反逆者はその牙を冒険者の長へと突き立てる
ギルドの床に広がる赤いシミと、そこに浮かぶ幾つもの肉片に、これまでとは別の意味合いにて沈黙が広がって行く。
無言のままにソレを注視する羽目になった冒険者達は、顔を青ざめさせる者や口許を押さえる者、床へと新たな汚れを追加する者、涙を浮かべたり気を失ったりする者、と言った風に様々な反応を見せていた。
今まで彼を見下し、馬鹿にしていたギルド職員達にもその傾向は強く、中には自らが垂れ流したモノの中へと腰を抜かして尻餅を突き、どうやっても言い逃れも取り繕いも出来なくなっている者も数名程見受けられた。
そんな中、まるで同じ人間相手に向けるソレとは思えない程に冷淡な瞳をしながら、頬に跳んだ血飛沫を拭う事もせずにいたシェイドへと、二階から声が降り注ぐ。
「…………おい、お前。
吾は、言ったハズだぞ?『そこまでにしておけ』と。事情の説明もしたハズだぞ?『吾が命じてやらせた』と。
その上で、こんな凶行に及んだ、って事はつまり、お前さん、吾に喧嘩を売っている、って言う事になるんだが、知らないでやっていたんだよな?」
制止を振り切り、無視して止められた事を成し遂げる、と言う事は、それ即ち止めて来た相手の事を歯牙にも掛けていない、と言う何よりのアピールであり、同時に明確に格下として見ている、と言う宣言でも在る。
故に、こう言った観衆の多い場にてそんな事をした、と言う事は、明らかに『喧嘩を売っている』と言う事に他ならない、と言う取られ方をしても、『仕方が無い』を通り越して最早『当然』と言うレベルの行為であると言えるのだ。
そんな、自らの面子を完全に踏みにじられたラヴィニアは、格下だと認識していたシェイドに逆らわれた事による怒りや、自分の部下である冒険者達の前で恥を掻かされた事による羞恥の感情から顔を赤く染めつつ、亡き友人の遺した子であり、自分が後見人を務める相手である事から、今この場では流してやる(完全に忘れてやるとは言って無い)、と言外に含めて頷く様に差し向ける。
………………が…………
「…………それが?」
「…………あ?」
「……だから、それが何か?」
「……何だと……?」
「……俺の方が強かった。コレよりも、この場に居た誰よりも。だから、俺は俺のやりたかった様に振る舞った。俺のやりたかった様にやった。
『弱いモノは強いモノに逆らう事は許されない』
コレが、お前らが俺に、骨髄に染みる程に叩き込んでくれた、この世界での絶対的なルールだろう?だから、俺はソレに従って、俺のやりたいようにやった。
それが、何か、悪いか?」
「……だ、だが、吾は止めたハズだ!止めろと!
それなのに、何故止めなかった!何故殺した!?」
「それこそ、何故だ?
何故、アンタ程度に止められた程度で、俺の復讐を止めなきゃならない?それこそ、ふざけているんじゃないだろうな?
それに、何故殺した、だと?こちらこそ聞きたいね。アンタの指示で俺の事を虐げていた、って話だったが、毎回毎回、俺がギリギリの処で致命傷を避けていなければ一体何度死んでいたのか分からない程に、手酷くヤられていた訳だが、それもアンタの指示なんだろう?
なら、言わなくても分からないか?毎度毎度、死ぬ一歩手前まで痛め付けてくれやがった糞野郎を、この場でぶち殺して、何が悪いって言うつもりだ?あぁ?」
これまで積もりに積もった恨み、つらみ、怒り、殺意を乗せられた事により、まるで先程の様に魔力を解放されている様な圧力を感じる冒険者と職員達。
自分は下手をすれば命を失う様な目に合わされ続けて来たのだから、ソレを成した相手を殺す事に躊躇いは無いし、ソレを指示した相手の言う事を聞くつもりは毛頭無い。
その言い分に、それまでは辛うじて堪えていたらしいラヴィニアも、種族特性によって未だに若々しいままでありながらもその内面はそうでも無かったらしく、顔を真っ赤に染め上げて握っていた手摺を握り潰すと、吹き抜けになっている部分から飛び降りて一階の床に皹を入れながら両足で着地する。
「…………あんまり、舐めた口を聞いてくれるなよ?シェイド。
幾ら友人達の遺した子とは言え、あんまりヤンチャが過ぎると、吾もあまり甘い対応をしてやる訳には行かないなぁ。
具体的に言えば、コレから少し灸を据えてやろう。誰よりも強くなったと思っているのだろうが、それが只の思い上がりだと言う事を理解して、少しは謙虚な姿勢を身に付けると良い」
「……やっぱり、アンタ年食って耄碌したな。
もう少し、ストレートに言ったらどうだ?
