反逆者は殲滅龍との戦いに終止符を打つ
『ガハッ……くっ!ハッハッハッ……!』
「…………げほっ……つっ、うぅ……!」
只ミズガルドオルムとシェイドの二人のみが立っている戦場にて、両者の荒い吐息と苦痛に満ちた喘鳴のみが周囲へと響いて行く。
片や、外傷、と言う意味合いでは大した事は無い様に見受けられるものの、巨木もかくや、と言わんばかりの太さと長さを誇る尾によって腹部を痛打され、内臓や肋骨に手酷い損傷を受けてしまっているシェイド。
片や、内臓への損傷、と言う意味合いに於いては先の交戦による心臓への直接攻撃による損壊が多少残っている、と言う程度ながらも、外部的損傷としては片腕の半欠損と胴体部表面の巨大な裂傷と言った、比較にならない程に重篤なモノとなっていた。
流石に、先の魔力の暴発による負傷を修復した事により魔力の総量自体も減少していた事に加え、散々常人ならば一度で干からびる様な空間術式の類いを連発していた事もあり、互いに魔力の消耗が大きすぎたのか、普段であればあっと言う間に跡形も無く治ってしまったであろうそれらは、未だに彼らの身体へと残り続けて発する激痛によって精神を苛んでいた。
未だに継戦能力が尽きてはいないのは流石、と言うべきなのだろうが、とは言え負っている負傷をどうにかしないと命の危機に繋がる可能性が高いのは事実である。
しかも、現状としてはソレを成そうと思ったのであれば、一旦戦闘を中止して魔力のリソースを修復に傾けるか、もしくは外的な要因によって治療の類いを受けるしか無くなってしまっている。
が、ミズガルドオルムの方は頼りにすべき味方側の軍勢は壊滅状態となってしまっているし、傍らに居たハズのズィーマは何故か姿が見えなくなってしまっている。
内心、居て欲しい時に居てくれない味方に対して歯痒い思いを抱くミズガルドオルムであったが、それでも巻き込まれて死んでしまうよりはまだマシであろう、と己の矜持を思い直す。
翻って『ならばシェイドは?』と言えば、やはりこちらも状況としてはよろしくは無い。
何せ、碌に『味方』と呼べる様な勢力が彼の側に在る訳では無いし、在るとしてもソレは『勇者パーティー』のみである。
彼の相棒にして恋人でもあるサタニシスが側に居たのであれば話は別であったかも知れないが、基本的に一度裏切られてしまっている相手(彼視点では)である為に、イマイチ信用しきれない、と言うのは勿論の事、そもそもあまりに頼りになるとは思っていないのだ。
『勇者』であるシモニワは当然の様に何かしらを狙って企んでいる様子であるし、その他の面子もナタリアとは和解の様なモノを成せたとは言え、基本的には必要な方面(治療方面)にて役に立ってくれるとも思えない。流石に、偶然誰かが【治療魔術】の類いに当たる【固有魔術】を体得していた、とか言うご都合展開は有り得ないだろう、と認識している為に頼らないし頼りにならない。
一応、腰にぶら下げている『道具袋』には高級品に相当するだけの効果を持つポーションの類いを貯蔵してあるが、流石に互いが半死状態になりながらの睨み合いに於いて、ソレを取り出し、あまつさえ使用するだけの隙を見逃してくれるとは思えないし、そもそも見逃すハズも無いだろう。
逆に、ミズガルドオルムが何らかの外部的手段を以てして自らの負傷を癒そうとしている、と言う場面を目の当たりにした場合、それによって生じるであろう隙をシェイドが見逃すハズも無く、確実に仕留めに行く事は間違いないと言える。
だが、かと言って中途半端に攻勢に出たとしても、恐らくは簡単にあしらわれる事となるか、もしくは回復の為の時間を稼ぐ為に逃げの一手を打たれるのが関の山、と言うヤツだろう。
ソレが出来るだけの技量も、力も持ち合わせている事は、互いに嫌と言う程に理解しているのだから。
…………では、どうすればこの勝負に決着を着ける事が出来るのか?
それは、相手よりも早く、相手が回復や防御を挟む余地すら無い完璧なタイミングにて、相手が戦闘をこれ以上続けられない程のダメージを叩き込む事こそが求められる、と言う訳だ。
ソレは即ち、現状としては正に『一触即発』にして互いが互いに『一撃決着』を狙っている、と言う事に他ならない。
何せ、互いに相手からの攻撃を受けたとして、既に無事でいられる保証が無い程に、体力を磨り減らして弱る羽目になってしまっている、と言う事の証明でもあるのだが、ソレを指摘してくれる第三者は互いの側にはいない為に、必然的に意識は両者共に『次の一撃』へと向けて集中されて行く事となる。
その発露として、ミズガルドオルムは少し前の様にその洞窟もかくやと言う巨大な口腔の奥へと魔力を充填させ、破滅的な光をそこへと集中させて行く。
それと対を為す様に、シェイドは携えていた得物を両手にて握ると、構えを頭上に掲げる大上段のソレへと変化させると、構えた『無銘』へと向けて最期の一滴までも絞り尽くさんとするかの様に、魔力をそこへと注ぎ込んで行く。
…………ソコには、互いに相手へと向ける言葉は無かった。
互いが互いに、自身の状態はともかくてして相手の状態を把握しきれてはいなかった。
故に、確実に相手を先にダウンさせない限りは、敗北して地面へと沈み込まされる事になるのは自身の方だ、と認識していたからだ。
そんな、間違っていながらも結果的には正しい認識となっている両者の間にて魔力圧が拮抗しながら高まって行き、周囲へと尋常ならざる圧力を無作為に振り撒いて行く。
両者の周囲の地面はひび割れ、空気は震え、結界によって守られているハズのナタリア達ですらその威圧感によって震えが隠せなくなる中、双方の中心点では両側から掛けられた魔力圧によって空間が歪んでいる様すら見てとれていた。
自身の身の内から搾り出し、まるで生命そのものすらも燃料へと変換して、競うかの様に魔力へと換えて行く両者の拮抗は、片方の咆哮と共に破られる事となった。
『ガァァァァァァアアアアアッ!!!!』
先んじて必要な魔力量を確保し、ソレを用いて破滅の光芒を生成、増幅する事に成功したミズガルドオルムは、躊躇う事もせずにソレをシェイドへと目掛けて解き放つ!
