目覚めた反逆者は、目の前の理不尽を踏み潰す
黒い奔流に呑まれて意識を喪ったシェイドは、次の瞬間には現実の世界にて意識を取り戻していた。
つい先程まで居たあの空間は、どうやら施されていた封印がもたらしていたモノであり、一種の幻覚の様なモノだったのだろう、と考察する彼に目掛けて、振り下ろされていたキマイラの爪が空気を切り裂きながら迫って行く。
……が、『反逆者』として生まれ変わった彼は、その攻撃を目にする事もせず、まるで無造作に掲げてみただけ、と言わんばかりの仕草にて上げた腕にて、その攻撃を見事に受け止めてしまう。
……ゴルルルルルルルルッ……?
つい先程まではただただ逃げ惑うだけであり、自らの攻撃を受け止める事なんて出来るハズが無い、と認識していた相手が、自らの岩をも砕く一撃を軽く受け止めて見せた事に対し、戸惑いの唸り声を挙げながら不思議そうに首を傾げるキマイラ。
しかし、そうして不思議そうにしている間に、距離を取るなり逃げるなりしておけば良かったものの、ソレをせずに首を傾げる事を選んでいる時点で、やはり上位種であり知恵を得ていても所詮は獣、と言う事なのだろう。
故に、キマイラは、彼が掲げて攻撃を受け止めていた方の腕に力を込めた事も、ソレで自らの前足が掴まれた事も把握していながら、その前足が湿っぽい音を立てながら握り潰されて漸く、相手がこれまで追い掛けて遊ぶ事を許された『獲物』から、自らを打倒しうる『敵』へと変貌した事を理解する。
ゴアァァァァァァァァァアアアアアッ!?!?!?
「…………はっ、うるせぇよ獣風情が。
一々、この程度で騒いでやがるんじゃねぇよ」
痛みと驚愕と警戒から咆哮を挙げたキマイラに対し、少し前までは恐怖と共に受けていたソレを真っ正面かつ至近距離で受けながらも平然としているシェイドが、言葉の通りに『煩かったから』と言う理由にて殺意を込めた抗議の言葉をキマイラに向けて投げつける。
そして、自ら握り潰した前足を更に握り締めてキマイラに対して痛みとダメージを与えてから、さも『煩わしい』と言わんばかりの仕草にてその巨体を持ち上げると、目の前に広がる広間の中央目掛けて力任せに投げ付けて見せた。
ガァァァァァァァァァァアアアアアアッ!?!?!?
自らの重量の半分も無いであろう小さなモノに持ち上げられ、その上で投げ飛ばされた、と言う事実に驚愕の咆哮を挙げながら、シェイドが寄り掛かっていたのとは逆側の木々にその巨体をぶつけて轟音を響かせる事になるキマイラ。
予想外の事態に加え、受けると思っていなかったダメージを受けたが為に混乱している状態の敵であれば、如何様にも追撃し放題なので当然次の攻撃が浴びせかけられる……と思いきや、ソレを為した当の本人であるシェイドは、未だに壊れたままの片足をどうにか庇って立ち上がろうとしていたが、諦めたらしく地面に座り込んだままの状態にて、キマイラをぶん投げた手を見詰めつつ握ったり弛めたりを繰り返していた。
「…………いや、これは驚いたな。
初めて『魔術』の形で掛けた身体能力強化もそうだが、なんとなしに使ってみた『固有魔術』も中々に強力だな。
……だが、これは強力過ぎて加減が難しそうだ。流石は、あの糞親共が支配する事を諦めて、無理矢理封印する方向に修正しただけの事はある。
とんだじゃじゃ馬だよ、この『重力魔術』は……!」
そんな呟きを溢すと同時に、何の動作も見せる事無くその場から『フワリ』と浮き上がってみせるシェイド。
破壊された膝はそのままに、まるで重力の軛から解放された様に浮き上がって見せた彼は、何故か左右や前後にユラユラと揺れつつ必死に片手と片足を振り回して行く。
…………何故、彼が突然魔術を行使し、そして宙に浮く事になっているのか、と言えば、やはり本人が口にした通りに『魔術を行使しているから』と言う事になる。