生意気な若造が気に食わないから、自分がやりたいようにする為に叩きのめしたい、ってよ。
それとも、アレか?年食ってもう自信が無くなったか?なら、後生大事に暖めてたギルドマスターの椅子にでもしがみついて、一人で震えてろよ。俺のやりたいことを邪魔しないで、よぉ?」
「…………あんまり、舐めた口聞いてくれるんじゃないよ、小僧!!」
シェイドの啖呵に激昂したらしいラヴィニアがそう吠えると、ダンッ!と言う凄まじい音と共にその姿が突如として掻き消える。
寸前まで立っていたハズの床には、彼女の履いていた靴と同じ形の陥没が発生しており、恐らくはその場で強く踏み込んで移動した、と言う事なのだろうと思われた。
そうこうしている間にも、同じ様に音が発生してその場所が陥没する、と言う現象がそこかしこで発生し続ける。
時に酒場に据えられていたテーブルが破壊され、時にカウンターに山積みにされていた書類が崩壊し、時に慌てふためいていた冒険者が唐突に吹き飛ばされたり倒れたりして行く中、何処からともなくラヴィニアの声がシェイドへと届いて来る。
『……はっ!どうだい?コレが、吾の得意技にして必殺の『空間機動』だよ!残念だったけど、お前さんもう負けたよ?
コレが一旦発動したら、グライスですら防御するので手一杯になっていたんだ。ああやってボサッと見ていないで、さっさと最初に止めておくんだったね!
さぁ、このままアイツみたいに頭蹴り砕かれたく無かったら、その場で土下座して謝んな!そうすれば、後は優しく折檻してやるだけで済ませてやるよ!』
どうやら、常に何かしらを足場にして高速移動を繰り返しているらしく、声は聞こえて来たもののその出所を掴む事は出来なくされていた。
その為か、彼に向けられた言葉には既に勝利を確信している様であり、降参を促す余裕すらも込められていた。
……しかし、そうして言葉を投げ掛けられたシェイドの方も、その冷たく鋭くなっている瞳に呆れの色を強く浮かべ、組んでいた腕を解いて指で招く様なジェスチャーを取りながら口を開く。
「そう言う御託はもう良いから、さっさと掛かって来いよ。
それとも、アレか?年食って耄碌して、少し前に自分で吐いた唾も分からなくなったか?
ご自慢の必殺技とやらも錆び付いて、俺をどうにか出来る自信がないんだろう?なら、俺は優しいから今すぐ全裸土下座で俺の足舐めて赦しを乞えば、一生俺の言うことに逆らえなくなる奴隷にする程度で済ませてやるぞ?どうだ?」
『…………クソガキが!
舐めた事抜かしてくれるんじゃないよ!!』
彼からの返しに激昂が極まったのか、それまでの高速機動を利用して勢いのままにシェイドの背後から襲撃すると、全力で目の前の後頭部へと蹴りを繰り出すラヴィニア。
勢いに乗せさえすれば、例え鋼鉄の塊であったとしても粉砕する事を可能としている自慢の蹴りを、一切の手加減を抜きにして人体急所の一つへと叩き込んだのだ。
当たり処が良くても後遺症が残る事は必至であり、下手をしなくとも相手が死ぬ様な場所への攻撃に、十二分過ぎる程の手応えが返って来た事により、ソレを繰り出してから内心で『しまった!?』と後悔の念を抱いてしまうラヴィニア。
少し前までならばともかくとして、今は単独でキマイラの上位種を討伐出来る程度の力は持っているのだから、殺さない程度に痛め付けて再教育してから子飼いの手駒にするつもりであった彼女にとって、流石に失敗したか、との思いが過った正にその時。
棒立ちのままで急所への致命の一撃を受け、立ったまま息絶えていたハズのシェイドがその場で半回転して彼女の蹴り足をガッチリと握り締めると、未だに身体が空中に在ったラヴィニアに対して
つ か ま え た
と半月の弧を描いている口の動きのみにて、そう告げる。
ソレを目にしたラヴィニアは、極大の悪寒が背筋を駆け降りて行くのが感じられた為に、咄嗟に捕まれている方の足を軸にして身体を捻り、魔術による身体能力強化も最大限に展開してもう片方の蹴り足による、先程の様な『死なない程度に痛め付ける』為のソレではなく、『確実に相手を絶命させる』為の攻撃を繰り出そうとする。
…………が
ベギベキャゴリッ!!!
その判断を下した時には既に遅く、握撃によって足首の関節を握り潰されて破壊されたラヴィニアは、苦鳴を漏らすと同時に折角放った攻撃を外してしまう。
それにより、口許に刻んでいた歪な半月の笑みを更に深めたシェイドは、今度は固有魔術を密かに発動させてラヴィニアの質量を低下させつつ、周囲の床の質量を増加させて強度等を強化すると、自身に身体能力強化の魔術を施して握り潰した足を起点に床へとラヴィニアの身体を全力で叩き付けて行くのであった……。




