反逆者は第一の復讐を果たした後、疲れを癒す為に帰宅する
襲い掛かって来た連中の悉くを返り討ちにしたシェイドは、その後も飽きずにクラウンへと目掛けて蹴撃を繰り返していた。
周囲からは、そこまでしないと晴れない恨みでもあるのか!?と戦々恐々とした視線を注がれていたが、当のシェイドからすればこれでも温い位でしか無い為に、特に気にする事無く反応が無くなっても蹴り続けて行く。
そうして、無表情無感情無慈悲にて蹴り続ける事暫しの間。
流石に見ていられなくなったのか、近くで呆然としていたナタリアとイザベラだけでなく、比較的彼らの近くにいたらしいカテジナまでもが彼を止めようとして口を開く。
「…………ね、ねぇ、アナタ。
何が在ったのか、ワタシは知らないけど、流石にソレはやり過ぎでしょう?その辺にしておきなさいよ、ね……?」
「そう、ですよ?シェイド君。
幾ら、彼が貴方が死んだ、なんて嘘を吐いていたからと言って、流石にもうやり過ぎです。それ以上してしまうと、彼も死んでしまいますから、もう止めましょう?」
「………………あ?お前ら、もしかして、まだこいつの抜かしてくれた戯れ言を信じてやがるんじゃねぇだろうな?」
「「…………え……?」」
……が、予想外の口調と言葉による返答により、思わず放心した様な間の抜けた声を出してしまう。
てっきり、何時もの通りに、何かしらの嫌な事が在ったとしても自分達の言葉を素直に聞き入れて優先し、一旦は怒りの矛を納めるだろう、と思っていた矢先に、聞いた事も無い荒々しい口調にて、今までの彼ならば決して口にしなかったであろう『相手を馬鹿にした様な言葉』による反撃により、思わず固まってしまったのだ。
とは言え、そんな事は生まれ変わったシェイドには関係が無く、またわざわざ気を掛けてやらなければならない程の重要度も無かった為に、周囲の生徒や、応援として駆け付けたらしい冒険者を伴い慌てて走っているゲレェツにも聞こえる様に、わざと大きな声にて現地での真実を口にして行く。
「聞こえてたぞ?
お前ら、こいつが言ってた通りに、俺がわざわざ奥地まで出向いて、あの毛駄物をわざと刺激した、とか言う話を信じたみたいじゃねぇか。
少しでも俺の事を知ってるなら、普段からしてこの森に仕事で入り込んでいた俺が、そんな事しないと、するハズが無いと、何で考えなかったんだ?あぁ?」
「…………それ、は……」
「……で、でも、現にアンタだけ、森から出てこなかったんだし……」
「そこん処も、何でテメェら一切の疑問無く信じやがったんだ?あ?
そもそも、俺は以前から言ってたよな?『アイツらに虐められてる』ってよぉ?
なのに、そんな連中の為に、一人残って犠牲になるぅ?バカじゃねぇの?
そんな事、するハズが無いだろうがよ!?」
「「…………っ……!?」」
「そ、れ、にぃ……そもそもの話として、俺がこうして生きてる以上、こいつが抜かしてくれやがった戯言は、全部嘘だった、って事は言わなくても分かってるよなぁ?
……で、その上で聞くけど、お前ら俺が死んだ、って聞いたから、何の憂いも無くこの糞野郎に靡く事にしたんだろう?」
「……なっ!?」
「ち、違うわよ!?」
「はっ、どうだかな。
常に俺の事を疎んでいてくれたお前らだ。あの糞親共からの縛りが無くなったと、内心で喜んでいたんじゃないのか?
