3 遠くで見守るもの
「ライさん。何見てるんで?」
見慣れた背中の、しかし見慣れない行動をみつけてカオウは声をかけた。
ここは壱六の東端。
普段この辺りは数少ない老人の集うエリア。
子供たちの仕事のサポートや外装の整備を行う老人たちも、子供たち同様朝は早い。
その老人たちの中でもさらに年季の入った御仁。ライは目を細めにこやかに立っている。
黒塗りの廊下の先。弐六と壱六をつなぐ大扉。
明かりは足りずとも、扉の前の騒がしさに気が付く。
「今年も明るいことだと思って」
「隣の壱壱や壱伍がいったいどうなってるかなんて俺らにゃ分らんですが、ここより騒がしいってこたぁないでしょうね」
首筋の汗に張り付いた髪を雑に払いながらカオウは応じる。
今日の気温は95度。十分涼しいはずだが、年のせいだろうか。年々熱さへの耐性が低くなっている気がする。エンカやレドからは「代謝いいのは健康な証拠っすよ。頭頂のあたりは年のせいでしょうけど……」と余計な一言。
しっかりと二人の頭頂に拳骨を落としてやったが、その後不意に頭へ手をやってしまうのが悔しい。
そんな彼らが今日、先輩になることは知っていた。
「カオウ。君も見に来たのでしょう?」
「そんなつもりじゃねえすよ。今日は過ごしやすいんでちょい早めに目が覚めちまいまして」
「そういう君だからこそ子供たちは君を慕うのでしょうね」
「舐められてんすよ、俺。慕うとかじゃあないでしょう」
「照れ隠しになれてますよね、君。そういうところですかね」
慕われるの。という言葉を肩の動きに隠す。
遠くの集団がなにか大きくざわめきだす。
(誰か余計なことしたにちげえねぇな)
隣のライも笑みは絶やさず嘆息する。
「ああいうのすきっすねえ。あいつら」
「ええ。あのエネルギーには毎度驚かされます」
「そういやこないだライさんの50歳の誕生日、どうでした?あいつら祝いに行くっつってましたけど……」
「……何か伝統的な儀式だなんだと言って、炭を詰め込んで燃やした細い鉄パイプ50本を刺した人工肉を」
「あ、いや、それ以上はいいっす」
なんとなく分かりましたんで。という言葉を頭を掻いて隠す。
とは言いつつ思い返せば楽しかったのは間違いないだろう。40歳超えた大人はこの国ではもう老人だ。その老人のところに血縁でもない若いのが集まる。しかもただでさえ入手の難しい肉をもってだ。かなり前から計画していたに違いない。
次はざわめきだけでなく声まで聞こえ始める。
(今回はエンカか……)
見慣れた光景だ。
同じ国に住もうが、壁や扉に阻まれた向こうのことは噂程度でしかわからない。
弐六から来た幼い子供たちも、今ここに住む者たちも明日を生き続けられるかわからない。
そんな地獄だ。
それでも
「ようこそ。壱六へ」
ライが小さく呟く。
目を細めてまぶしそうに。
こんな地獄に来ても。それでもこの言葉を言ってやれるのはなぜだろうか。
明確な答えはでないが、言う。
「ようこそ。未来の馬鹿ども」