反逆者は糧を貪り、元家族を突き放す
ジュゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
朝には遅く、昼には早い時間帯ながらも、オルテンベルク邸の台所には暴力的な迄に食欲を掻き立てる音と匂いが充満する。
予め塩胡椒にて下味が付けられた分厚いステーキ肉を、ニンニクにて香りと旨味が足されたオリーブ油にて焼いているだけのシンプルなステーキだが、それ故に見た目のインパクトは十二分過ぎる程であり、成長によって飢餓に近い状態となっているシェイドの胃袋を、味覚と触覚を除いた全ての五感にて酷く苛んで行く。
「…………いや、まだだ……まだ、我慢しろ。もう少しだから……」
今にも暴走し、まだ焼いてすらいない肉にも無意識的に伸びようとしている手を自ら抑え込み、本人としても焼けた端から食らい付きたいのを我慢してひたすらに焼いて行く。
そして、焼いた肉を文字通り温度を保つ『保温』の効果を持つ魔道具である大皿に山の様に盛り付け、取り皿とナイフセットに加えてグラスを棚から取り出すとリビングへと運び、地下に備えられていて半分埃を被っていたワインセラーから適当に呑めそうなワインを一本引き抜いて来ると、飛び付く様に席に着いて取り皿に移した一枚を切り分ける事ももどかしそうに半分程に切ってからかぶり付いて行く。
「………っっっっっ、旨!?うっま!?
なにコレ、ヤベェ!?超旨い!?食った事無いレベルで旨いんだけど!?
アレか?思いきって使った調味料が良かったのか?それとも、そう感じる程にこの身体が求めてた、って事か?
……まぁ、どっちでも良いやな。旨くて、邪魔されないで、ちゃんと食えればそれで良いや」
初めて口にした訳では無いし、味で言えば普通の肉でしか無いこのステーキよりも、もっと旨いモノも食った事は在るハズなのに、まるで初めて口にした極上の美味である様に感じるシェイド。
一瞬、その理由を探ろうとするものの、次の瞬間には『割りとどうでも良い』と結論付けて次の一口をかじりつき、僅か二口でステーキ半分を平らげてしまう。
そうして口の中に押し込んだステーキを強引に顎の力で咀嚼し、肉の旨味と弾ける様な肉の脂の甘味を堪能すると、テーブルに置いておいたワインの瓶を手に取り、魔力を込めて強化した指で首の部分を弾き切ると、その中身を直接煽って口の中の残骸を飲み下して行く。
「…………っ、かぁ~旨っ!
ヤッベ!コレマジでヤッベェな!
あの糞野郎が酒に執着してた理由が今の今まで分からんかったけど、コレはヤベェわ。注意しておかねぇと、多分一辺嵌まったら抜け出せねぇわ」
その相性の良さに、感動的とすら思える声を漏らしつつ、残りの半分をまたしても二口で平らげると、今度は適量をグラスに注ぎ、楽しむ様に少量ずつゆっくりと煽って行く。
食事としての楽しみを見出だしながらも、一心不乱に肉とワインを己の腹へと納めて行くシェイド。
二枚、三枚、四枚と食い進めて行くと、最初期程の飢餓感は覚えなくなって来るが、それでも空腹感は未だに彼を苛んでおり、肉を切り、口へと運ぶ手は止まる事無く動き続けて行く。
そうして、焼いた分の半分程が彼の腹へと収まり、自分でもこの健啖ぶりは異常じゃないのか?と少し心配になり始めた頃合いに、二階から扉が開く音と、階段を下って来る音が聞こえて来る。
どうせ自分には関係在るまい。
そう判断したシェイドは、特に反応を示したり食事を中断したりする事無く、そのまま肉汁滴るステーキを食い続けて行く。
……が、何故か二階から降りてきた元家族にして元妹のカテジナは、彼の事をスルーする訳でも、また普段の様に悪態を吐いてからさっさと家を出る訳でもなく、オドオドとした様子を見せながらリビングへと入って来た。
そして
「…………そ、その……おはよう、『お兄ちゃん』……」
と、宣ってくれたのだ。
あまりの衝撃的な発言に、一瞬だけとは言え肉を貪る手を止め、ピクリと反応を返してしまうシェイド。
しかし、彼が反応を示したのはそれだけであり、次の瞬間には再度肉を切り分けて口へと運び、肉汁と肉の旨味、そしてワインとの調和を楽しみながら未だに衰える事の無い食欲を宥める為に、それら全てを胃袋へと納めて行く。
……そうして特に反応を見せずにいると、何を勘違いしたのか彼の視界の端にて泣きそうな表情へと顔を歪める元妹。
が、少ししてからその表情を引き締めると、今度は近年では彼に向けた事は無く、当然見た覚えも無い様な明るいモノへと変化させた為に、内心での警戒度を引き上げつつ、僅かばかりに意識を食事からそちらへと割いておく。
「…………わ、わぁ、今日は、朝から豪勢だね?
アタシ、昨日のお昼から何も食べて無かったから、お腹ペコペコなんだよねぇ~……。
……だ、だから、アタシもご相伴に預かっちゃおうかなぁ~…………ひっ!?」
スッ………………ダンッ!!…………ズッ、ズズッ……!
