少年は妹から忌避され、幼馴染み達に傷付けられる
一応ヒロイン…………的な存在が登場
朝の日課を終えたシェイドは、身体を拭いてから家へと入り、着替えを終えてから台所へと立つ。
妹であるカテジナとの二人暮らしでは在るのだが、如何せん彼女は朝に強くは無い性質である上に、そもそもあまり料理を始めとした家事があまり得意では無い。
……それに、彼女はとある理由から彼に対して料理を振る舞う、と言った様な事柄を行うのを忌避している為に、期待して支度しないでいると朝食を採り損ねる事になりかねないのだ。
と、言えば少し表現はアレかも知れないが、元よりシェイドは家事の類いを苦としない性格と気質の持ち主であった為に、特にその辺は気にしない、否、気にしない様にしながら竈に薪を入れて火を点け、ある程度大きくなったのを確認してからフライパンを掛ける。
その気になれば、こうして薪をくべて火を起こすなんて原始的な方法を使わなくとも、魔物から得られる魔核を原動力として使用する『魔道具』を使えばもっと簡単に作る事も出来るし、実際に家には両親が買い残していった魔道具が在る為にやろうと思えば出来るのだが、動力源となる魔核は魔物を倒さなくては手に入らないし、購入するにもそれなりの金額が必要となってしまう。
……一般的な家庭からすれば、大した事の無い額でしか無い。だが、その程度の出費であったとしても、彼にとっては節約しなくてはならない部分であるのは、間違いが無いのだから。
そうしている内に適度にフライパンが温まったタイミングを見計らい、保存食も兼ねて塊で購入しておいたベーコンの脂が多い部分をスライスし、数枚フライパンへと投入して行く。
…………ジュワァッ……!!
食欲を刺激する音と共にベーコンの脂が溶け出し、肉の焼ける芳ばしい香りと共にパチパチと音を立てながら弾けて行く。
ヘラで軽く動かして焦げ付きを防止したシェイドは、ベーコンが焼ける間に昨日に購入しておいたレタスとトマト、ソレと卵を取り出して用意しておく。
既に両親は無く、遺された遺産もとある理由にてあまり多くは手元に無い彼には食品を保存する冷蔵の魔道具を買い求めるのは些か高望み過ぎる願望だ。
だが、だとしても一日程度であれば常温で保存していても鮮度を保つ事は可能だし、保存性の高い食品であれば日の当たらない保存庫に置いておけば暫くの間は十二分に保ってくれるのだから、必須と言う訳でもないのだ。
そんな訳で、商品として販売される過程で消毒の魔道具によって清潔にされているそれらを、汚れを落とす為に軽く洗ってからレタスは手で千切り、トマトは包丁を使ってスライスしてサラダを二人分作って行く。
その途中でベーコンをひっくり返し、フライパン全体に脂を回すと用意しておいた皿に移し、脂が焦げ付く前に卵を割って投入して焼いて行く。
先にベーコンを焼く事で卵が焦げ付く事を防止すると同時に、卵に脂の旨味を吸わせる為のやり方では在るのだが、彼としては洗い物を減らすのと手順を減らすのとを念頭に置いての行動である為に、その辺は割りと『二の次』であったりするのだが、本人はあまり気にせずに水を一差ししてから蓋を被せ、内部を蒸気で満たして蒸し焼きにして行く。
そうこうしている内に、シェイド以外には一人を除いて誰もいないハズの家の中に階段を降りてくる音が響いて来る。
当然、その足音の主であるのは、シェイドの妹であるカテジナ・オルテンベルクだ。
シェイドとは一つ違いの妹である彼女は、明るいブラウンの髪や翠の瞳と言ったパーツを見比べてみれば、確かに兄妹だと言う事が見てとれるだろう。
…………しかし、病的、とまでは行かないまでも、同年代の男子と比べてかなり痩せ細っているシェイドとは裏腹に、健康的で発達の良い身体つきをしているカテジナとでは、一目で兄妹だと見抜け、と言うのは些か酷な話であるとも言えるかも知れない。
たった一つしか歳が違っていないと言う事と、堂々として目付きの鋭いカテジナと普段からして何処かオドオドとしているシェイドとでは、姉弟と見られる羽目になる事も昔から多く在った。
その為……と言う『だけ』では無いのだろうが、シェイドの事を見下しているカテジナは、誰に憚る事も無く不機嫌そうな様子にて台所に立つシェイドに向けて舌打ちを放つ。
ソレを受けたシェイドも、悲しそうにしながらも強く出る様な事はせず、テーブルに置かれた皿をスルーして水差しから水を汲んで飲み干す彼女へと声を掛ける。
「…………おはよう。もうすぐ朝食出来るけど……」
「…………要らない」
しかし、そんな彼の心掛けを、まるで下らないゴミでも見る様な目付きにてバッサリと切り捨てると、乱暴にカップをテーブルへと叩き付けてリビングを後にしようとする。
その背中へと、慌てて声を掛けるシェイド。
「ま、待ってよジナ!
