反逆者は監視者と共に準備を整える
結局、シェイドとサタニシス主導として事が運ぶこととなったスタンピード防衛戦。
執務室にて大雑把な方針が決められた後、ギルドマスターであるフレスコバルディの口から冒険者達へと伝えられ、急遽準備が進められる事となったが、当然の様に冒険者達からは反発が寄せられた。
彼ら曰く、『自分達と階級も同じで実力の程も知れない年下の言う事になんて従えるハズが無いだろう?』との事。
それは、彼らが数日前に『迷宮』を踏破したとして証拠の品々を持ち込んだ場にも居た者からも寄せられており、ほぼ言い掛かりにも近しいモノである事は明白であった。
実際の処として、彼ら冒険者としても現状が悪すぎる、と言う事は理解している。
自分達が実力を良く知る上級以上の冒険者達が揃って不在であり、自分達を指揮する者も、敵を纏めて薙ぎ払える可能性を持つ者も揃って不在であるにも関わらず、なのに魔物の群れは今にも数を増やしていつ暴走を開始するのかも知れない状態に在る。
そんな、不安しか無い状況で、横合いから良く知りもしない相手の出す指示に従え、指揮下に入れ、とある程度以上には信頼度が在るギルドマスターに言われたとしても、はいそうですか、と従えるかと言われれば答えは『否』以外には存在しない、と言う事だろう。
それが例え、状況が状況でなければ、新たな『英雄』の誕生か!?と騒がれていたであろう相手であったとしても、である。
…………とは言え、今は少しでも時間が惜しい、そんな状況。
本来ならば、誠心誠意説得を試みるなり、何かしらの『認めさせる様な事』を目の前でやったりする必要が在るのだろうが、今はソレに費やす時間すらも惜しかった。
なので、シェイドは目の前で冒険者達に宣言したは良いものの、モノの見事に詰め寄られる事となってしまっているフレスコバルディと冒険者達に向けて呆れを隠そうともしない視線を向けた後、それまで最大限抑え込んでいた魔力を特に自重してやる事も無しに解放して見せる。
━━━━…………ゴッ……!!!
「「「「…………なっ……!?」」」」
唐突に空気が空間ごと振動した様に感じると同時に、自らの身体に掛かっていた重力が数倍になったのでは無いのか!?と言わんばかりの重圧と共に、生存本能が全力で『そこから離れるか直ぐに身を隠すかしないと必ず死ぬ』と訴え掛けて来るものの、指一本動かす処か呼吸すらも碌に出来ない状況になってしまう。
唯一動かす事の出来た眼球を左右に走らせる事で、漸く自分達を『そうした』のが目の前で呆れと蔑みを顕にしている、自分達がついさっきまで食って掛かっていた相手であるシェイドなのだと理解し、瞬時に全身を冷や汗でずぶ濡れにする事となる。
それもそのハズ。
何せ、寸前まで自分達は自らの意思で罵倒や侮辱にも近しい行動を取っていた相手なのだ。
幾ら、『迷宮』を踏破して見せた、と言う実績が在るとは言え、自分達がある程度親交の在る特級冒険者と同等程度か、もしくは『迷宮』探索に特化した能力になっているだろうから戦闘力としては若干下程度か、と判断していたのだ。
その為に、実際に予想外過ぎる程の魔力圧を真っ正面から掛けられた事により、自分達が侮っていた相手が、そんなヤツに従えるか!と罵声を飛ばしていた相手がどんな存在なのか、を遅蒔きに理解する事となってしまった、と言う事なのだ。
今更ながらに恐怖によって滝のような汗を流し、絶望によって震えながらも自らの意思では、目以外は指一本動かせなくなってしまっている冒険者達を、そうさせている張本人であるシェイドが軽く見回してから
「…………それで?俺が指揮を取るのはご不満な様子だが、そうなると俺はここを見捨てて別の処に行く事になるんだが、それで良いって事なんだな?」
と居並ぶ冒険者達へと問い掛ける。
一見、軽い感じにも取れる口調であったが、ソコにはこのままならば絶対にそうする、と言う彼の意思と、そうなってしまった場合にここまでの戦力が居なくなってしまう事になる、と言う事実を彼らは否応無しに叩き付けられる事となる。
それと同時に、それまで仕掛けていた威圧と魔力の解放を取り止め、普段と同じ様に両方ともに一瞬で抑え込んで見せるシェイド。
ソレにより、それまで身動ぎ一つ出来なかった冒険者達が、咳き込んだり、涙を流したり、よろけたり、床へとへたり込んだりし始める。
今自分達が生きている、と言う事実に感謝し、信仰している神に対して祈りを捧げる者すらも出始める中、ソレをもたらしていたシェイドが、元々立っていた場所から動く事もせずに視線のみにて
『で?どうするんだ?』
と全員に問い掛けて行く。
ソレにより、半ば巻き込まれる形となってしまっていたフレスコバルディも含めたその場に居合わせた冒険者達の全てが一様に口を合わせて
「「「「「「…………も、申し訳ございませんでした!ぜ、是非ともお願いします!!!」」」」」」
と叫びながら、謝罪を伝える為にその場で土下座する、と言う異様な光景が繰り広げられる事となるのであった…………。
