反逆者は大規模な催しの存在を知る
「…………ほい、お待ちどうさん。
取り敢えず、手続きの方は終わったぜ。
一応、入国の目的は『仕事』って事にしておいたが、別に構わねぇだろう?」
「……あぁ、それで良いよ。
別段、そこまで間違っちゃいないからな」
そう言って、関所の中年職員もとい『ウォルフェン』(良く見たら胸に名札を着けていた)によって差し出されたギルドカードを受け取り、懐へと納めて行く。
流石に、その頃にはキチンとサタニシスも再起動を果たしていた為に、若干ながらも不服そうにしながらも彼と同じく懐へとカードを納め、目の前のウォルフェンへと問い掛ける。
「…………そう言えば、なんだけどね?
さっき、向こう側の関所で軽く聞いたんだけど、こっち側で大きめなお祭りみたいなモノが在るって本当?」
「…………祭り?
…………あぁ、アレの事か?確かに、大闘技場での武闘会なら、そろそろと言えばそろそろな頃合いだが、アレって別段『祭り』だなんて言う様なモノじゃ無いぞ?
俺達、ビスタリアの住人からすれば定期的に催される『殺し合い』でしか無いし、他国で言う処の『祭り』だなんて呼ばれる様な催し物の時の出店だとか、そう言う時にしか出ないモノ、だなんて何も無いから、正直期待するだけ無駄だと思うぞ?」
「……なら、何を目的にしてその武闘会は開かれるんだ?
聞いた限りだと、本当に殺し合いする為だけに開かれているみたいに聞こえるし、ルール的にも殺しは許容されているモノなんだろう?
そんな、ただただ見世物として行われる殺し合いだなんて、今のご時勢で開いていたら、他国からのバッシングが酷い事になるんじゃないのか?」
「…………目的、なぁ……」
そう言って腕を組み、額にシワを寄せて黙り込んでしまうウォルフェン。
その表情には『苦悩』と呼ぶのには軽いが、それでも彼らに話してしまっても良いのか?と言う疑問に悩んでいるのが察せられる状態となっていた。
どうやら、他国の人間にとっては理解し難い理由によるモノか、もしくは獣人族と言う種族に由来する何かしらに起因する催し物なのか、はたまた他国の人間には教えられない様な類いの理由によるモノなのかは不明だが、取り敢えずは気軽に説明出来る類いのモノでは無い事だけは確からしい事だけは理解できた。
そうして、ウォルフェンが唸りながら考え込む事暫し。
取り敢えずの結論が出たのか、俯き加減であった顔を上げると、二人に向かって説明する為に口を開いて行く。
「…………まぁ、別に違う種族だから話しちゃ不味い、って訳でも無いからな。別段構わねぇだろう。
取り敢えず、なんでそんな事してるのか?って話に関して言えるとすれば、ソレが必要だから、だな。
少なくとも、俺達にとっては必要なことだから、だ」
「…………殺し合いが、か?」
「あぁ。とは言え、そいつはただ単にやり過ぎちまった結果に過ぎないがな。
本来の目的は、氏族内部での自身の地位の確立、だ」
「…………氏族の中での地位?」
聞きなれない単語に反応したサタニシスが問い返すと、特に気にした様子も無く、寧ろ『まぁ知らんわな』と言いたげな苦笑いと共に説明を続けて行くウォルフェン。
「……取り敢えず、前提として俺達獣人族の社会構造を簡単に説明しておくが、俺達は基本的には氏族ごとに固まって生活して社会を作ってるのさ。
兎人族は兎人族の、狼人族は狼人族の、と言った具合に、な。
まぁ、とは言え、大昔みたいに『他氏族との交流だなんて言語道断!』みたいな事にはなっちゃいないから、大分文明的にはなってきたんじゃねぇか?」
「それで生活が成り立つのか?」
「あぁ、案外とな?
氏族ごとに、と言ったって、別に獣人族全体が喧嘩っ早い血の気が多過ぎる連中ばかり、って訳じゃ無い様に、氏族の中でもそれぞれでしたい事も得意な事も様々だ。
そうなると、意外な程に多様性が生まれる事になるんで、問題が起きても誰かしらがどうにか出来るもんだから、案外とどうにかなっているって訳よ」
「ふぅん?
