『勇者』に率いられし軍勢は、魔族の軍勢と相対する
魔族の軍勢の頭上に巨大な魔法陣が発生し、ソレが内包している膨大な魔力によって周囲へと魔力圧を放ち始めるのとほぼ同時に、歴戦の将軍であるシュワルツは、総大将として据えられながらも目の前の光景に呆然とするしか出来ていなかったシモニワの頭上を通り越し、ざわめき始めていた軍勢へと大喝と共に号令を下す。
「ぼさっとしているな!魔導師部隊は、急ぎ防御術式を展開せよ!
急げ!何とか間に合わせよ!でないと、全員死ぬぞ!!」
「「「「…………は、はいっ!!!」」」」
自分達だけでは判断が出来ずに右往左往していた部隊へと、シュワルツによって命令が下された事により、急速に動き始める。
元より、人型の存在とは初めて戦う事になる、とは言え、練度としては非常に高い軍勢である。
その為に、判断を下せる者が正しく判断を下して号令を出したのならば、ソレに即応して行動を起こす事は容易く行える事であったのだ。
故に、将軍であるシュワルツの号令に即応し、軍勢内部の部隊として編成されていた、魔力量に優れていたが故に純後衛として特化している者達が揃って声を挙げると、即座に連携して魔術を構築して行く。
…………本来であれば、この様な開幕となる一撃であれば互いに大規模な戦略術式を行使し、相手の数を可能な限り減らしてから本格的な軍勢同士のぶつかり合いへと発展するのがお決まりとなっている。
が、今回に限って言えば、相手方に先手を取られてしまっており、このままこちらも攻性の魔術を行使しようとすると、展開するよりも先に発動を許す事になり、一方的に被害が広がる事になるであろう事が予測できてしまっていたが為に、防御術式の行使を優先させる事にした、と言う訳なのだろう。
とは言え、その判断は間違いでは無かったらしく、急拵えとは言えアルカンシェル王国側の軍勢をすっぽりと覆うだけの大きさを誇る防御結界が展開されるのとほぼ同時に、魔族側の軍勢から射出された大規模戦略術式が着弾し、周囲へと轟音と共に爆風と魔力圧とを撒き散らして行く。
ソレに伴う形にて、数十人単位にて用意されていた魔導師部隊達が、次々に防御結界によって魔力を急激に消費させられる事により地面へと沈まされて行く。
…………個人で展開していた訳では無く、地味に高等技術である『一つの術式に多人数にて魔力を注ぐ』と言う事を成していたが為にどうにか防ぎきる事に成功したが、その代償として後衛として期待されていた魔導師達の約半数近くが魔力切れによって戦闘不能になってしまう。
しかし、その甲斐も在ってか、大規模戦略術式を放たれてしまい、更に言えばソレが直撃する羽目になったと言うにも関わらず、アルカンシェル王国側の軍勢には目立った被害を出す事無くソレを切り抜ける事に成功する。
…………だが、ソレも魔族側の軍勢にとっては予想されていた行動であった為に予定として織り込まれていたのか、それとも先のアレは人間にとっては『大規模戦略術式』と呼ぶのに相応しいだけの規模のモノであったが魔族にとってはそうでも無かったのか、までは不明だが、先のソレと同程度のモノが再び魔族側の軍勢の頭上にて展開され始めて行く。
しかし、流石に先の一撃の様に、不意を突かれた、と言う形でも無い為に、こう言った状況下で指揮を取る事に慣れているシュワルツ将軍は、事前に残りの魔導師部隊へと出して準備だけは進めさせていた大規模戦略術式の構築を急がせながらも、次々に他の部隊へも指示を飛ばして行く。
「魔導師部隊はそのまま展開を急げ!こちらからも敵を吹き飛ばしてやらねば、次の一撃で半壊させられるぞ!
騎兵隊、斬り込み隊は、先んじて突撃せよ!魔導師部隊が術式を展開する時間を稼げ!ついでに、アレを展開してくれているヤツの首も落として来い!」
「「「「はっ!了解致しました!!」」」」
「斬り込み隊と騎兵隊に続いて、前衛部隊も前進!
敵陣営との距離を詰めろ!あまり離れ過ぎていると、敵からの大規模攻撃を受ける羽目になるぞ!
前衛部隊が進み次第、適宜弓兵隊は援護射撃を開始!味方には当てるなよ!!」
「「「「了解!!!」」」」
「他の部隊も、適宜前進!
陣形を乱すなよ!」
シュワルツ将軍が再び号令を下した事により、アルカンシェル王国側の軍勢はそれまでの右往左往する様とは異なり、彼の指示の元に縦横無尽に動き始めて行く。
当然、本来ならば全軍を動かす、だなんて事は総大将の決定が必要不可欠な事柄であるし、何より今回の派兵に於いてはあくまでも『副官』でしか無い彼に対して、本来ならば先の指示から号令まで全てやらなくてはならない立場に在ったハズの者が、彼に対して抗議する様に言葉を放って行く。
「…………おいっ!?ちょっと、待てよ!?
今回ココに居る軍勢の総指揮権は、総大将である俺にこそ在ったハズだぞ!?
