2 片隅で出会うもの2
「おい!エンカ少年!なんだぁそんな急いで。新人歓迎会に一緒に行こうと思ってのに、ホウキに先行かれて置いてかれたかぁ?」
「なんでピンポイントで当ててくるんですか!?」
黒い壁際に設置された椅子に腰かけたおっちゃんが怪しげな煙を吹かしながら野次を飛ばしてくる。
見慣れた光景ではあるが、一点注意を。
「おっちゃん。それで自分の家燃やさないようにしてくださいよ!」
引火しそうな周囲の家ごと燃えたら壊すしかないので。
そんな含みはもちろん分かっているという風にだらしなく手を振って「はよ行け」を表してくる。
この世界は熱い。
熱血漢が多いとかそういうことではなく物理的に気温が高い。
特別な黒い金属を使って国を覆っているとはいえ、それでも国内の気温は摂氏100度を超えることが当たり前だ。
理由は単純。
外の気温が1000度にも及ぶ。
9歳までに内地で教えられた「この国に危機をもたらす大きな2つの理由」のうちの一つがこの気温。世代を追うごとに暑さに強くなっているという見方もあるそうだが、100度程度までならなんとか過ごせるというだけで、外気1000度に達するような仕様には進化していない。
それゆえに、国全体を大きな施設として囲う以外に生き抜く術はなく、この国の空は常に黒い金属で覆われている。
「起床アナウンス。本日の『壱六|』全域の室温92度前後。体調管理に注意しながら今日も一日頑張りましょう」
そこら中から気の抜けた返事が聞こえる。
そろそろエンカたち以外の目的のためにも国民が起床する。往来が増えてしまう前に急ごうと、エンカはものが多い故に入り組んでしまった通路を抜け、目的の場所を目指す。
先ほど言ったようにこの国「ミカヤ」は大量の金属で外壁を固め、高温の外気から身を守っている。
外観は巨大な正六角形の箱に蓋をしたような状態だと聞いているが、中身のない単純構造ではなくいくつかの層に分かれている。
全4層。
最も外に近いところを1層。内部に向かうにつれて2層、3層、4層。
また、各層で角が6つ。
それぞれを1陵から6陵と呼び、陵ごとは分厚い壁で仕切られている。
内、エンカが住むこの街は「壱六」と呼ばれ、第1層第6陵。つまり最も外側の北部地域にあたる。
各陵でさらに階層が存在するが正式な呼び名はなく各人好みの名称を付けている。
なぜこんなにも巨大な建設物を当時の人間たちは建てられたのだろうか。だれもが感じた疑問だが、答えを教えてもらったことは一度もない。そもそも答えを知っている人間がいないのだろうとエンカは思っている。
だが、目の前に置かれた宝に理由を求める国民性でもない。
もらえるものはもらう。それで上手くいっていることの理由にいちいち首を突っ込んで気をもむほど暇ではないのだ。
そして今日は「弐六」から新しい子供たちが「壱六」に配属されてくる。
なぜ内地からより危険な場所へ子供たちがやってくるのか。
それは「この国に危機をもたらす大きな2つの理由」のうちもう一つにあたる。
「っと、そろそろかな」
行き来する同年代の子供たちと挨拶しながら思案するうちに目的の場所までたどり着いた。
大きな扉の前。
すでにいくつかの人だかりができている。
「おう、エンカ。ようやく来たかよ」
「あ、レド。結構早く着いたつもりだったのに」
「発案のお前が現れないなんてことがあった日にゃどうしてやろうかと思ったぜ」
なんとなく殺気立った現場の雰囲気にのまれつつもエンカは周囲を見渡す。
「あれ?まだホウキ来てない?」
「ん?見てねえよ」
おかしいな。と眉を潜めたその瞬間
目前の扉が重い軋みを上げる。
物々しい雰囲気が一層濃くなる中、ゆっくりと扉が滑る。
先ほどまでの喧騒はなくなり、緊張からかごくりと喉を鳴らすものもいる。
隣のレックスも小さく息を吐く。
扉は完全に開き、大人に手を引かれた子供たち、計12人が現れる。
全員目隠しされている。
エンカは6年ほど前の自分の姿を見た気がした。
全員がつないだ手を離すと、指示されるままに頑丈にかた結びされた目隠しを上へとずらした。
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最後の扉が開くとき、少年は明らかに熱風を感じた。
外側へと近づく感覚。
この熱をもってイメージから確信へと変わった。
ストッパーがかかる音とともに扉が開き切る。
「壱六に入ったあとは上級の者たちが君たちの身柄を引き継ぐ」
目隠しをする前に2人の大人にそう説明された。
(ということはもう目の前に先輩たちがいる?)
確かに人の気配はする。しかしそれにしては一切の物音がなく、見られているという感覚だけがひどく心地悪く思える。
(もしかするとすでに見極められているのかも……)
先輩たちにとって、内地から来た子供は貴重な「戦力」だ。
はじめの時点で役に立つかどうかすでに彼らの中でセリが始まっているのかもしれない。
目隠しをとるよう指示がとぶ。
かた結びされてほどけないことに気が付いて、伸びすぎた前髪を掻き上げるようにゆっくりと布を上げる。
まず飛び込んできたのは光。
そこまで強い光ではなかったのだろうが、しばらくの間失われていた視力には刺激が強かった。
手を屋根をつくり目の上に持ってくると少し視力が戻る。
そして次の瞬間飛び込んできた光景は…
「「「「「地獄の内から「ヘル」ぷユー!」」」」」
と叫ぶ十数人の先輩たちだった。
「………………………………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………………………………………」
長い長い、ある種痛々しい沈黙が横切る。
呆然とする12人の顔を見た先輩方全員がざっと後ろを振り返る。
「「「「だから言ったんだエンカあああああああ!!!」」」」
叫び声がフロア中に響き渡った。
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沈黙の最中「あれ?ホウキとのプラン的にはここで盛り上がるはずだったんだけど」
とエンカが思案した瞬間。
「「「「だから言ったんだエンカあああああああ!!!」」」」
全員の罵声を一身に浴びる。
「いやっ違っ、これはホウキが…!」
懸命に弁明しようとするが
「詰まるとこお前らだろ!考えたの!」
「だから嫌だったんだ…だから嫌だったんだよ…」
「わかってたのよ!昨日このプラン聞いた時点でこうなるってわかってたの!でも疲れてたの!!昨日はすごい疲れてたの!!!」
「新人歓迎の計画思いついたと言い出した時点でエンカの話を聞いてやるべきだったんだよ……エンカは悪くない。エンカを放置した俺たちが悪いんだ」
「そもそも文章、変」
多様な思考にいたっているが全員が共通してエンカを責め立てる。
(これを見越してホウキたちが来なかった可能性……あるな)
と思案しつつもまあまあと全員を宥めていく。
「大丈夫。掴みはばっちし」
「「「虚空をばっちし掴んだわ!!!」」」
あれぇと首をかしげるうちに「ごほん」と小さく咳払いが聞こえる。
それを全員耳にしてか、とてつもなく大きなため息をつくと
レドが代表して固まる少年たちに向き直る。
「すまんな。こんなところで。ようこそ壱六へ」
空気が柔らかくなるのを感じて、きちんと教育された少年少女たちが口々にしかしまだ大きくはない声で「よろしくおねがいします」といった。