そうやって、氏族ごとに固まって村やら町を作っているって事は理解できたけど、それがどうしたら、地位の確立やら殺し合い必須やらに繋がる訳なの?」
「言っただろう?血の気の多い連中『ばかりじゃない』って。
つまりは、そうやって分業したりは出来たとしても、種族の基本として血の気の多い連中の方が多いんだよ。
それに、大昔からの風習で、俺達獣人族は腕っぷしが強いヤツが偉い、って感覚と文化とが根付いている種族だからな。どうしても、公的な場での力比べ、的な事が必要不可欠になってくるって訳さ」
「つまり、そうやって『力の優劣』をハッキリさせる事が、氏族内部での立場に繋がって来る、と?」
「そう言う事だ。
さっきから言ってる通り、俺達獣人族ってのは大概が脳筋な連中ばかりで、昔から『どっちが偉い』『どっちが正しい』って事を決める時、往々にして『どっちが強いか』って事で決めてきたのさ」
「…………だから、予め『誰がどのくらい強いのか』だとか事後策として『どっちが強かったのか』を測る為に、そう言う催しが必要だからやっている、って事か?」
「大正解。
まぁ、とは言え、昔はこのビスタリアに来たのなら獣人族で無くてもこの流儀に従って貰う!ってノリでやってたみたいだが、流石に最近は他種族の連中にまで強要する様なバカは少なくなって来たが、それでもその風習は今でも残っているって訳さ」
「…………何て言うか、随分と伝統的って言うか、前時代的って言うか……」
「…………まぁ、古くせぇバカらしいやり方だ、って事は否定しやしねぇさ。俺だって、そう思ってるよ。
でも、俺達は大昔からそうやって色々と決めてきたのさ。例えそれで、事の正誤を誤ったとしても、悪人が事を主導する立場に立っちまったとしても、ソレが俺達の持ってた『文化』ってヤツさ。
…………『強者こそが正義』だなんて言葉は、割りと普遍的な事だと思わねぇかい?」
「………………あぁ、それに関しちゃ、心の底から同意するよ。
俺も、骨身に染みて実感した事が在るから、な……」
僅かに殺気を覗かせながら、そう応えるシェイド。
彼が過去に受けた凄絶な迄の扱いの記憶は、力を取り戻し、自身を虐げてくれていた相手に対して復讐を行った今でも、彼の内側に残されて燻っている。
ソレが在る事により、彼は未だに己の内部に激発する火種を残してしまっている状態となっている。
ソレが、何が切欠となって炎を放ち、周囲を焼き尽くす事となるのかは彼にも分からない。
殆んど不意に放たれた一言ですら、その火種を燃え立たせる事となる可能性が含まれていると言えるだろう。
そして、ソレが一度炎を放ち始めた場合、恐らくは彼の凄絶な過去の体験に起因する憎悪、激怒、殺意を遠慮も呵責も無く、その『地雷』を踏み抜いた相手にぶつける事となる。
…………そうなった相手が結果的にどうなるのか。それは、言わなくても容易に想像出来る事だろう。
その証拠に、と言う訳では無いが、近い事を不意に口にしてしまったウォルフェンは、ソコに込められたあまりに濃密な『感情』を前にして、その表情をひきつらせながら固まる事となってしまっている。
先程とは異なり、咄嗟に戦闘態勢を整える事も、得物を抜き放つ事すらも出来ず、ただただ本能的な恐怖心に支配され、指一本動かす事すら出来ず、呼吸の自由すらも奪われた状態にてその場に縛り付けられてしまう。
瞳に恐怖心を刻み、その上で額から冷や汗を滝の様に滴らせながらも、ただただその場で固まるだけしか出来ずにいたウォルフェンを尻目に、シェイドの肩をサタニシスが軽く叩く。
まるで、彼の事を落ち着かせようとするかの様に行われたソレは、最近若干ながらも開いてしまっていた二人の距離を、以前の様な気安い距離へと縮める事が出来ている様にも見えていた。
…………が、今はそんな意図を以てして接している訳では無く、どちらかと言うと『現状を正しく確認しろ』と促す為のモノであり、彼本人にも正しく意図として伝わっていた。
それもあってか、自らの内面に広がり続け、燻り続ける『地獄』から立ち戻った彼は、目の前で顔をひきつらせながら無言で固まってしまっているウォルフェンの事を視認すると、意図せず漏れ出してしまっていた殺気を己の内側へと引っ込める。
彼から放たれた殺気と威圧が収まる事により、漸く身体の硬直が解けて荒く呼吸を吐く事が出来る様になるウォルフェン。
そんな彼に対してシェイドは、故意では無かった、とは言え無用に怯えさせる様な事態になってしまった事に対して、素直に謝罪しようとする。
…………が、何故かソレに対してウォルフェン本人が、手を振る事で『無用だ』と示して来た。
「…………はっ、ざまぁねぇな。
これでも、昔は闘技場で名も通ってたんだが、流石にちと歳を食い過ぎたみたいだよ。
あの程度の殺意や威圧を、てめぇに向けられた訳でもねぇのに弾く事も、構える事も出来やしなかったんだから、な……」
「…………それでも、やった事には変わりはせんだろうがよ。
それに、無用に怖がらせる事は俺の本意では無いし、怖がられたい、とも思っちゃいないんでな」
「……まぁ、それもそうか。
だが、だとしても謝罪は不要だ。
こんなナリでも、一度や二度は武闘会で優勝した経験も在るんでな。最低限、その程度のプライドは持たせてくれや」
そう言って片目を閉じて見せるウォルフェンは、本人の言葉の通りにかつての栄光を感じさせる様な、不思議なオーラと魅力とを感じさせる雰囲気を放っている様な、そんな気分にさせられるのであった……。
唐突ですが、作者は割りとイケオジキャラが好きです
普段は草臥れていたり、だらしなかったりするキャラクターが『ここぞ』と言う時にバッチリキメたり、往年の実力を遺憾無く発揮するか、もしくはそれらの片鱗を覗かせる、みたいな展開って胸が熱くはならないですか?




