反逆者は、暫しの憩いを市場にて味わう
とある少年が『無能』から『反逆者』へと覚醒を遂げてから、約一月程が経過した早朝。
とある建物の一室にて、積み上げた金貨・白金貨の数を数えていた一つの影が、その顔を黄金や白金の煌めきに染めながら、それらの数を数えていた。
「…………これで、白金貨七十五枚に、金貨が大体二千枚、と……目標の金貨換算で一万枚まで、後少しなんだがなぁ……」
……極一般的な家庭であれば、孫の代まで遊んで暮らしたとしても余裕で遺せるだけの金額を目の前にし、それでもなお不満そうな様子を隠そうともせずに唸り声を挙げているのは、かつて『無能』と呼ばれ、誰からも蔑まれていた少年であるシェイド・オルテンベルク本人であった。
ここ最近の彼は、目標として定めていた『金貨一万枚』を目指して、日夜魔物の討伐に勤しんでいた。
それこそ、ギルドの方から依頼の不履行が出るので止めて欲しい、と言われる程度には精力的に活動を繰り広げ、最早無意味と判断したガイフィールド学校に通う事すら最低限に抑えた状態で、時折襲ってくる刺客(恐らくはゲドリアス家が差し向けて来たモノ)や下らない正義感を顕にした冒険者達を返り討ちにしつつ、拠点としている(せざるを得なくなっている?)首都カートゥ近辺の高位の魔物を根刮ぎにする勢いにて狩り続けていたのだ。
途中、これ以上依頼を受けずに討伐するのならば素材としての買取りを拒否する、と言った脅しにも似た何かを受ける羽目にもなったりしたが、その場でカウンターを豆粒程度の大きさにまで圧縮して見せ、次にソレを告げてきた職員に対して
『次は、お前がこうなるか?
それで、用事はなんだってか?』
と聞き返した処、今までの通りで特に問題は無い、との言質をもぎ取る事に成功していた為に、その後は特に気にする事無く活動を続けていたのだ。
……しかし、ここ最近の行動として鑑みると、既に仕事に赴いて然るべき刻限になっていたにも関わらずに彼が魔物の討伐に赴く事をせず、射し込む朝日を利用しての金数えに興じているのには、それなりに理由が在った。
「…………まったく、後少しだと言うのに、目標を目前として魔物が枯渇する羽目になるとは、思っても見なかったぜ……」
……そう、その理由こそが、先程彼が口にした通りに、このカートゥ近辺にて存在が確認されていた魔物が、彼の手によって殲滅された事で発生した『資金源の枯渇』である。
とは言え、別段カートゥの周辺から魔物の姿が悉く消滅した、と言う訳では別段無い。
流石にカートゥ付近の草むらから飛び出して来てエンカウント、と言う程に場所や時を弁えずに遭遇する事は無いが、それでも少し探せばゴブリンや角兎と言った低位のモノであれば容易く見付ける事も可能な程だ。
……だが、そう言った低位で買取り額の高くない魔物では無く、一体で金貨数十枚が動く様な、そんな高位の魔物が居なくなってしまったのだ。
当然の様に、原因はシェイド。
彼が、ギルドに情報が寄せられるや否や直ぐに出撃し、即座に討伐して持ち帰って来た為に、カートゥ近辺にて確認されていた高額……高位の魔物が絶滅する事になった為に、こうして目標目前にして部屋で眉を潜めている、と言う訳なのだ。
当然、探せばまだまだ居るのだろう。
何せ、魔物なんて言うモノは、まともに生物的な交わりから発生しているモノでは無い、と言う事は分かっている。どうせ放置していれば、その内また何処からともなく湧いて来るのだ。
だが、今正に湧いているのか、それともまだいないのか。居るとしたら何処なのか、どれくらい掛かる場所で危険度はどのくらいなのか、それらが全く以て分からない状態から手探りで見付けるのは非常に不便だし、何より面倒臭すぎる。
そう言う面で情報の集まる冒険者ギルドは便利だし、自分で交渉しなくても勝手に換金してくれる為に未だ利用し続けている。
……が、以前『無能』と罵りながら虐めてくれた様な連中もまだまだ残っている為に、そろそろ流石に潰し殺さずにいられる自信が無くなって来てしまっている。流石に、そろそろ潮時かも知れない。
そんな物騒な事を一人考えていると、ふとした拍子に開け放っていた窓から、あまり耳にした覚えの無い喧騒が届いて来る。
約半月程前から使っている、単身者の冒険者向けの物件である故に、あまり彼に馴染みの在る場所、と言う訳では無い。
無いが、だからと言ってここまでの賑わいが在る場所が付近に在った、と言う事が在れば最初から利用する事を前提として把握していたハズだ。
ならば、このざわめきは一体……?との思いと共に窓から顔を覗かせて階下を眺めてみると、ソコには昨日まではただの通りであったハズの場所が、色とりどりの天幕や露店に彩られた市場へと変化を遂げていた。
ソレを目の当たりにしたシェイドは、あまりの衝撃に目を丸くするも、とある事実に思い当たり、一つ手を叩き合わせながら言葉を溢す。
「…………そうか。この季節のこの時期、バザールが来ていたのか……!」
この世界には、魔物が至る所に出現する為に、旅路は大変な危険に満ちている。
が、だからと言って一つの都市や国にて生産出来る物資では限りが在るし、需要の全てを賄う事は『出来ている』とは言い難い。