そうでもなきゃ、あんな言葉だけでこの糞野郎の言う事を鵜呑みにして、俺が死んだと信じ込むハズが無いものなぁ!!」
そう言って、一際大きく強くクラウンの事を蹴り付けるシェイド。
既に意識を失っていたクラウンは、端正だった顔を歪に歪めつつ、白目を剥いた無様な姿を晒して地面へと転がされる事となった。
血塗れで地面へと沈むクラウンの姿に、それまでの経緯を息を呑んで見詰めていた生徒達は悲鳴を挙げたり、涙を流したり、新しく知った真実にただただ呆然としたりしていた。
そんな彼らの姿を、まるで愉快なモノを見た、と言わんばかりの態度で眺めていたシェイドは、先程投げ捨てたキマイラの死体を再び浮かせると、顔をひきつらせながら冒険者と共にこちらを眺めていたゲレェツへと一瞥を投げ掛けると、鼻で笑って広場から歩み去ろうとする。
流石に、先程痛烈に心の内側を攻撃された幼馴染みの二人は、受けた心的ダメージによりソレを追い掛ける事も、制止の声を出す事も出来ずにその背中を見送るだけしか出来なかったが、この場に於いて唯一彼と血の繋がっていた存在が、普段の態度のままに言葉を投げ付ける。
「……ちょっと、アンタ!!
生徒会長相手に、何してくれてるのよ!?
無能のアンタが、アンタなんかが彼に散々迷惑掛けた上に、一方的に手を出して只で済むと思ってる訳!?
幾らアンタが、アタシと同じ『英雄』のパパとママの血を引いているからって、向こうが遠慮してくれるハズが無いのなんて、考えなくても分かりきってる事じゃないの!?
アタシって言う、二人の才能を受け継いで将来を嘱望されてる存在を羨んで行動を起こすのはアンタの勝手だろうけど、だからってアタシが関わり無い場所でアタシの未来を閉ざす様な真似しないで貰えない!?
ハッキリ言って、アンタの存在が迷惑なのよ!!」
「…………………あ゛ぁ……?」
どうやら、かなり近くにいたハズなのに、先程のシェイドの言葉を全くもって聞いていなかったらしく、未だに彼が『無能』のままであり、かつどうにかしてクラウンに対して一方的に暴力を振るったのだ、と勘違いしているらしい。
おまけに、ソレをしたのは両親の才能を引き継いだ自分に対しての嫉妬心から、貴族家からの制裁に巻き込んで将来を閉ざしてしまおうとしていたのだ、と何故か勘違いしているらしく、まるで正義の味方が悪人に対して裁きを与えようとしている、と言わんばかりの様子にてふんぞり返りながら、彼の事を見下している雰囲気満載で、彼の近くに浮かべられているキマイラの死体も視界に入れずに自信満々にそう言い切って見せたのだ。
その態度に、辛うじて『血が繋がっているから』と残されていた親愛の情が、彼の中でプツッ!と言う音を立てて擦り切れると同時に、これまで溜め込んで来た彼女に対する怒りや憎悪と言った感情が溢れだし、無意識の内に殺意の込められた呟きを漏らしてしまう。
「…………ひっ……!?」
…………流石に、やれ『英雄の血を引く才媛』だの、『未来の大魔導師』だの『天才』だのと持て囃されていたとしても、所詮は持てる才に胡座を掻いて他人を見下し、碌に鍛練も積まずに魔物を狩って命の危険を伴った戦闘をこなして来た訳でもない小娘。
半ば無意識的に放たれた殺気と、発動する直前にて待機させられた複数の強大な汎用魔術の術式の気配に加え、今の今まで向けられた事の無い相手から向けられた怒りと殺意を込められた言葉と視線により、己の内から湧き起こって来た恐怖と震えで反論する事は当然として、その場に立っている事すら出来ずに地面へと尻餅を突く事となってしまう。
待機状態とは言え、既に魔力を込められたモノが存在している事により発生した、所謂『魔力圧』と呼ばれる物理的な圧力と現象(軽いモノで『何となく存在感を感じる』程度から重いモノで『実際に風が吹く』『空間が震えている様に感じる』等々)によって発生した重圧や強風によって周囲に残っていた生徒諸共に、強制的にその場から退けられる事となる。
初めて見る、近しい間柄であったハズの存在の、それまで知らなかった一面に、ただただ恐怖を瞳に張り付けて涙を湛えて震える事しか出来ずにいるカテジナに対し、悠然と歩み寄ったシェイドはその耳元で
「…………成る程、成る程。
確かに、今まで散々『お前なんか家族だと思った事は無い』と喚き散らしてくれていたな?