そう言って、昨日もこの間も食べなかったじゃないか。朝食は一日の基本なんだから、ちゃんと食べないと……」
「…………ウッザ。
適当な事言わないで貰えない?アンタ程度にそんな事言われても、信憑性ってモノが欠片も無いんだけど?
それに、アンタにそうやって愛称で呼ばれると寒気がするから、もう無いから止めてくれない?」
「なっ!?
…………な、何も、そんな事言わなくても……!?
ジナと僕は、たった二人の家族じゃないか……」
「…………はぁっ?家族ぅ……?」
シェイドの言葉に、嘲りも露に返したカテジナはその場で腹を抱えて笑いだした。
そして、一頻り嗤うだけ嗤うと、その瞳に憎悪すらも浮かべつつ、口元に嘲笑を張り付けた状態にて酷く冷たい声色にて彼の事を切り捨てるのであった……。
「…………『英雄』とまで呼ばれたパパとママから一切の才能を受け継がなかった、生きてるだけでお荷物な『無能』のアンタと、パパとママから才能をキチンと受け継いだアタシを一緒にしないで貰えない?
それに、家族だどうだ、って言うならさ。もう、そう言うの止めてくれない?もう、アタシ、アンタの事、家族だなんて思って無いんだけど?」
……そして、用意された朝食に一瞥すらもくれる事は無く、呆然としながらもその瞳を哀しみ一色に染めるシェイドに背中を向け、鞄を手にすると家を後にするのであった……。
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呆然としつつ、その瞳を哀しみで染め上げながらカテジナの背中を見送ったシェイドは、玄関の扉が乱暴に開閉する音で動きを取り戻してその場で項垂れる。
「…………は、ははっ……そう、だよね……。
誰も、僕みたいな『出来損ない』なんかとは、家族だなんて言われたく、無い、よね……」
悲哀に満ちた声色にてそう呟いたシェイドは、取り敢えず竈に掛かったままであったフライパンを下ろして焦げ始めていた卵を皿に移すと、沈んだ雰囲気のままに食事を開始する。
……決して旨いからでも、腹が減っていたからでも無いのは、その今にも泣き出しそうな表情から容易に見てとれる。
だが、両親からの教えである『朝食は一日の基本』と言う考えと、折角作った食事を無駄にする事への忌避、更に言えば自らの現状を少しでも良くしてくれるのではないのか?と言う、最早『願望』にも近しい希望を抱いている為に採っているに過ぎない。
しかし、流石に十六歳を迎えて食べ盛り真っ只中とは言え、朝から予期していない……とも言い切れないが、それでも唐突に二人分を平らげろ、と言われても、元よりあまり食が太くない彼にとっては困難な話。
それが体格に恵まれていたが為に、同年代よりも健啖なカテジナの分まで用意していたのであれば、尚更の事である。
傷み易いモノから優先的に手を付けていた為に、温め直せばまだ食べられるであろう、と言う残りモノを一皿に集めて油紙を被せて埃避けとし、保存庫に置いて自らも支度を済ませた彼は、先に出た妹と同じ様な鞄を手に取ると、表情をそれまでの哀しみ一色から憂鬱そうなモノが大きな割合を占めるソレへと変化させながら玄関を開けて鍵を閉める。
すると、その背中へと
「遅い!いつまでワタシ達を待たせるつもりなのよ!」
「うふふ。お早うございます、シェイド君。
でも、急がないと遅刻してしまうのは本当ですよ?」
と言った二つの声が掛けられる。
それに促される形で振り返った彼の視界には、太陽の様な輝く金髪を頭の両サイドで結わえて垂らしている勝ち気そうな女の子と、紫色をしている様にも見える見事な黒髪を一纏めにして肩から前へと流している美女が存在していた。
「まったく!アナタが何時も何時もグズグズしているから、ワタシ達も何時も遅刻しそうになっちゃうじゃないの!
毎回言って上げてるんだから、もっと早く出てきなさいよね!」
「あらあら、ベラちゃん?私も、何度も貴女に言っているハズですよ?あんまり、そう言うの刺々しい言葉は使わない方が良い、って。
幾らシェイド君が遅れ気味だったとしても、半分くらいは私達が勝手に待っていただけなのだから、貴女にそこまで言う権利は無いハズですよ?それに、前から言っているでしょう?印象を強く付けたいからって、そう言う態度に出るのは良くないわよ、って」
「う、うるさいわね!そんな事、リア姉さんに言われなくても分かってるわよ!
