心配も特には無い。
それに、もう少ししたら旅立とうと言う心積もりでいるのだから、こう言った嗜好品兼高栄養の食品は在れば在るだけ良い。旅路の間の心の潤いは、基本的に食事に偏る事になるのだから。
と言った事情を他の者が知る由もなく、かつ『気に入ったから』と言う理由で在庫の大半を一括で払って行くその金払いの良さを目の当たりにした他の店主達が彼を逃すハズも無く、一時は付近の屋台から押し掛けた売り子や店員達に揉みくちゃにされてしまう羽目となったシェイド。
現在、それらからは既に解放されてはいるが、幾つかの屋台にて最初の店と同じ様に大量購入をやらかして在庫を寂しくしたりもしていたりする。
そうして大人買いしたモノの中には、幾つかかつて口にした事の在るモノも含まれていたが、そうでないモノも幾つもあり、その内の一つを取り出してシャクシャクと音を立てて噛りつつ、まだ訪れていなかった区画の方へと足を向けて行く。
甘味と並んで感じられる酸味に加え、先の蕩ける様な食感とは異なり、適度な歯応えを伝えて来るそちらも中々彼の好みに合致する品物であった為に、適度に楽しみつつフラフラと散策を続けていると、ふとした拍子に特に露店も屋台も出ていない場所に踏み入ってしまう。
どうやら、バザールとして使用許可が出ている場所から外れてしまったらしく、流石に適当に歩きすぎたか、と手にしていた果実の残りの果肉を噛り取り、残された芯の部分を路地裏にポイ捨てするシェイド。
これまで覗いて来た中で、もう一度覗いても良い、何から何か買って行っても良い、と思える様な店が在っただろうか?と記憶を探りながら踵を反そうとするが、その時視界に見た覚えの在る金髪頭が写り込んだ様な気がしてその場に足を止めてしまう。
何年も一緒にいた(居させられた)為に、否応なしに覚えてしまっていたソレだと認識してしまった為に意識が引き寄せられ、そちらの方へと無意識的に視線を向けてしまったシェイド。
既に絶縁を宣言しているのだから、別にもう関わりにならなくても良いだろう?なのに、何故そうやって気にする様な事をする?
アイツだって、昔はこう言った催し物は大好きだったのだから、こう言う場に出て来てもおかしくは無いだろう?なのに、どうしてそこまで確認しようとする?
自らの内側の声だと分かっていながらも、彼はそれらの問い掛けに答える事無く視線をそちらへと向ける。
するとソコには、遠目に見ても『そう』だと理解する事の出来る、出来てしまう元幼馴染みの一人であるイザベラの姿と、その隣に佇み、楽しそうな雰囲気と表情を隠そうともしていない、見た覚えの無い一人の少年の姿が在った。
そんな二人組に対して彼は
「…………え?誰そいつ?
と言うか、お前クラウンの糞野郎とのアレコレはどうなったんだよ、おい?」
との呟きを、驚愕の感情と共に溢す事になってしまうのであった……。
おや?新キャラの予感……?
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