そして、彼が行使している魔術であり、彼が修得している『固有魔術』こそ、彼がこうして浮遊していられる原因である『重力魔術』なのだ。
『重力魔術』とは、文字の通りに対象の重力に干渉し、その『重量』や『質量』、その他『重さ』として掛かる全ての『力』に干渉する固有魔術の事を指してそう呼称する。
干渉出来る範囲や干渉する条件は固有魔術特有の千差万別さでは在るが、過去に在った実例を引き合いに出せばその悉くが凶悪なまでの力を持っていた、と記されている。
過去に得ていた者の殆んどが土属性の魔術師であり、その対象とするモノが『大地に触れているモノ』と限定されていたり、極端に魔力の消費が激しくて燃費が悪かったりした、とも同様に伝わっており、基本的に対大人数用の決戦術式、と言う扱いを受ける事が多かった、とも言われている。
……だが、それはあくまでも対象としたモノの重量を二倍程度から半分程の幅で操作したり、質量を大きくして布の服で剣を防げる様にしたり、重力を軽減してジャンプした際の飛距離を伸ばしたりするので精一杯。
つい先程彼が為した様に、相手の質量を自らよりも小さくして攻撃を受け止め、反撃として握り潰して見せたり。
重量の殆んどを奪い取り、巨体を小石の如く投げ飛ばして見せたり。
重力その物を直接操作して、単独での空中浮遊を実現せしめて見せたり。
まるで、それまでの常識からは考えられない様な事柄を、次々に実現して見せたのだ。
……これには、彼がこれまで『重力魔術』が発現した魔術師の誰よりも多くの魔力を持っている為に、半ば無理矢理力業にて不可能を可能としてしまっている、と言う事の他に、彼が持ち合わせている属性が『闇属性』である事にも由来している。
人間諸族には発現する事が珍しい闇属性は、空間へと直接干渉する魔術が多い属性としても知られている。
それは、汎用魔術として魔術が一般的に普及するよりも以前。未だに『魔法』と呼称されていた時代からそう認識されていた程に有名で、闇属性と言えば空間干渉魔術、と言われる程には=で結ばれる様な認識となっているのだ。
そんな、闇属性の素養を下地として修得された固有魔術が、大地を起点とする事の多い土属性のソレと同じ効果を発揮するハズも無く、当然の様に大前提が異なって来る。
…………そう、彼が操る重力魔術は、大地に触れているモノを対象として発動するのでは無く、指定した空間、もしくは指定した対象へと直接干渉して重力操作を施す事が出来る、と言う事なのだ。
特に相手に触れていなければならない、と言う制約も無く、また相手からの抵抗も殆んど意味が無い、ほぼ絶対と言っても良いであろうその力。
敢えて弱点を挙げるとすれば、かなり燃費が悪い事とコントロールが難しい事が挙げられるが、言ってしまえば彼にとっては『その程度』のデメリットしか無い万能の力である為に、それを恐れた二人が、封印と言う形で抑えようとしたのも頷けると言うモノだろう。
とは言え、その辺の事情は初めて行使する重力魔術の感覚を掴むべく四苦八苦している彼には関係が無く、また己の身に起きた事が理解出来ずに居るが為に逃げ出す事も出来ず、これから憐れな最後を遂げる事を約束されているキマイラにもあまり関係は無い。
「…………良し、大体掴めて来たな。
成る程、成る程。こんな力持ってりゃあ、持って無い奴相手に、好き勝手したくなるのも分からんでも無いな…………っと、流石に、そろそろヤベェ、な……」
完全に空中に浮きながら色々と試行錯誤した結果、浮き上がってしまわない程度に重力を弱める事に成功し、地面に片足を着けながらもバランスを取る程度の事が出来る様になり、魔術制御の感覚を掴む事に成功したシェイドであったが、一瞬とは言え意識を飛ばしそうになってしまう。
