反逆者は監視者と共に余暇を過ごす・7
彼の言葉を受けたエルフ族の番兵は、あまりに予想外なその発言にポカンとした間抜けな表情を浮かべる事となってしまう。
…………とは言え、それもそのハズ。
何せ、元より他の何かしらに付いて追及ないし、下手をすれば命懸けの暴力沙汰になるのでは?と内心で怯えながら構えていたのに、自分が産まれた時からソコに聳えているモノに対しての質問を投げ掛けられる事となったのだ。多少虚をつかれ、呆気に取られてしまったとしても、不思議では無いと言えるだろう。
だが、そうやって呆けていたのも数旬の間のみ。
シェイドから尋ねられたその番兵は、問われた以上は返すのが務めである、と捉えられる程には真面目な性格をしており、当然の様に声を震わせながらではあったが、彼からの言葉に応えて行く。
「…………その、ソレは観光やらの目的として、来歴やらが知りたい、と言う事で間違いは、無いか?」
「……いや、寧ろソレ以外の理由で問い掛ける事なんてしないと思うが?」
「失礼。
だが、これも一応番兵としての職務でね。
ごく稀に、外壁を破壊しよう、と企む連中が湧くんだよ。そう言った手合いに、ご丁寧に教えてやる必要性は無いだろう?」
「まぁ、ソレはそうなんだろうけど……。
じゃあ、そう言った事以外、例えば『この壁はいつ頃造られたのか?』だとか『これは何の為に造られたのか?』だとかは、教えて貰えるのかしら?」
「いや、可能か不可能か、で言えば可能だが……その、こう言ってはなんだが、自分に聞くよりも余程詳しく教えてくれる場所なら、在るぞ?」
「………………え?在るのか?」
「いや、寧ろそちらを知らない、と言う方が自分的には驚きなのだが……一応在るぞ?
ここを右手に向かって壁沿いに進めば、観光客向けに開かれている講習会が在るハズだ。ソコでなら、来歴やら何やらも、伝わっているモノの殆どは教えて貰えるハズだし、ついでに一般公開されている外壁の内部へと部分的に入ってみる、何て言うツアーの類いもやっていたハズだ」
「え?なにソレ!?
そんなモノ、ギルドでも教えて貰って無いんだけど!?」
「あ、あぁ、まぁ。あまり、広く知られているモノでも無いから、知らなくても当然なんじゃ無いのか?
当然、慈善事業、って訳では無いので、ある程度の参加費用は掛かる事になるが、アレに関して詳しく聞きたい、と言う事であるのなら、やはり受けてみる事をオススメするが……」
「そうか。
なら、行ってみるか?」
「そうしましょうよ!
私も、聞けるのなら聞きたいと思っていたもの!」
「…………なら、急いだ方が良い。
あまり存在が知れ渡っているとは言え無い催しとは言え、観光先としてはソレなりに人気があるからな。
定期的に開かれているとは言え、それでも定員は決められているのだから、埋まらないとも限らないし、そろそろ直近の枠が締め切られる頃合いのハズだ」
「何?なら、急がないと不味いな!
じゃあ、俺達はこれで。色々と教えてくれて助かったよ。取り敢えず、コレで何か旨いものでも食ってくれ。
じゃあな!」
「…………いや、自分も仕事だし、あんたが暴れないでくれるのなら大した事じゃ無いんだが……って、金貨!?しかも、何枚在るんだよ!?
おい、ちょっと!?謝礼にしても、多過ぎるって!?」
感謝の言葉と共に投げ渡された小袋を反射的に受け取ってしまった番兵が、ソコから溢れ出た煌めきを目にして慌てて言葉を投げ掛ける。
が、その向かう先であるハズのシェイドとサタニシスの二人の姿は、既に彼が指示した通りに壁の右手側へと進んで行ってしまっており、彼の言葉に反応する事も、呼び止められる事もせずにそのまま行ってしまう。
ソレにより、二人の魔力圧によって極度の緊張を強いられていた彼の身体は自然と弛緩してしまい、勝手に地面へと腰を落とす結果となってしまう。
そんな彼の反応を目の当たりにし、純粋に彼の事を心配したり、指示を受けていたが為に待機していたりしていた彼の同僚達が彼の元へと駆け寄り、特に怪我はせずに腰を抜かしただけ、だと言う事に気が付いて盛大に溜め息を吐いて見せたり、彼が手にしている小袋から溢れ出ていた輝きによって狂乱する事となる。
そして、この日の勤務を終えた後に、彼らは揃って普段は入らない様な店へと入り、豪勢な肴や高級な酒を楽しむ事となるのであった。
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番兵と別れた二人は、彼から教えられた講習会へと参加した。
彼が言っていた通りに、時刻としても、定員としても割りとギリギリの処で滑り込んだ感が強かったし、聞いていた内容の割には参加費用も高く取られる事となったが、それでも目的の通りに参加する事に成功した為に、他の参加者と共に色々な事を老齢のエルフ族の講師から聞いて行く。
「さて、では手始めにこの外壁、通称として『パリェス』と呼ばれているコレが造られた理由とその頃合いについて語るとしましょうかの。
とは言え、ソコも詳しい事は我々の歴史にも残ってはおりませなんだ。それも、コレが造られたのが最低でも千年は昔の事だから、と言う一点に理由が搾られる形となりますのぅ」
「「「「千年!?」」」」
「えぇ、千年です。
我ら長寿を誇るエルフ族とは言え、その寿命も長くて二百から三百年。
個体個体で力量が大きく上下し、それに伴って寿命も天井知らずで延びて行く、と語られていた魔族程では無いにしても、現人間諸族の中では最たる寿命の長さを誇る我々からしても、それだけ昔の事は記憶からも記録からも薄れてしまっている、と言う何よりの証拠だと言えるかも知れませんのぉ」
「…………では、この講習会では、何を教えて貰えるのでしょうか?