何のつもりかと思っていると、既に中身の半分程が消費されている、彼が用意しておいた大皿に戯言と共に手を伸ばして来る元妹。
その手が皿に触れる直前、手にしていたステーキナイフを皿の縁へと振り下ろし、元妹へと牽制を掛けると共に殺意を混ぜた鋭い視線を投げ掛けつつ、自らの近くへと引き寄せて食事を再開するシェイド。
そんな彼の姿に短く悲鳴を挙げながらも、それでもリビングから逃げ出す様な事は辛うじてする事はせずに済んだカテジナは、そのまま彼の向かいに座ると徐に口を開き始める。
「…………お兄ちゃんも、黙ってたなんて酷いよ。
あんなに強かったんだったら、もっと早く言ってくれてたら、アタシも他の皆も、お兄ちゃんにあんな態度取らなかったんだよ?」
「……………………」
「……そ、それに、昨日は突然どうしたの?
生徒会長さんに、いきなりあんな事しちゃって。
幾らリア姉さんやベラ姉さんとアタシ達が仲が良くても、あんな事しちゃったら庇って貰えるとは限らないんだよ?」
「……………………」
「何が在ったのかは知らないけど、早めに生徒会長さんには謝っておいてね?
そうでないと、只でさえお兄ちゃんを助けようとしてくれた相手に対してあんな事しちゃったんだから、どんな事をされるか分からないんだからね?
多分だけど、アタシの名前の将来性だけじゃ引き下がってはくれないだろうし、生徒会長さんからすれば、助けようとしたのに逆上して襲われた、って見えちゃってるハズなんだから、そこら辺はキチンとしてくれないと困るんだからね?
家族として、アタシも無関係じゃ居られないんだから、ね?」
「………………」
「………………ね、ねぇ、そうやって、何時までも拗ねてないで、返事くらいはしてよ?ねぇ、ねぇってば!聞いてるの!?」
「……………………」
何やら言い募って来ているのを聞いてはいたが、その内容に心底落胆しつつ肉を貪り、ワインにて脂と共に飲み下して行く。
…………一体、どんな戯言を口にするのかと思って黙って聞いてみれば、その中身は自らの保身の為に彼に頭を下げさせようとするモノのみ。
しかも、あの糞野郎ことクラウンの喚き散らしていた事のみを鵜呑みにし、本来信じるべきシェイドが口にしていた事を欠片も聞き届けず、また真実何が在ったのかを問う事もせずに一方的に彼の事を断罪しようとしている。
既に、彼の中では関係性が断絶し、頭に『元』が付く事となってはいても、一応は『家族』や『血縁』と呼ばれる間柄ではあった相手。
それ故に、最低限の情けとして、積極的に関わる事はせずとも、直接的に何か仕返しをする様な事はせず、何か在ったとして最後の最後までは放置していたとしても、結局は助けてやっても良い、とも思ってはいたのだ。
…………だが、その判断は間違いだった、と言う事なのだろう。
やはり、こいつにはここで引導を渡し、完全に決別を告げる他には無いのだ、と判断する。
なので、アレだけ在った山の様な肉の最後の一切れを頬張り、残されていたワインにて腹の底へと流し込んで焼いた分の全てを納めると、殺意と敵意を本気で込めた視線を元妹へと向け、まるで温度を感じさせない様な声色にて告げる。
「…………まず、一つ。
テメェ、何様のつもりだ?」
「…………え……?」
「だから、テメェ何様のつもりだ?って聞いてるんだよ。
アレか?あの糞野郎に媚び売る事しか頭に無くて、俺からの言葉なんざ最初から耳に入っちゃいなかったか?あぁ?」
「…………な、なななっ……!?」
「大方、アレだろう?
俺があの時言った事より、あの糞野郎が抜かしてくれやがった事を『真実』って事にしといた方が、テメェが尻振って媚び売るには都合が良いからそうしたい、って事だろう?」
「……っ!?ちょっと!?
家族だからって、言って良い事と悪い事が在るの位、分からない訳!?」
「あぁ、家族だったら、な。
だが、俺とテメェは違うだろう?何せ、血が繋がってるだけの他人だから。もう、既に。
何せ、そう常々願ってたのは、他ならぬテメェだろう?違うか?」
「ぐっ……!?」
「それに、言って良い事と悪い事が在る?だったら、テメェの今までの言動を少しは省みたらどうなんだ?あぁ?
……まぁ、それももう関係無いからな。何せ、俺とテメェはもう他人だ。だから、俺がどうなろうとテメェには関係無いし、テメェがどうなろうと俺には、一切、関係が、無い。違うか?」
「………………そん、な……」
「それと、既に他人になってるとは言え『元』家族として先に言っておいてやるけど、近い内にこの家売却する予定だから、行き先だけはさっさと決めておけよ?
因みに、反対は受け付けないから悪しからず」
「そんな!?
まって、ねぇ待ってよ!?
ここは、アタシの家でも在るのよ!?それに、ここはパパとママの思い出も詰まった大事な場所なのよ!?それを、そんなに簡単に売り払おうだなんて、何を考えてるのよ!?アンタにとっても、ここは思い出の詰まった場所でしょう!?」
彼からの最後通知に、過剰なまでの反応を見せるカテジナ。
しかし、そんな彼女に対して特に感慨を見せる事もせずに汚れた皿を回収したシェイドは、底冷えのする声色にてカテジナへと告げる。
「……だから、それがどうした?
俺にとっては、自らの名声を保つために俺の力を封じてくれやがった糞共でしか無いし、テメェにしても理不尽を強いて来る相手でしか無かったって言うのに、そんな連中との『思い出』とやらが詰まった空間を、何時までも後生大事に抱えてろ、って抜かすつもりか?
そんなの、冗談じゃないね」
自身に対する憎悪すら込められたその言葉によって反論を封じ込められたカテジナは、情けなく椅子からズルズルと滑り落ちると、顔を青ざめさせながら床に直接踞る事となるのであった……。
言った言葉は家族であっても取り消すことは難しい……