『竜』を上回る『百年竜』が放つ吐息ですら、本気で放てば純白の輝きを宿した破壊の現象と化していたソレを、先のように広範囲へと拡散させて被害を拡大させる事を主眼に置いて放ったのでは無く、単一の存在を破壊せんとして更に上位の存在である『龍』が放てばどうなるのか?
それは、逆に全ての光を呑み込んだ様な、純黒の光芒へと変貌を遂げる、と言うのが答えとなる。
…………ミズガルドオルムが宿す属性が『闇』属性だからなのかは、分からない。
同時に、コレが『龍』が本気で吐息を放てば大体こうなる、と言う様な類いの事態であるのかも、サンプルが少な過ぎて判断出来ない。
だが、その攻撃が精強無比な程の破壊力を秘めており、ソレが直撃したのであれば傷付いたシェイドは元より、耐えられるモノはこの世界には存在してはいないのでは無いだろうか?と思わせるには充分な圧力を放っていた。
圧倒的なまでの破壊力を秘めた漆黒の光が、周囲の空間を歪めながら自身へと向けて飛来して来るのを目の当たりにしたシェイドは、こここそが分水嶺だ、と判断して覚悟を深めたのか、より一層得物の柄を強く握り締めると、立っていた場所から一歩踏み出し、重心を下ろして腰を据え、その場で迎え撃つ構えを取って見せる。
そして、自身の周囲へと意識と感覚を浸透させると、ミズガルドオルムの吐息が自身の間合いの内側へと侵入してから直撃する迄の数瞬に、烈帛の気合いと共に手にした得物を振り下ろす!
「るぅおおおおぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!!!」
…………原則として、魔力を纏った、或いは宿したモノ同士が激突した場合、双方共に干渉し合って物理的に『ぶつかり合う』事となる。
それは、例え込められている魔力の量が拮抗していなかったとしても、質が圧倒的に劣っていたとしても、そこに魔力が込められていたのであれば、時間の短長は在ったとしても必ず発生する事となる事象であるのだ。
であれば、今回の様に非物理的な存在である『光芒』と言う現象に対して、魔力を纏わせているとは言えあくまでも物理的な攻撃手段である『無銘』によって干渉・拮抗する事が出来ている、と言う訳なのだ。
とは言え、彼としては割りと『賭け』に近い事であったし、事実ソレを成した事に対してミズガルドオルムは吐息を放ち続けながらも、驚愕によって今日一番のサイズにて目を見開く事となってしまっている程だ。
もっとも、あくまでも『干渉・拮抗する事を可能とする』と言うだけの話であり、言ってしまえば前提条件が整っていた、と言うだけに過ぎない。
そうして干渉し合った結果、込められた魔力の量・質が劣る方が敗れ、破壊される事となる、と言うのは、揺るぎ無い事実であるのだから。
現に、シェイドの手元でギリギリ左右に吐息が別れる事によって事なきを得ているが、彼の両腕にはまるで大河の激流を受け止めているかの様な衝撃が断続的にもたらされており、今にも腕がへし折れ、足が崩れ落ち、身体ごと後方へと吹き飛ばされてしまいそうになる。
同時に、重傷を負った身体へともたらされるその衝撃によって生じる激痛により、今の瞬間にも意識を消失してしまい、死、と言う形にてその苦痛から永遠に逃れてしまいたい、と言う願いすら彼の脳裏を過る程に彼の脳髄を焼き焦がし、精神を苛んで行く。
そうして意識が遠退き掛けた正にその時、彼の脳裏に一つの約束が過る。
『またここに、必ず帰ってくるから。
だから、ここで待っていてくれないか?』
状況的には、する必要の無かった、自ら言い出した一つの約束。
自身が漸く得た、愛する存在との初めての約束。
ソレが過った途端に、遠退き、薄れかけていた彼の意識が鮮明なモノへと変化し、今にも崩れ落ちそうになっていた四肢に力が満ち溢れて行く。
そして、ソレと同時にその場に踏ん張るだけでなく大きく一歩踏み出すと、更なる驚愕によって限界まで目を見開くミズガルドオルムへと向けて駆け出しながら
「…………俺は、ここで、死ねない。死んで、やるものか!
俺は、あいつと!サタニシスと!愛する女と添い遂げる!!
だから、こんな処で死んで堪るかよ!!!」
『!?!?!?』
との叫びを挙げ、それまでとは異なり吐息を切り裂きながらミズガルドオルムへと向けて距離を自ら詰めて行く。
その言葉と行動により、若干名と共にミズガルドオルムが動揺を顕にし、吐息を中断すべきか否か、迎撃すべきなのかそうでないのかを迷っている間に至近距離にまで潜り込まれる事となり、気付いた時には吐息を掻い潜って構えを脇から後方へと切っ先を向けたモノへと変化させていたシェイドによって、その巨体を逆斜めに大きく切り裂かれる事となるのであった……。
『…………見事、なり……』
注※まだ死んではいません