歴史に消えてしまった、と言う事ならば、既にそれらは喪われて久しいハズ。なら、何も聞ける事は無いのでは……?」
「確かに、確かに。
そう言われてしまえば、確かに我々は確たる証拠を以てして、皆さんに過去に在った事柄を紐解いて見せる事は出来ないかも知れませんのぅ」
「なっ!?」「なんだと!?」「そんな!」「それであんなに金取るのかよ!?」「ふざけるな!」
「━━━ですが、直接の史料は無くとも、他の残されたモノから推測して歴史を紐解く、と言う事は可能な事ですのぅ」
「「「「…………はい?」」」」
「…………ふむ?あまり、ピンと来てはおられなんだ様子ですのぅ?
では、一例として……こちらの記録をご覧頂けるかのぅ?」
そう言って、外見からしても老齢に在る事が分かるエルフ族(但し外見は恐ろしく整っている)が手にしていた巻物を広げて行く。
それに釣られる形にて、講習会の参加者達は老人が巻物を広げた机へと近付いて行き、ソレを訝しみながらも覗き込んで行く。
「ここに書かれておるのは、かつてこの付近に『迷宮』が在った、と言う記録になるのぅ。
そして、ソレが発見されたのが千年以上前の事で、その『迷宮』が我々の記録に最後にその姿を現すのは、約千年前の付近となっておるのぅ」
「…………あ?ソレとコレとに、一体なにが……?」
「これは、何らかの証拠が在っての言葉、と言う訳でも無いのじゃが、我々は昔この付近にて『迷宮』からの氾濫が発生した、と考えておるのぅ」
「「「「…………は?」」」」
「その証拠として、この付近に『迷宮』は残されておらぬ。
魔物の異常発生によって引き起こされるスタンピードではその原因となった魔力溜まりは消滅せぬが、ソレとは異なり氾濫を起こした『迷宮』は、ソレが収まると同時に跡形も無く消滅する、と言う事が分かっておるからのぅ。恐らくはそうであろう、と言う推測に過ぎぬがな?」
「…………た、確かに……」「でも、そんな事在るか……?」「都合良すぎない?」「だが、そうであるなら辻褄は合うぞ?」
「ほっほっほっ!
まぁ、とは言えソレも『記録は残っているのに何故か残されていない『迷宮』』と『用途がハッキリと伝わっていない巨大な外壁』に加え『何かに破壊され掛けた痕跡が残っている』と言う事実から導き出された仮説の一つ、でしか無いのじゃがのぅ。
と言った具合に、その他の証拠や史料を元に、アレはこうだったのでは無いのか?と言った推察の類いはお話出来るのじゃよ。ご理解、頂けたかのぅ?」
そう言って、お茶目に笑って見せるエルフ族の老人へと、参加者達は納得の色を浮かべた瞳を向けて行く。
例え推察の類いであったとしても、ソレが客観的な事実と証拠に基づいたモノであるのならば、充分に信ずるに値するモノとなる、と理解する事が出来たのだろう。
そうして、参加者の内の殆どの意識改革を成し遂げた講師であるエルフ族の老人は、その後もこの『パリェス』と呼ばれた外壁に纏わる様々な話や分かっている範囲での来歴、どの様な施設が併設されているのか、を皆へと説明を行うと、一部とは言え外壁内部を巡る事が出来るツアーの案内人まで務めた。
その際、ツアーの最後でこの講習会の主催者であり、ソレなりに立場の在る者であった、と言う事を明かして皆の度肝を抜き、最後の最後で子供の様に笑って見せた事が、シェイドにとってもサタニシスにとっても、今回参加した中でも最も印象に残った事であったのだが、ソレは言わぬが華、と言うヤツかも知れない……。
次回、大きく二人の関係が……!?