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半ば恐怖による強要とは言え、シェイドに対して指揮権を委ねる、と言う決断を、ウィアオドス本支部とそこに所属する冒険者達が自らの意思によって下してから数日が経過した頃。
彼らの姿は、ウィアオドスから離れたとある場所に集まりつつあった。
…………指揮権を握ったシェイドがまず行ったのは、今動かせる冒険者達と受け取っていたリストの照合であった。
ソレにより、ハシラに狩られたであろう冒険者達を浮き彫りにすると同時に、現時点で動ける冒険者の数を確認し、誰が何を出来て何が出来ないのか、を把握した上でそれぞれに仕事を割り振って行く事にしたのだ。
そうする事で、自身で提案していた(実態としては命令であったが)監視システムを構築して魔物の群れを監視し、その情報を逐次手にする事に成功したシェイドは、その日の内に次の行動に踏み切る事を決断する。
それは、『迷宮』へと調査の為に出発してしまっていた上級・特級冒険者達を呼び戻したり、戻ってくるのを期待して耐え忍ぶ、と言った防御的・希望的な考えを捨て去り、如何にして効率良くスタンピードを解体して残滅するのか、と言った、攻撃的極まりない彼の考えを実現させる為のモノであった。
当然の様に、ソレを行う際にはウィアオドスに張り巡らされている外壁は利用できないので危険性が高く、その上失敗すれば間違いなくウィアオドスにも多大な被害が出るだろうから、と少なくない反対の声も挙げられる事となった。
が、それに対してシェイドが、そうしなかった場合の公算と見積り(例え自身が戦力として参加したとしても、ウィアオドスが半壊し多くの人死にが出る事は免れないだろう、と言うモノ)とを明らかにした上で、そうして否定する以上はもっと素晴らしく効率的で人死にも出ない様な案が在ると言う事だな?と殺気混じりに一喝した結果、最終的に彼が出した案で決定される事となったのだった。
その為に、と言う訳でも無いが、確実にそれらが原因でウィアオドスから遠征してきている冒険者達は、現在土汚れにまみれた状態にてスコップやツルハシを振るっていた。
早い話が、土木工事の真っ最中であった。
…………唐突に何を言っているのか?と思われたかも知れないが、これにはやはり理由が在る。
それは、ズバリ『生存率と殲滅力を高める為』だ。
既に、シェイドが構築を指示し、稼働を始めている監視システムによって魔物の群れの状態は、リアルタイム……とは行かないものの、比較的ソレに近しい状態にて観測し、把握する事に成功している。
それ故に、既に現在も未だ群れの規模は膨らみ続けている状態に在り、その上で魔物同士の共食い等による数の減少を考慮した場合、スタンピードとしてはそこまで大規模なモノでは無く、精々が中規模程度のモノに落ち着くだろう、と言う見通しが立っている程だ。
…………とは言え、その『中規模程度のスタンピード』であったとしても、軽くウィアオドス程度の規模の都市を平らげ、その勢いのままに下手な小国位ならば真っ正面から殴り合えるだろう、と言う程度の破壊力は持っていると思われるのだが。
その事実を知ったフレスコバルディを筆頭としたウィアオドスの冒険者達は絶望の表情を浮かべたが、当の本人であるシェイドとサタニシスから
『その程度ならどうにかなるな。後は構成だけだ』
と自信満々に言い切り、その上でこの場所に陣地作成を指示した為に、どうにか士気を持ち直して一心不乱に土木工事に従事している、と言う訳なのだ。
幸いな事に、この国にはドワーフ族が多く住んでいる。
その為に、冒険者にも多くのドワーフ族の者がおり、天性の頑強さと手先の器用さ、土に対する親和性の高さによって、瞬く間に彼らが指示した陣地の作成を進めて行ったのだ。
その様子を、陣地の全貌を眺められる高台から見下ろすシェイドとサタニシス。
二人の表情は厳めしく引き締められてはいたものの、他の者達の様に瞳に絶望の色を浮かべていたりはしなかった。
「…………さて、行けると思うか?」
「…………私達が十全に手を出せば、余裕で。
まぁ、ある程度に抑えても、苦労しながらもどうにか、って処かしらね?」
「まぁ、ソレが良い処だろうよ。
で、流石に出てくると思うか?逃げられたら面倒に過ぎるんだがな」
「此処までやらかしたんだから、流石に出てくるんじゃないの?
お姉さんとしては、自分で仕掛けておいて、自分で鎮めて見せるマッチポンプでもするつもり、に一票かな?」
「じゃあ俺は、宣戦布告した後に自分は俺達が絶望しながら死んで行く様を高見の見物、と洒落込もうと企んでいる、に一票で」
「ふふっ、ソレもありそうね!
処で、当たったらどうするの?」
「じゃあ、外した方が一つ言う事を聞く、って事でよいな?」
「乗った!!」
そうして、場違いに明るい会話を繰り広げた二人だが、その視界の遥か先には、今では『拡がりつつある黒い染み』として認識出来る程の規模となった魔物の群れが、スタンピードを起こしながら、徐々に彼らの居る場所へと向かいつつあるのであった……。
次回、開戦




