反逆者は不撓の少年に一手授ける
…………シェイドがマモルの師匠となる事を引き受け、実際に指導を開始してから七日程が経過した。
基本的に、最初に行った様な殺気を混ぜた威圧による『気当たり』に対する耐性並びに克服の訓練と、倒れるまで行われる手合わせが主な内容となっており、さながら地獄を見せる事を目的としているのでは無いだろうか?と噂される程のモノとなっていた。
最初こそ、端からマモルの無様な姿を笑いながら見ていた無関係な冒険者達も、数日もすれば顔色を悪くしながら彼の助命をシェイドへと申し出て来る程のモノであり、彼ら曰く
『あのガキを殺したいのか、それとも鍛えたいのか、俺達には判断できなかった』
との事であったそうな。
…………そのお陰、と言う訳でも無いのだろうが━━
━━━━ガギィィィィッン!!!
「…………ほう?
大分、筋力は付いて来たみたいだな?それと、魔力による身体能力強化も、それなりに見れる様にはなったみたいだ」
「そいつは、どうも!!」
━━━━ギャインッ!ガィンッ、ガギガギャンッ!!!
━━━━無いのだろうが、今では一応『手合わせ』と形容出来るだけの、打ち合いが出来る程には成長する事が出来ていた。
以前と同じく、マモルは上半身は裸になっているのだが、ソコは以前の骨と皮と言った状態とは大きく異なり、薄くでは在るものの確かに筋肉によって鎧われている事が見て取れる。
更に言えば、そうして筋肉を纏う事が出来た為か、はたまた彼からの指導によって魔力操作の技術が向上したからかは不明だが、曲がりなりにもシェイドと打ち合いをする事を可能としていたのだ。
…………とは言え、マモルの方は現時点で行える魔力強化を最大出力にて行った上に、渾身の力を込めた『咒毒剣カンタレラ』を振るっているにも関わらず、シェイドの方は魔力強化を行わず、素の身体能力のままにて片手しか使わず、その辺の武器屋にて売られていた数打ちの量産品を使っていながらもそうとしかなっていない、とも言えるのだが、ソコには触れぬが華、と言うヤツなのだろう。きっと。
そうして、打ち合う事数回。
流石に、ある程度は筋肉も付いて体力の限界と筋力にも向上が見られたとは言え、僅か一週間程では言う程に劇的な変化が見られるハズも無く、マモルが押しきられる形で終了する形となってしまう。
吐息を荒げ、地面へと膝を突き、滝のような汗を全身から滴らせて行くマモル。
そんな彼の様子を、普段の得物は腰に下げたままで、量産品のナマクラを片手にて弄んでいたシェイドは、微笑みと共に見守りながら掛け続けていた威圧を解除して行く。
それにより、それまで重くのし掛かり続けていた圧力が霧散し、マモルが安堵の息を溢して行くが、同時に不満の様なモノを口にし始める。
「…………ふぅ。
流石に、ある程度は慣れましたけど、ここまでやる必要って在るんでしょうか?
無いとは理解していましたけど、何時師匠の刃が俺の事を切り裂きに来るのかと、ヒヤヒヤしっぱなしだったんですが……?」
「必要?そんなの、在るに決まってるだろうがよ。
殺気を込めた威圧を受けた場合、どれだけ自分の身体が動かなくなるのかだなんて事は、嫌って言う程には理解出来ただろう?
ついでに言えば、威圧を掛けられた状態でも、どの程度までなら動けるのか、も知れてるだろう?」
「…………えぇ、まぁ。
何せ、自分自身の事ですので」
「なら、十二分に意味は在っただろう?
本来ならば実戦の中でしか知れなかったハズの事を、先に知れているんだ。
ソコに、計り知れない意味と価値が在るだなんて、言わなくとも理解出来るだろうに」
「…………くっ、否定出来ない……!」
シェイドの言葉に言い返す事が出来なかったからか、若干ながらも悔しそうな反応をマモルが見せて行くが、そんな彼に対してシェイドは追い討ちを仕掛ける様にして再度言葉を放って行く。
「さて、取り敢えず直近の問題点だった『筋力』に関しては達成と克服の目処が立ってきた訳だが、次なる問題点としてやはり『技術』だな。
折角良いモノ持っているのに、今のままでは持て余しているにも程があるだろう?」
「…………それは、確かにその通りですね……」
「君の持つ『咒毒剣カンタレラ』、だったか?
アレは、急所であろうが無かろうが、一撃当てさえすれば勝負を決められるだけの力が在る代物だ。それは、良いよな?」
「……えぇ、まぁ。
あんまり、実感としては湧いて来ませんけど、ね……現に、こっちに来たばかりで荒事に慣れていなかったとは言え、アイツに負けて咲の事を奪われてしまった訳ですし……」
「まぁ、そうやって落ち込んだり自信を失くしたりするのも理解できなくは無いが、無用に自身を卑下するのは負けに繋がるぞ?
