少年は夢から醒め、現実を生きる
真っ白でいて真っ黒でもある様な不思議な空間を、浮遊感と共に漂いながら『彼』は
(…………あぁ、またこの夢か……)
と認識する。
時折見るこの夢は、『彼』自身に夢だと認識されながらも、一通りの『光景』を強制的に見せ終えるまでは決して終わってはくれない、不思議な現象だ。
……なんて事を、唯一の観客である彼が誰に説明する事も無いままに思っていると、既に何度も見た覚えの在る光景から一連の『物語』が始まり出す。
そこには先ず、彼が目にしたハズも無い、二人の男女が赤ん坊を抱いている光景から始まる。
それは、若かりし頃の彼の両親であるグライス・オルテンベルクとシテイシア・オルテンベルクの腕に抱かれている、『彼』ことシェイド・オルテンベルクと思わしき赤ん坊の姿。
何故か懐かしさを覚える彼の視線の先にて、物語は光景として進んで行く。
仕事に出ていない合間にて、自らの振るう剣術を息子であるシェイドへと伝授して行くグライスの姿。
そう間を置かずに産まれた妹を腕に抱きながら、彼へと魔術の手解きをするシテイシア。
自らとそう年の変わらない妹を必死にあやし、それでいて笑顔を向けられて自らも破顔するシェイド。
そうやって、恐らくは何処の家庭にも普遍的に存在したであろう『家族の団欒』を写し出した光景は暫しの間続いたが、シェイドや妹がある程度の大きさにまで成長した段階にて唐突に途切れ、場面は無数の墓石が立ち並ぶ墓地へと切り替わってしまう。
彼の両親が、とある事件を切欠として揃って他界してしまったのだ。
……そして、その後とある事実を切欠として、それまで互いに助け合って生きていたハズの妹であるカテジナすらも、彼の元から心の距離を取る事になってしまい、次第に彼の心には大きなひび割れが入り始めて行く。
一縷の望みを託す様にして、彼は両親の遺産を振り絞って学校の門を叩く。そこで、掛け換えの無い存在と出会える事を期待して。
…………しかし、そこであったとしても、彼を見出だし、救済してくれる存在が現れる事は無く、寧ろ彼をソレまでよりもより強く惨たらしい『暴力』が苛んで行く事になってしまう。
授業の最中で、休み時間の校舎裏で、放課後の教室で、彼が暴力を振るわれて行く光景が、ソレを見せられしまっているシェイドの視界に嫌でも広がって行く。
夢の中故に、目を瞑る事も、手で塞ぐ事も出来ずに見せられ続けるその光景の数々は、精神的なプレッシャーだけで吐き気を催して来る程であった。
しかし、そんな光景を目にしていながらも、彼は頭の片隅にて僅かに『安堵』の感情を抱いていた。
何故なら、普段の夢の通りであれば、そろそろこの夢も終わりの時を、目覚めの時を間近にしているハズなのだから、と。
そうしている内に、目の前にて繰り広げられていた光景が徐々に薄れ始めると同時に、目覚めの直前に特有の強い浮上感を身体に感じ始める。
…………だが、ソコで彼は不意に
――――ジャラッ…………ッ!
と言う、今までは聞いた覚えの無いハズの、重い鎖が擦れ合う様な音を耳にした……様な気がする。
(…………今までの、同じ夢じゃあこんな音しなかったハズなのに、一体何が……?普段の夢とは、もしかして違ったのかな……?)
