反逆者は舌打ちを溢しつつ、戦利品の鑑定と売却を行う
未だに逃走した『隊商荒らし』の残した情けない悲鳴が残響するギルド内部の静寂を、鋭い舌打ちが切り裂いて行く。
当然、ソレを溢しつつ警備員や受付嬢へと怒りと苛立ちを込めた鋭い視線を送るのは、事の邪魔をされる立場となったシェイド本人だ。
「………おい、あんたら。一体何のつもりだ?
あんたらギルドは、各方面から苦情を訴えられている、あのクズの事を庇い立て、訴えを起こした俺に対して敵対するつもりである、と言う立場と考えに在る、って事で良いんだよな……?」
「…………お、おいおい、流石にソレは浅慮が過ぎる、ってもんだぞ?幾ら若いからって、生き急ぎ過ぎるのは碌な━━━」
「…………うるせぇよ、良いから黙ってろ。
俺は、至極簡単な質問を、『はい』か『いいえ』で答えられる質問をしてるだけなんだよ。それに答えろ、と言っているだけなのに、それすらもしないつもりか?俺からの訴えを、話し半分に聞き流したみたいに?
さぁ、答えてもらおうか?このギルドの見解ってヤツを、な」
「………………そ、それは……」
彼の言葉に咄嗟に警備員の一人が口を開くが、彼から直接敵意と殺意とを向けられて強制的に口を閉ざされ、言葉を失ってしまう事となる。
そんな相手に構う事無く、彼としては徹頭徹尾対話の相手として認定していた受付嬢へと返答を迫って行く。
ギルドを代表して、ギルドとしての公的な見解を示せ、と無茶振りをされ戸惑い、狼狽える受付嬢。
しかし、彼からの訴えを最初に聞き届けた張本人であり、その訴えを精査する際に彼の言葉を信じて強く行っていれば今回の件は起きなかったハズなのだが?と言う言葉を言外に込められてしまっており、どうにかして言い逃れる事を許される様な雰囲気では無い、と言う事を敏感に感じ取ってしまっていた。
一方、受付嬢を守らんとして出てきた警備員達であったが、こちらはこちらで『どうしたモノか……』と頭を悩ませる事となっていた。
自らの腕前を買われて就いた職務であり、ソレを果たす為に戦う事に否やは無い。それが、幾ら激戦を潜り抜けて来たばかりで疲労している様子を見せていたとしても、まだ少年に近しい年頃の青年だとしても、男女で組んでいるたった二人が相手であっても、恐らくは疲弊している今でも十人近い自分達よりもなお強いであろう相手であっても、だ。
…………だが、ソレを自主的に行うのは、あくまでもギルド側が正しい事をしていた、と彼らが感じた場合の話だ。
今回の様に、彼らが相対している相手の訴えを素直に聞き届け、速やかに処置を取るかしていれば、自分達がわざわざ表に出てくる事になり、彼の方に要らぬ苛立ちを抱かせる事にもならなかったハズだし、彼の手で直接因縁の片を付ける事も出来たハズなのだ。これは、流石に雇い主とは言えギルド側が事の扱いを間違えたのが原因だ、と判断せざるを得ないだろう。
勿論、いざ『お帰り下さい』と言われれば、その時は全力で向かって行く事にはなる。
が、そうでなければ彼らから手を出す様な事態にはならないだろうし、実際に仕事をするにしても命を懸けて、と言う事にはならないだろう。何せ、彼らの仕事は『ギルド内部の安全と秩序を守る事』であって、あくまでも『ギルドがやらかした事の尻拭い』までは仕事として含まれてはいないのだから。
それ故に、空気的にも立場的にも、ギルド内部に満ちた圧力と視線が集中している受付嬢は、額から滝の様な汗を流して化粧をドロドロに溶かし落としながら、必死に首を横に振って彼の言葉を否定して行く。
「……ち、違います!誤解です!?
当ギルドには、その様な考えはございません!」
「なら、なんでアイツをぶち殺す邪魔をしてくれたんだ?それ一つを取ったとしても、十二分に『そう考えている』と判断出来るだけの材料だと思うんだが、ソレは俺の気のせいであり、ただの被害妄想だ、と言いたい訳か?」
「ち、違います!誤解です!
当ギルドとしましても、確証も無く初動が遅れた事にも謝罪致しますが、だからと言って敵対するつもりであるだなんて事は、断じて!」
「…………ふぅん?
じゃあ、この場で宣言できるよな?アイツに対する、ギルド側の今後の対応、ってヤツをさ?」
「は、はい!
当然、現時刻を持ちまして、貴方様が提訴なされていた登録名『キミヒト・ハシラ』の冒険者登録の抹消処分にすると同時に『危険人物碌』に登録して再登録を防止すると同時に、指名手配して賞金を掛ける事となるハズです!」
「それが、確実かつ迅速に行われる確証は、何処に在ると?