皆揃いも揃って膨大な魔力を秘めている特級冒険者の中でも、特に魔力量が抜きん出て多かった母親のシテイシアの数倍近い魔力量を秘めていた彼であったが、流石に解放されたばかりではあまりコントロールが上手く行っている、とは言い難い状況に在る。
故に、魔術一つ発動させるのにも、本来ならばカップ一杯分の魔力を注いて蛇口を止めればソレで良い処を、敢えてバケツ一杯分の魔力を上からぶちまけて規定量に達させている、と言う様な大盤振る舞いをしてしまっているのだ。
流石にそんな事をしていては急速に魔力が抜けてしまって体調を崩す事となってしまうし、何よりこれまで封印の隙間から漏れだして来ていた僅かな魔力でどうにか活動していた身体が、そんな大出力の魔力に対応出来るハズも無く、多量に出血して弱った彼の身体に多大な負担を掛ける事となってしまった、と言う訳なのだ。
なので、あまりこの状態のままで時間を掛けるのは得策で無い、と判断したシェイドは、少し離れた地面に転がる得物へと向けて手を伸ばすと、自らの方に向けて力場を発生させ、近付く事無く手繰り寄せる事で武器をその手中に納める事に成功する。
すると、それまでは理解不能なモノを観る目で彼の事を注視していたキマイラであったが、流石に得物を手にした状態を目の当たりにしては、得体の知れないモノに対しての危機感が、空腹感と『自らに対して不遜にも反抗しようとして居る』相手に対しての怒りと増長が上回ったらしく、つい先程前足を握り潰された事も忘れ、唸り声を挙げながら食らい尽くさんとして飛び掛かって来た。
グルァァァァァァァアアアアアアアッ!!!!
それに対してシェイドは、手にした長剣へと試しに魔力を流し込み、壊れる事無く許容出来る範囲を探るも、そのあまりの少なさに眉を潜める。
……大方、俺が生きてこんな事が出来るようになるとは欠片も思っていなかったが故に、魔力適性で見れば劣悪も良いモノを押し付けてくれやがった、って処か……。
内心でそう呟いたシェイドであったが、取り敢えず『今回の戦闘で使い潰す』位の思い切りで魔力を流し込み、彼が持つ重力魔術の内の一つをこの世界に顕現させる。
「…………さて、どんなもんかね。
食らいやがれ!【重斬壊刀】!!」
飛び掛かり、まさに空中に身を置いていたキマイラに対し、闇属性の魔力を多量に流し込まれた事によって真っ黒に染まっていた刀身を、大分距離が在る状態にて真っ直ぐに振り抜くシェイド。
本来であれば、ただ単に空振っただけで終わるであろう彼のその攻撃は、黒く染めた刀身が自壊しながら放たれた、文字の通りに『黒い斬撃』が飛来し、空中にてキマイラの身体を両断した事によって無意味なモノでは無かったのだ、と言う事を示して見せた。
そして、キマイラを両断しただけでは消滅せずに、その向こう側に生えていた複数の大木までもを薙ぎ倒して漸く斬撃の形をした重力力場が消滅し、それらが地面へと倒れる轟音を新生の祝砲として耳にしながら彼は
「…………ふむ?
威力の調整がちと面倒臭そうで、かつ並みの得物だと使い潰す事になりそう、って点を除けば、まぁまぁ使い勝手は悪く無さそうだな」
と言葉を漏らし、柄だけになった思い出の品であったハズの得物を、その場に投げ捨てるのであった……。
取り敢えず、彼の重力魔術に関しては力学的な考察なんて欠片も出来ない素人が考えたブツなので、あまり専門的な突っ込みはしないで頂けると有難いですm(_ _)m
なお、彼の魔術の応用範囲としましてはさ○龍の黒龍と教授が出来る事と、RA○Eのドリューが出来た事は大体出来る、と思って貰えれば分かり易いかと……(逆に分かりにくい?そんなー(´・ω・`))




