反逆者は監視者と共に余暇を過ごす・3
二人が座っていたベンチを後にしてから、幾ばくかが経過した頃。
彼らの姿は市場の近くでは無く、商店の立ち並ぶ区画へと移動していた。
同じ街の、同じ様にモノを取り扱う場所であるハズなのに、ここまで地域の様相や人々の雰囲気に違いが在るのには、ソレなりに理由がある。
一つ挙げるとすれば、やはりソレを目的としている人々の種類の違い、と言うモノだろう。
何せ、早朝から開かれる市場では様々なモノが取り扱われるが、一部の怪しさを放つ非正規品や目利きが必須な品々を除けば、あくまでもそれらは生活必需品にして生活雑貨の類いでもある事が多い。必然的に、彼らの様に『保存できるから纏めて』『目利きには自信が在るから』と言う事でも無い限りは、その日に使うモノを求めて、と言うのがスタンダードな利用方法となる。
一方、彼らが今到着した商店区画は、言ってしまえば日々の糧や暮らしには直結はしない様なモノが殆どだ。
そこまで極端な『高級志向』と言う事では無いにしても、豪奢なドレスや着飾る為のアクセサリー。普段の食事で考えて数食分にも及ぶ高級食材の数々や、素材と職人の腕前が光る武具の類い、と言った『不可欠』とは言い難いものの、在ればソレだけで生活を豊かにしてくれるであろうモノが、ここの基本的な商品となっているのだ。
何時からそうなったのか、はここに来たばかりの二人には関係の無い話であるが、兎に角そうやって扱う商品が異なる以上、目当てのモノが違う人々によって確かな『客層』が生成され、ソレに伴って目的とする人々が別れる事となった、と言うのが事の始まりであったのだとか、そうでないとか。
そんな、端から聞いていた限りでは真実なのかそうでないのか定かでは無い商店区画へと到着した二人は、相も変わらず腕を組んだ状態(サタニシスに腕をホールド(二つの意味で)されて抜け出せなくなっている、とも言える)にてその内部へと進んで行く。
一応、一部の商店では貴族向け、とまでは行かないまでも、それでも高級品を扱っている関係上区画として区切られた場所の入口には守衛が立っていたが、特に彼らを呼び止める様な事はせずに素通りする事が出来ていた。
それは、彼の功績が早くも知れ渡り始めてしまっていたからか、それとも二人の服装を見て不逞な輩では無い、と判断されたからか。
それとも、守衛を務めていたエルフ族の人達の力量程度では敵わない、と言う事を見抜いての行動であったのかは不明だが、彼らと擦れ違う際にはその額に珠の様な冷や汗が浮かんでいた、とだけは明言しておく事とする。
初めて踏み込んだ場所ながら、特に戸惑いの色を浮かべる事無く進んで行く二人。
未だに時間はソレなりに早く、一応商店の類いは開店しているモノが多く見受けられるものの、それでもやはり人通りはそこまで多くは見受けられていない。
とは言え、全くもって人と擦れ違う事は無いのか?と言えば『そんな事は無い』と言うのが正直な処。
良い所の使用人なのか、お仕着せを身に着けた男女や着飾った子供を連れた婦人と言った、ソレなりに理由在りきでこの時間に出回る人々も居るらしく、多少とは言え人との擦れ違いは発生するし、その際に見覚えの無い顔、として視線を向けられる事もしばしば。
元々エルフ族の多いこの国に於いてソレ以外の種族は珍しく(居ない訳では無いがかなり少ない)、生活圏内で居るのであれば基本的に知り合いか、もしくは顔見知り程度にはなっている事が多い。
故に、彼らの様にあからさまに見覚えの無いエルフ族以外の者、と言うのはソレだけで珍しがられる存在となりうる、と言う訳なのだ。
ソレが、外部の人間が比較的頻繁に出入りする市場の方であるならばまだしも、この商店区画の様に出入りする層が固定されている、と言う様な場所であれば、尚更に、である。
…………もっとも、そうなったらなったで他の国や種族の様に『余所者だから排除してしまえ!』となるのでは無く、エルフ族特有のおおらかさ(呑気さ、とも言う)により『珍しい事も在るもんだなぁ~』で済ませてしまう処が、やはり時間感覚の異なる長命種族たる由縁なのかも知れないが。
と言っても、やはり色々な意味で人目を引くシェイドとサタニシスであった為に、必然的に視線を集める事となってしまう。
シェイドはシェイドで、ソコに居るだけで周囲へと放たれる存在感により、荒事とは無縁であろう人々からは畏怖する様な視線を浴びせられる事となるし、サタニシスはその外見上否応なしに異性からの視線を集める事となってしまう。
が、あからさまな迄に腕を組んでおり、更にその口許に幸せそうな微笑みまで浮かべて見せている事から、この二人組はそう言う関係性なのだろう、と悟った者から順次視線を逸らすか、もしくは恨みや嫉妬と言った感情を込めたモノを更に注いで行くか、の二種類に別れる事となっていた。
そんな、視線の雨の中を平然とした様子にて歩む二人であったが、とある店の前にてその足を止める事となる。
前面にガラスを使用した大胆な造りとなっており、店の内部が外からも見渡せる構造となっている。
その為に、商品として陳列されたアクセサリーの類いや、ソレを扱う店員の動き等が容易に見て取る事が出来る様になっていた。
こんな構造で強盗対策だとかは大丈夫なのだろうか?と的外れな心配とも取れない感想を抱くシェイドとは裏腹に、元々来たいと思っていた場所へと赴く事が出来たからか、外部から見渡せる範囲に在るモノに対してサタニシスは、瞳をキラキラと輝かせながら熱烈な視線を送って行く。
内部の店員からも微笑ましい視線を向けられている事に気付いていない様子の彼女へと、苦笑いを浮かべながらもこの店が見た目通りのモノでは無い事に気付いたシェイドは入店する前に、と問い掛ける。
「…………しかし、どうやってこんな店知ったんだ?