俺みたいに、ある程度であれば攻撃を受けた部分を削ぎ落としてリスクヘッジ出来る様な相手だったり、そもそも攻撃を貰わなかったり、魔力による防備を常に行っている様な相手だったりすると効果は薄くなるかも知れないが、そう言う手合以外であれば一撃入れさえ出来れば、大体は勝負を大きく優位に傾ける事が出来るだけの能力は持っているからな。
誰だって、自身の身体の一部が爛れて腐れて行く様を目の当たりにし続けて、冷静でいられるハズが無いんだから、ちゃんとその辺りの自信は持っておいた方が良い」
「…………ですが、それも『一撃入れられれば』の話ですよね……?」
「まあな。
だから、その一撃を確実に入れる為に、これから技術を、剣術を覚えさせようか、って話に戻る訳だよ。
何せ、剣術なんてモノは、確実に相手を殺傷する為だけに先鋭化されてきた技術だからな。寧ろ、必須とも言えるだろうよ」
「…………お、おぉ……!
……あっ、でも、ソレって修得までに、それなりに時間が掛かるモノなんじゃ……?
俺には、そこまで長く時間を掛けられるだけの余裕は無いんですが……」
「そんな事は、重々承知しているよ。
だから、そんなに修得の難しい技術を教えるつもりは無いよ。比較的、簡単に身に付くであろうモノだけを選んで、幾つか教えてやろうって事さ。
別段、勝率が上がる分には構わないだろう?」
「それなら、まぁ、構いませんし、教えて頂けるのでしたらありがたく教わりますが、具体的にはどの様なモノを…………?」
「そうだな…………取り敢えず、こんなのはどうでい?」
「…………え?って…………は!?」
軽い口調にて、気の抜けた掛け声と共に手にしていた安物の長剣を振りかぶって見せるシェイド。
ソレを目の当たりにし、かつ振り下ろされて行く軌道が自身へと向いている事を察したマモルは、当然の様に戸惑いながらもソレを受け止めるべく、手にしていた『咒毒剣カンタレラ』の刃を横向きにして構えて見せる。
そのまま、何の捻りも無く、真っ直ぐに振り下ろされて行くシェイドの刃。
それが、そのままマモルが手にしていた刃にぶつかり、少し前と同じ様に甲高い金属音を奏でる事となると、受け止めようとしていたマモルも、端からその光景を覗いていた冒険者達も、等しくそう思っていた。思い込んでいた。
…………だが、実際の処として、掲げる様にして構えられていたマモルの剣へとシェイドの刃がぶつかる事は無く、寧ろ振るわれた一撃がまるで幻ででも在ったかの様に防備をすり抜けたのだ。
しかも、事態はそれだけでなく無く、何故か振り下ろされていたハズの一撃は、振り上げる形にてマモルの脇腹に直撃する寸前の状態にてピタリと寸止めされる形にて停止する事となっていたのだ。
唐突かつ、奇術めいた手口による攻撃に、シェイドがその気になっていれば今の一撃にて絶命していた、と言う事を本能的に覚っていたマモルだけでなく、遠目に眺めるだけであったにも関わらず、事が終わるまで『何が起きたのか』を理解する事が出来ずにいた冒険者達の間から動揺のざわめきが巻き起こり始めて行く。
そんな中、最も間近で見ていながらも、全く以てその術理を理解できずに衝撃を受ける事となってしまっていたマモルへと対してシェイドは、軽い口調にて言葉を投げ掛けて行く。
「ほれ。
こうして軽く見せてやった訳だが、こんな感じの技術を幾つか教えてやろうと思ってるが、不服かね?
外連味たっぷりかも知れないが、意外とこう言う技術って有効でな。覚えておいて損は無いハズだぞ?」
「………………いや、え、その……今、何をされたんですか、俺は……?
何をされたのか、どうされたのか、ソレすらも欠片も分からなかったんですが、一体今のは何を……!?」
「そうか?
でも、アレって言う程変な事してる訳じゃ無いぞ?
タイミングを見計らって、手首と肘の動きで剣筋を曲げてやれば良いのさ。
まぁ、魔力で手首やら肘やらを集中的に強化してやらないと、後で痛める事になるだろうけど、ソレさえちゃんと出来ていればそこまで難しくも無いぞ?
そら、ここをこうやってだな━━━━」
「……えっと、こうですか……?」
口で伝えるだけでなく、実際に目の前でやって見せ、その上で手取り足取りで教えて見せるシェイドと、ソレを忠実に再現して見せようとするマモル。
そんな二人の姿は、何時もであれば既に手合わせを終えているハズの時間が過ぎても顔を見せなかった為に、自ら訓練所へと顔を出したサタニシスに呼ばれるまでずっとその場で確認され続ける事となるのであった……。
一応、半分スパルタながらも誉めて伸ばすタイプの主人公