と疑問を抱くものの、既に薄れつつ在る夢にソレ以上の興味を固持する事は難しく、その上ほぼ覚醒しかけていた身体と脳に抗う事は難しく、多少の抵抗と共に直前の思考を掻き散らされる事となってしまったシェイドの意識は、身体の目覚めと共に現実へと浮かび上がって行くのであった……。
******
「…………う、うぅん……ふぁ~。
……あぁ、分かってたけど、もう朝、か……」
窓から射し込んだ朝日に照らされ、暫し呻き声を挙げながらベッドの中にてもがくシェイド。
しかし、普段起きている時間となっていた事と、既に意識が夢を抜け出して表層まで上がって来てしまっていた以上、覚醒する以外に選択肢が無かった故に、何処か諦めた様な声を出しながら目を覚ます。
寝起きでボサボサになった髪をかき回しながら、カーテンを兼ねた窓蓋を開いて明かりを取り込む。
未だ朝靄が明けきらず、鳥すらも満足に飛び立ってはいない時間帯だが普段からこの時間帯に起き出して活動を開始するシェイドは既に眠気を振り払う事に成功しており、この後起こるであろう事に対して憂鬱な表情を覗かせながらも足取りは確かなモノとなっていた。
とは言え、何時も行っている日課を疎かにするのも違う、との認識が彼にも在った為か、頭に浮かんでいた嫌な予想を僅かに残る眠気ごと振り払うと、ベッドの脇に立て掛けておいた木剣を手に取って部屋を後にし、階段を降りて裏庭へと向かって移動する。
彼の両親は冒険者であり、基本的に依頼に出ていてあまり長くこの家に逗留する事は無かったが、それでもそれなりに纏まって滞在する事も無いでもなかった。
その為に、グライスにしてもシテイシアにしても、己の感覚を鈍らせない様に、とこの家を建てる際に訓練場を兼ねたそれなりの広さを持った裏庭を設えていたのだ。
そんな、日用水との兼用として端の方には井戸すらも設えられているその裏庭へと木剣を手に歩み出て来たシェイドは、先ず汚さない様に寝間着の上を脱いで休憩用のベンチの上へと放り投げる。
未だに登りきっていない日差しに照らし出されるのは、剣術によって鍛え上げられた屈強なる肉体…………では無く、辛うじて身体を覆っている肉によってあばら骨が表面に浮くことは無いが、それでも決して恵まれているとは言え無い体躯であった。
腰も腕も男性のソレとは思えない程に細く、下手をすれば女性よりも華奢かも知れないその体躯は、平均よりも低いシェイドの身長と相まって彼に中性的な雰囲気を抱かせる一因となっている。
とは言え、側から見ている限りでは持ち込んだ木剣を振り回せる様には見えない彼だったが、別段病的に痩せ細っている、と言う訳ではない。
寧ろ、最低限必要な筋肉は辛うじてではあるが着いている。
なので、彼が実際に木剣を手にして構えている姿を見る人が見れば『まぁ、見るだけならば見てやろう』と言う心持ちになる程度には、様になっている状態となっていた。
尤も、この場に於いては観客は居らず、木剣を携えた彼のみが佇む場である為にその前提に意味は無く、シェイド本人もその辺りは気にする事は無い為に、最早無意味な前提で在るのだろうが。
そうこうしている内に、シェイドは正眼に構えていた木剣を先ずは真っ直ぐに振り下ろす。
その切っ先は地面へと届く寸前ギリギリの処でピタリと静止され、その次の瞬間には刃を返して上空に向かって跳ね上げられる。
まるで、架空の敵の喉元へと目掛けて突き出されているかの様なその木剣は、暫しの静止の後に、それまでの直線的な『最速の太刀筋』とは異なる、流麗にして靭やかさを感じさせる曲線的な動作にて右に左に、と振られて行く。
当然、そうして木剣を振るっている間にシェイド本人も棒立ちになっている訳が無く、木剣を振るう動作に合わせて左右にステップを踏んで相手からの攻撃を回避する動作を織り込んだり、素早く前へと踏み出して振り下ろす木剣の一撃に体重を乗せて威力を上乗せしたり、と言った動きも織り込んで行く。
そうして、一通り型と思わしき動作をこなし、その後それらの動きを円滑に繋げられる様に意識して架空の相手と戦う様に木剣を振るっていたシェイドであったが、完全に日が顔を出す頃には息も上がり、額や顎から汗が滴り落ちる程となっていた。
……しかし、彼としてはそこまでしても納得が行くモノとはなっていなかったらしく、苛立ちと哀しみ、悔しさが感じられる動作にて首を振りながら垂れてきた髪を掻き上げると、裏庭の端に在る井戸まで移動して頭から汲み上げたばかりの水を被って汗を流して行く。
完全に服を脱ぎ捨てたその身体は細く、まるで十五の男子のソレとは思えない程に痩せているが、ソレは『とある理由』によるモノであり、彼もどうにか改善出来ないモノだろうか、と色々と可能な限り手を尽くしていはするものの、今の処改善の目処は立っていない様子となっていた。
……とは言え、原因は既に分かっているのだが、ソレを如何ともし難い状況であるが為に対処出来ないでいる、とも言えるのだけれど。
何度か釣瓶を下ろして水を被ったシェイドは、木剣と共に持ち出して来たタオルにて全身を拭うと、そろそろ頃合いとしては良い時間帯に入り始める、と言う事を察知してか、手早く脱ぎ散らかした衣服等を纏めると、足早に家の中へと入って行のであった。
取り敢えず本日の投稿はここまで
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