それに、さっきの俺の言葉も聞こえていたハズなのにも関わらずのあの物言い。流石に、俺も少し思う処があってなぁ。いい加減、頭に来たんだよ。お前のその態度に。
だから、この際だ。お前の望み、叶えてやるよ」
「…………え?」
「だから、散々自分で言っていただろう?
『お前と家族だと思われると迷惑だ』と。
……だから、その望み、叶えてやるよ。血を分けた兄だった相手からの、最後の贈り物だ。有り難く受け取れよ」
「……ちょっ!?それ、もしかして……っ!?」
「あぁ、そのまさか、さ。
俺から、お前に向けての、『絶縁宣言』さ。
これで、晴れて俺とお前は赤の他人だ。だから、俺が何をしようとお前には関係無いし、お前が何を喚こうと、もう、俺には、一切の、関係は、無い」
「………………そ、そん……な……!?
ちょっと……ちょっと待ってよ!?
ねぇ、待ってよ!?!?
なんで、いきなりそんな事言い出すのさ!?
アタシ達、たった二人の家族でしょう!?ねぇ、お兄ちゃ」
「…………はぁ?お前程度、なんで家族扱いしてやらなきゃならないんだ?
常に暴言だけを撒き散らし、家事の類いも一切せず、散々こちらからの厚意でのアレコレを拒絶して、やりたい事しかやらなかった、お前が?冗談じゃねぇよ。
血縁が在る程度で、家族面しないで貰えないか?鬱陶しいから」
「………………っ、あ……あぁ……そんな……お兄、ちゃん……」
謎の呟きを聞いた様な気もするが、只の勘違いだろう、と判断してすれ違い、幼馴染みも元妹も重傷の糞野郎もそのまま放置してその場を後にするシェイド。
威嚇の意味も込め、先程反射的に展開しておいた汎用魔術の術式は直ぐに解除する事はせず、キマイラの死体だけを浮かせた状態で運搬して王都たるカートゥへと向かって行く。
流石に、一度に膨大な量の魔力を得て、かつ大量に消費もしていた為に、その身体にのし掛かる疲労は半端無く、足取りも確かなモノとはとても言えない状態であった。
その為、思考も霞が掛かった様に覚束無く、普段であれば現在の自分の状態で通用門へと赴けばどうなるのか、なんて事は容易く理解出来ていたのだろうが、そこに思い当たる事も無いままに通用門を潜り抜け、寄って来た衛兵相手にギルドの所属を示す身分証にもなっているギルドカードを提示して黙らせる。
そして、まだ昼を幾らか過ぎたに過ぎない時間帯であり、必然的に人目の多い時間帯の通りを普段とは異なる意味合いにて視線を集めながら渡り、道を進んで家へと到達すると、取り敢えず裏庭にキマイラの死体を放り込み、保存庫で手当たり次第に食料(主にチーズや腸詰めと言ったタンパク質系統を中心に)を味や調理の事なんて気にもせずに次々に口へと詰め込んで行く。
普段の食が細い姿とは打って代わり、貪る様に食料を口にして取り敢えず腹を膨らませると、少し前から襲い掛かって来ていた猛烈な睡魔に抗う事無く二階へと進み、寝間着に着替える事すら煩わしそうに着衣を全て脱ぎ捨ててベッドへと入ると、直ぐ様長く深く夢すら見ない眠りに誘われて行くのであった……。
変化は続くよ何処までも
次回閑話を挟んで次の章に移ります
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