でも、毎回毎回、ワタシ達が出迎えて上げているのに、こうやって辛気臭い顔しながらトロトロと出てくるシェイドが悪くない訳が無いじゃないの!?」
顔を赤らめつつ髪を振り乱しながらもう一人に抗議する『ベラ』と呼ばれた金髪の少女は『イザベラ・ウル・カーライル』。シェイドの幼馴染みだ。
全体的にコンパクトでありながらも勝ち気な性格をしている為か、大きくてクリクリとした瞳が小動物染みていて可愛らしい、と評判の外見と相まって『学校』でも中々の人気者である。
そんなイザベラからの抗議を柔らかで上品な微笑みと共に、元より細い目を更に細めながら頬に手を添えて眺めている『リア』と呼ばれた美女は『ナタリア・ヴォア・ビスタリア』。
長く美しい髪と平均よりも高い身長、優しそうな空気の滲み出ていながらも落ち着いて大人びた雰囲気もさる事ながら、その圧倒的ボリュームを誇るスタイルによって同年代の男子の視線を釘付けにしつつイザベラと人気を二分している彼女も、イザベラと同じくシェイドの幼馴染みである。
冒険者であった今は亡き彼の両親が、彼女達の両親と面識があり、その時の関係が今も続いている、と言う事だ。
武の名門として名高い『カーライル家』と『ビスタリア家』は共に貴族家であり、本来ならば彼とも彼の両親とも知り合う縁は無かっただろう。
だが、シェイドの両親であるグライスとシテイシアは『英雄』と呼ばれる程の冒険者であり、かつて依頼を通して両家の当主であり、二人の父親でも在る人達と面識を持つ事となったのだ。
そうして、ソレ以来家族ぐるみでの十数年来の付き合いとして交流が進んでおり、ソレは彼の両親が他界してからも同じく継続され、現在に至っている、と言う訳だ。
「…………おはよう、二人とも。
でも、毎日こうして迎えに来なくても良いんだよ?僕も、『来なくて良い』って言ってるんだから、二人で先に登校してくれていても……」
オドオドとしながらも、今日こそは、と意を決して二人へと言葉を投げ掛けるシェイド。
その言葉には、額面の通りに自分を待っていて遅刻させるのは忍びない、と言う意味と、自分には二人と一緒に居られるだけの価値は無い、と言う裏の意味合いが込められた言葉であった。
……彼にとっては相当に覚悟を決めてのその言葉を、イザベラは苛立たしげにしつつ若干顔を赤らめた状態にて、乱雑に彼の胸ぐらを掴み寄せながら言葉を返す。
「……は、はぁ?アナタ、何か勘違いして無いかしら?
ワタシ達は、アナタと一緒に登校してあげてるの。今は亡き叔父様、叔母様からの言い付けで。
そ、そうでも無いと、なんでアナタなんかと一緒に登校しなくちゃならない訳なのよ!?それとも、もしかしてワタシ達と男として釣り合えてる、とか思ってたりするのかしら!?
貴族家の血筋であり、将来も周囲の皆から属望されているワタシ達みたいな美女が、『無能』で覇気も無いアナタなんかと!!」
「こら、ベラちゃん!
貴女、そんな言い方しなくても良いじゃないですか!
確かに、私達とシェイド君とでは立場や能力に開きが出来てしまっていますが、だからと言ってそんな風に言って良いハズが無いでしょう!?昔からの、たった三人だけの幼馴染みなのですから!
……それに、彼に覇気が無いからと言ってそんな事ばかりしていては、彼に誤解されてしまいますよ?」
「…………はぁっ!?べ、べべべべべべ別に誤解なんかじゃ無いし!ワタシはワタシが思った事を言ってるだけだし!本当だし!!」
横から掛けられたナタリアの言葉により、慌てた様子で掴んでいたシェイドの胸ぐらを放すイザベラ。
ソレにより、拘束から解放されて地面へと尻餅を突き、絞められていた喉元を押さえて咳き込むシェイド。
顔を赤らめながら平坦な胸を反らしてシェイドを見下ろす彼女を咎める様に一瞥し、バツが悪そうな様子を見せるイザベラを横目に地面へと座り込むシェイドの側へとしゃがみこむナタリア。
咳き込む彼へと労る様にして手を翳そうとする彼女を、大丈夫だから、と言わんばかりの様子にて手で遮り、未だに圧迫によって掠れる声にて言葉を返す。
「……大、丈夫だよ、リア姉さん……ベラは、本当の事しか言って、いないんだし……」
「ですが!」
「…………それ、に……僕だって、二人から、僕の事を、異性、として好かれてる、なんて、都合の良い勘違いはし、て無いから、安心、してくれて……良いよ……」
「…………それ、は……」
「…………ちょっ、流石に、そこまで穿たなくても……!?」
「……大丈夫、大丈夫。僕は、勘違いなんて、しないから……。
…………ふぅ、さて、僕が言うのもなんだろうけど、早く行こう?明日からは止めておくかどうかは、取り敢えず置いておくとして、行かないと遅刻しちゃうから、ね?」
そう言うと、それまで乱れていた呼吸を整えて立ち上がるシェイド。
彼の言葉を受けて悲しそうにするナタリアと、何故か慌てた様子を見せるイザベラを尻目に玄関前から歩き出した彼の背中を追って足を進める二人からは、先の言葉とは裏腹に哀しみに満ちた彼の表情を目の当たりにする事は、出来ていないのであった……。
ツンデレ、で済めば別れ話は必要ないんだよなぁ……