割りと高級そうな店構えしてるだけじゃなく、実際に扱ってるモノもソレなりに高額みたいだし、何よりこのガラス魔道具だろう?
なら、格式として並みの冒険者程度なら『お断り』される事も在りそうだし、そうそう内容まで知っている者は居ないんじゃないのか?」
「え?普通に、冒険者ギルドで聞いたけど?」
「…………え?マジで?
と言うか、何時の間に?」
「マジマジ、大マジ。
普通に、何人かから『このお店がオススメ!』って聞いたから、来てみたいと思ったの。
それと、何時の間に、って言うけど、私も一緒にギルドには行ってたんだし、そうすれば自然と顔見知りになって仲良くなるモノじゃない?」
「………………いや、俺達がこの街に来たのって昨日だから、下手しなくても一日も経ってないハズなんだが……?」
「え?でも、あんまり時間とか関係無いけど?
お姉さんが仲良くしたい、と思える相手だったら、後は普通にお喋りしてたら仲良くなれるわよ?
シェイド君は、そう言うの無かった?」
「…………………………ノーコメント」
「あっ…………」
彼の反応から、未だに聞けていない過去に何かあったのだろう、と察してしまったサタニシスが微妙そうな表情を浮かべてしまう。
その一方でシェイドは、自身の凄惨な過去を思い起こす事となると同時に、彼女の対人能力の高さに、自身とのあまりの違い(確実に相手に怖がられる事から関係性が始まる上に、特にソレを直したいとも間違っているとも思っていない)に内心で戦々恐々としていた。
故に、彼女が浮かべていた罪悪感にも似た感情に気付く事も無く、入るのならば何時までも軒先に居るのもアレだから、と組んだままであった腕を引いてサタニシスと共に入店し、店の内部を直接見渡して行く。
ガラス越しに見えていた為に把握は出来ていたが、彼らを迎えたのは金銀に輝く宝石をあしらった豪華なアクセサリーの群れ…………では無く、どちらかと言うと地味で素朴な見た目をした装飾品、とでも表現するべきモノ達であった。
…………いや、正確に言えば、それらの素材が使われていない、と言う訳では無い。
パッと見た限りでは、そう言う方面にはほぼ素人でしか無いシェイドにとっては判別し難いモノではあったが、土台や装飾として金銀と言った貴金属が使われていたり、小粒ながらも宝石が埋め込まれていたりするモノも見受けられていた。
とは言え、だからと言って陳列されている装飾品の類いが安物なのか?と言われると、恐らくでは在るが『断じて否』と返答する事が出来るだろう。
先にも述べた通りに彼にはアクセサリーの類いの価値を測る事は、ソレまでの経験値が不足している為に不可能に近い状況に在る。
が、それでもこれまで培ってきた冒険者としての経験により、それら以外で使われている革や爪、角、骨、木材、輝石等の素材がどんなモノを使っているのか、それらがどの位の相場にて取引されているモノなのか、位は判定する事が出来ていた。
「…………おいおい、随分と豪勢な素材使ってるんだな。
ブラックライノの革に、イビルトレントの木材、ケルピーの磨き石と後は……バイコーンの角にキマイラの牙、か?
こっちのヤツは骨か爪なんだろうが……何だろう?マーダーリンクス辺りのヤツか?」
「多分、その上位種のジェノサイドリンクスじゃないかしら?
ペンダントトップとして磨かれているけど、内側から滲むような虹色がキレイよねぇ~!」
「ようこそ、いらっしゃいました。
そして、お目が高いですねお客様。
ご慧眼の通りに、ソレは職人が二日掛けて磨き抜いたジェノサイドリンクスの仙骨を、当店のデザイナーが色味を生かして仕立てた逸品となっております」
「わぁ、やっぱり!
この色は、他の素材じゃ出ないんですよねぇ~!」
「へぇ、じゃあ、あっちの方のバングルだとか、バックルだとかもそう言うヤツだったりするのかい?」
「えぇ、勿論ですとも!
既にご承知とは思いますが、当店の装飾品は魔道具ではございません。ですので、身に着けているだけで効果を発揮する、と言った様な事はございません。
ですが、そうであっても着飾りたい、と願うのは人間の、特に女性にとっての『本能』の様なモノ。切っても切り離せないモノでございます。
ですので、当店ではそう言ったお客様のご要望にお応えするべく━━━━」
何時の間にか二人の会話に滑り込んできた店員(後で店長と判明)の店と商品の解説を聞きながら、キラキラと瞳を輝かせるサタニシスを眺めつつ、時折興味を引かれたモノを手に取る等として、シェイドの方も店を楽しんで行くのであった。
そう言えば明言していませんでしたが、この章は本当に短いです
そして、章を通してこんな感じになります
…………まぁ、コレが終わったらまた普段の通りにブラッディフェスティバルな訳なんですけどね?