そこで、各地を巡りつつ、その土地その土地で得られる名産品や特産品を買取りつつ、他の土地で得られた商品をその場で放出して行く商人の集団が幾つも存在している。
時に『武装商人団』とも呼ばれるその集団は、それぞれがバッティングしない様に大雑把な時期を定めて各地を転々としているのだが、その内の一つが決まってこの時期にカートゥを訪れていた事を思い出したのだ。
…………幼い頃には、両親にねだって幼馴染みと共に、お小遣いを手に握り締めて突撃した甘く楽しかった想い出だが、最近は財政が困窮していた事もあり、彼にとっては久しく訪れていなかった催し事でも在った。
郷愁にも似た感傷に浸る彼の耳へと、バザールを開催するキャラバンに同行していた旅芸人達が奏でる音楽が届き、ソレを目の当たりにした子供達の笑い声が響いて来る。
最早道では無くなってしまった通りを行く人々からは、一般の人々には滅多に御披露目される事は無い他国の産物を前にした好奇心を隠せない声と、ソレを売り込もうと張り上げられた売り子達の声が、同時に彼の元へと届けられて来た。
祭りの空気に久しく触れ、その熱気を感じ取ってしまった彼は、それまでの生活にてかなり削れ、擦れてしまってはいるものの、未だに若いままの情動を刺激されたからか
「…………良く考えてみれば、もう目標達成は目前なんだし、狩れる獲物が居る訳でも無い。
それに、ここだけでしか手に入らないモノも多いし、近々旅立つ予定なんだから、ここらで物資の買い入れをしておいても、何ら問題は無いな、うん。無いったら、無いな」
そう、他の誰に聞かせる事も無い一人きりの部屋であるにも関わらず、何処か言い訳染みた呟きを溢しながら何度も頷いて見せた彼は、普段から使用している『道具袋』へと数えていた全財産を仕舞ってから腰に吊るすと、年相応の落ち着きの無さを周囲へと振り撒きながら、いそいそと部屋を後にするのであった……。
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「らっしゃいらっしゃい!この辺りじゃお目に掛かれない、南方の品だよ!安くしとくから見てってよ!!」「ウチは西の方から仕入れた織物だ!頑丈でいて、模様も綺麗だろう?奥さんや恋人にプレゼントしたら大喜び間違いなしさ!」「ひっひっひっ!薬は要らんかねぇ~。飲むだけで強くなれる、東方の珍しい飲み薬だよぉ~」「如何ですかぁ~?北国で作られた、溶けない氷の細工物ですよぉ~!ガラスじゃありませんから、見ていって下さいなぁ~」
通りへと向かった彼の事を、様々な売り子の呼び声が出迎える。
右に視線を向ければ、このアルカンシェル王国では珍しい様式の模様が施された布地を広げる、特徴的な布を巻き付けた様な被り物をした男が陽気な笑顔を振り撒いていて、ソレに捕まったカップルと思わしき男女が『どうしようか?』と顔を突き合わせながらクスクスと囁き合っている。
左に視線を向ければ、ソコには妖しげな服装の老婆が地面に敷いた布の上に座っており、その前にはあからさまなまでに妖しげな色合いと形をした薬瓶と水薬が並べられており、若干胡散臭そうな顔をしながらも、冒険者と思わしき服装の男女数名が、購入しようかどうしようか……?と頭を悩ませていた。
右を見ても左を見ても、この付近ではお目に掛かれない光景が広がっており、必要性に駆られて、と言う事以外にも、未知のモノを見てみたい、と言う探求心の面からも彼の『この国を出る』と言う決意を更なるモノとして行った。
年相応の好奇心を顕にしながらバザールをさ迷う彼の耳へと、様々な情報が舞い込んで来る。
「今年、アッチの方はどうだった?」「最近、魔物が多くて困るよ……」「おい、聞いたか?例の噂……」「作物の採れ高はまぁまぁらしいんだがなぁ……」「向こうで売ってた薬、アレってもしかしてガチのヤツか……?」「そう言えば、こっちに来る時はあんまり魔物に襲われなかったな……」「はぁ、まったく……こっちで稼ぐつもりだったのに、高位の魔物だけ狙った様に根刮ぎにされてやがる……商売上がったりだぜ……」「ふむ、これは良いものだな」「ちくわ大明神」「…………おい、今の何だ……?」
…………若干、場違いでかつ理解の及ばない言葉も聞こえては来たが、それも異国からの商団ならではのモノか、と割り切った判断を下したシェイドは、特に足を止める事もせずにバザールの雑踏の中へと足を踏み入れて行くのであった……。
「ねぇ、ベラ。今日って、お祭りみたいな事やってるんでしょう?
なら、一緒に行こうよ!きっと、楽しいから!」
「…………そうは仰られますがシモニワ様、こちらに来られてからまだ日も浅いのですから、あまりそう言う事は……それに、その様にワタシの事を呼ばれるのは控えて頂けると……」
「良いから、良いから!
俺は、君と、君達と仲良くなりたいんだよ!だから、そう言うのは気にしないで行こう!
それに、こう言う時に一緒に出掛けた方が、直ぐに仲良くなれるハズだから!ほら、行くよ!」
「ちょっ!?だ、だから!勝手な事をされると困ります!
それに、そうやって呼んで良い、と許可してはいないとアレほど!?」