それに、ソレはあくまでも『本来取られるべき対応』であった訳なのだから、それ以外に俺達に対する保証等は?よもや、何も無い、と言うつもりでは無いだろうな?」
「………………そ、そこについては、その……わ、私の権限では断言する事が出来る範疇を超えているのですが……恐らくは、『キミヒト・ハシラ』は罪状を鑑みるに『生死を問わず』の条件が付けられる可能性が高くなります。なので、今後貴方様が『キミヒト・ハシラ』に対して行う行動について当ギルドや公的な執行機関が関与する事は余程の事が無い限りは無くなるハズ、です。
それ以外、と言う事になりますと……その、当支部に限定で、と言う事になりますが、『迷宮』にて手に入ったモノの鑑定を優先的かつ安価にて行い、その上でそれらの売却額の幾分かの水増しを行う、位の優遇であれば…………あの、不可能では無い、のですが……如何でしょうか?」
「…………如何でしょうか、ねぇ……?」
その言葉を聞いたシェイドは、アイツ『キミヒト・ハシラ』って名前なのか、とか、漸くその処置かよ……とか、そもそもその権限持ってるってあんた何者よ?だとかを直前までの振る舞いからは考えられない程冷静に考えながら、自分の隣に立っているサタニシスへとチラリと視線を向ける。
当事者の一人でも在る彼女に対し、視線にて
『どうする?』
と問い掛けると、同じく視線にて
『本当にそうなるのなら良いんじゃない?』
と返すと同時に、ヒョイッと肩を竦めて見せて来た。
それにより、暴れるのは事が虚偽であったと判明してからでも遅くは無いか、と判断したシェイドは、今度は如何にも『苛立っています』と言わんばかりの空気を出しながら舌打ちを溢しつつ、自ら放っていた圧力と魔力とを再び抑え込んでから受付のカウンターへと向かって進んで行く。
流石に、つい先程までの敵意剥き出しの状態であれば警備員達も立場上止めなければならなかったのだろうが、今は多少の苛立ちを抱えながらもソレをぶつけるつもりは無い、と言う風に見えていた為に、特に間に割って入られる事も無く、強制的に引き留められる様な事にもならず、そのままカウンターへと到着する事に成功する。
そして、乱暴な手つきにてカウンターの上へと小袋を放り投げると
「なら、大至急、こいつの鑑定を済ませて貰おうか。
費用は、当然ギルド持ちで、期限は今日中に。それくらい、出来るよな?」
「…………き、今日中に、ですか?
ですが、既に鑑定の予約も何件か入っておりますし、時刻も時刻ですので、流石に今日中と言うのは……」
「…………あ?今、何て言った?
あんたさっき、俺の勘違いや聞き違いでなければ『優先的に』とか言ってたよな?なら、当然やってくれるんだよな?『優先的に』さぁ?」
「…………で、ですが、ソレはあくまでも、他の順番待ちをしているモノが無ければ、の話でして……」
「え?もしかして、ここのギルドの受付嬢って、舌の根も乾かない内に自分の発言をひっくり返す訳?
それとも、どうせ持ってくる時には忘れているか、もしくは自分の処にはこないだろうから、って適当な事を言ってはぐらかし、お茶を濁すつもりだったとか?
……もしかして、自分で出来る権限を越えた域のモノを勝手に口にしていただけで、出来るハズも無い約束をしていた、とか抜かすつもりは無いよなぁ?」
「………………分かり、ました……お引き受け、致します……」
「なら、さっさとやれ。
ついでに、戦利品やら素材やら魔石やらの買取りもやって貰おうか?さっき、自分で言っていた事なんだから、出来ないとは言わせないぞ?」
「……っ!分かりまし………………って、え?」
言い負かされ、うつむき加減なままに応答した受付嬢の目の前に、突如として山の様に積まれた素材や魔石やらが登場する。
特に加工や処理をされた形跡が無いにも関わらず、既に使用に耐えるであろう状態となっているそれらは、彼らをして『不思議空間』と認識されている『迷宮』にて得られるモノの特徴を備えたモノばかりであった。
比較的間近に『迷宮』が在るにしても、基本的に最寄りの支部にて取り扱われる事になるそれらの物品が山の様に積まれている光景に、基本ウィアオドス近辺で活動している冒険者や当事者である受付嬢だけでなく、偶々出入りしていた商人や真っ先に動く必要の在るハズの警備員達までもが視線を釘付けとしながら呆然と固まってしまう。
そんなギルド内部の空気を嘲笑うかの様に、あくまでもついでに、と言わんばかりの様子にてその隣に宝箱から得られた戦利品の内、二人では使い道の無いモノを幾つも積み上げながら彼はこう言い放つのであった。
「取り敢えず、こっちは全部買取りで。
言った通りに、割り増しでやって貰うぞ?こちとら、『迷宮』を一つ踏破して来たばかりなんでな。多少多くて悪いが、言った以上はやって貰うぞ?構わないよな?」
…………その言葉に受付嬢は、とんでもない相手ととんでもない約束をしてしまった、と涙目になりながら頷いて見せる事となってしまうのであった……。