なのに、なんでアンタが命令を下しているんだよ!?幾ら副官って言っても、ソレは重大な越権行為ってヤツなんじゃ無いのか!?」
「しかし、そうだったとしても、今必要なのは的確な判断を素早く下せる指揮官だ。
残念ながら貴君にその資質は無い様子であるし、そも指揮を取るつもりも元より無かったのではないのか?」
「…………ぐっ……!?」
「ソレに、ココは戦場だ。
少しの判断の弛みが容易く命を奪い去る、冷酷にして過酷な場所だ。
そして、指揮官とはそんな場所に在っても預かった部下達の命を可能な限り掬い上げ、その上で迅速に勝利を手にする事を使命とする者の事を言うのだよ。
…………改めて聞くが、貴君にソレが本当に可能だと、言い切れるのかね?」
「…………っ!!」
未だに若年に在りながらも、既に歴戦の将軍として辣腕を振るっているシュワルツに理詰めで責められる事により、勇者として甘やかされて来たシモニワは返す言葉を失ってしまう。
せめてもの反撃を、と助けを求める目的にて視線をパーティーメンバー達の方へと向けるも、当の本人達は緊張によって表情を強張らせたり、事態の行き先を見極めようと額にシワを寄せていたりしながら戦場へと視線を固定していた為に、終ぞソレに気が付く事は無かったのだが。
とは言え、別段戦場は観測者が居ようが居まいが関係無く進んで行くモノであるが故に、彼らがそうこうしている内にシュワルツ将軍の指示の元に行動を起こしていた騎兵隊が跨がった騎獣(様々な方法によって乗る事が出来る様にしてある獣の類い。魔物やらソレ以外やらも多く居る。寧ろ馬(の様な生き物)の方が少ない)の速力を生かして両陣営の間の距離を駆け抜け、一番槍を務めて行く。
当然、そうやってがむしゃらに突っ込んでくる一団、なんてモノはあからさまな迄に『的』となる為に、魔族の側からは大規模戦略術式へと回されている以外のモノから、彼らへと目掛けて魔術が雨霰と降り注いで行く事となる。
が、こちらも当然そうなるであろう事は承知していたし、昨今の戦事情に於いてもそれは当然の流れであった為に、彼らは臆する事無く身体能力強化の魔術や、個人での結界や土属性の物理的な装甲を展開する魔術等を行使して降り注ぐ攻撃を凌ぎつつ、突撃を敢行し続ける。
そうして、否応なしに注目が集まる事で、どうにかしてアレを止めなければ!と言う方向へと魔族側の意識が傾いた隙を突き、全員が身体能力強化の魔術にて爆発的に身体能力を跳ね上げていた斬り込み隊が、自前の脚力を生かして大きく回り込む形を取り、魔族側の軍勢の横合いを突く形にて斬り込んで行く。
ソレにより、急に敵が意外な方向から現れた、と言う形になった魔族側の軍勢は俄に騒がしくなり、咄嗟に反応しようとはしていたものの、どうやらアルカンシェル王国側の軍勢程に統率が取れている訳では無いらしく、それぞれの部隊がバラバラに対応しようとしてしまい、各所で混乱が発生してしまう。
故に、と言う訳でも無いのだろうが、その動揺と混乱が術師達にも伝播したらしく、魔族の陣営の頭上にて展開されていた大規模戦略術式に揺らぎが発生し、不発、とまではなってはくれなかったものの、確実に発動までに掛かる時間が延長される事となってしまう。
であれば、当然の様に歴戦の将軍であるシュワルツも、その配下として幾つもの戦場に出ている(対人では無く対魔物が主だが)魔導師部隊もその隙を見逃すハズが無く、既に完成して発動待機状態へと移行していた戦略術式を将軍の指示の元に魔族の陣営へと解き放って行く!
自陣営へと向けて放たれた巨大術式を目の当たりにし、咄嗟に準備していた術式を解放して相殺を狙う魔族側であったが、使用した術式同士の相性が良くなかったのか、それとも『編纂される以前の旧く強い力』である魔法よりも、『編纂されたが故に多様で新たな進化を遂げた力』である魔術の方が勝っていたのかは定かでは無いが、僅かにアルカンシェル王国側の術式が上回る事に成功していたらしく、その威力の大半を削られる事になりながらも魔族側の陣営にて炸裂し、その軍勢を大きく削る事に成功した。
その光景を目の当たりにしたアルカンシェル王国側の軍勢は、自分達の攻撃でも相手を打倒できる、ちゃんと効いている、と言う事を認識してしまった為に士気が急上昇し、既に斬り込んで戦闘を行っている騎兵隊と斬り込み隊だけでなく、前進を命じられていた前衛部隊迄もが浮き足立つ羽目になり、命じられてもいない早足での進軍を、自然かつ勝手に行ってしまう。
ソレを見て慌ててシュワルツ将軍が止めようとするが、寧ろこれこそが自らの求めていた活躍の場である、とでも言いたげに本陣を飛び出し、パーティーメンバーに対して
「良し、俺達も続くぞ!
今こそ、人々に希望を見せる時だ!」
と聞きようによっては勇ましい事を口にしながら魔族の陣営へと目掛けて突っ込んで行ってしまったが為に、パーティーメンバーであるレティアシェル王女達だけでなく、副官としてシモニワの補佐も命じられていたシュワルツ将軍も同様に苦い顔をしながら、シモニワの後を追い掛けて行く羽目になってしまうのであった……。
一見、アルカンシェル王国側が押している様にも見えるけど……?




