1 片隅で出会うもの1
重い扉が開かれ、そして閉じられる音がした。
これで三度目。
少年はこの音を知っていた。
(ごはんが運ばれてくるときの音……)
たしか物販搬入用の入り口に取り付けられたスライド式の自動扉。一度沈み込むような軋みをあげるところがそっくりだと三度目にして思った。
今、音でしか周囲を把握できないのは少年一人ではない。およそ15人の少年少女が手をつないで一列に並んでおり、その全員が目隠しをさせられている。
目隠しの理由は通用口の守秘及び謀反防止のため。だそうだ。
謀反の防止を事前に説明してしまうあたりこの世界らしいと思ったのは覚えている。
が、感想はそれだけで隠すこと自体に特段驚きはしなかった。
生まれたその日から数えて3287日の今までに受けた講義はすべて今日という日のためにあったのだ。
およそ15人の子供たち全員はそれを知っている。だからこそ静かに扉の開閉の音に耳を傾け、周囲の気配に気を配っているのみだ。
とはいえ、歩みを進めるごとに足が震え、手に汗がにじむのも事実だ。
ドグンドグンと心臓の鼓動のように、そこら中で機械が蒸気をあげながら一定したリズムを刻んでいる。
分かってはいても肩に力が入り、蒸気の音に息をのむ者も増えてきた。
(死にたくない……)
こんなことを思っていると周りに馬鹿にされるだろうか。とは少年は思わなかった。
少年の右手をつかむ子供から同様の意思を感じた。
今列になって少年たちが向かうのは間違いなく死地だ。何度もどんな場所かを教えられ、何度も対策を刷り込まれた。
それでも
「あつい……」
それでも少しずつ歩を進める度、自分たちが向かう先を実感する。
だれかのつぶやきの意味を嫌でも理解する。
先導する大人が止まった。
四度目の扉。
先ほどよりも重い軋みを響かせながら、ゆっくりと扉が滑る音がする。
この先が少年たちがこれから生きるセカイだ。
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鳥
といっただろうか。
赤く霞がかった空を自由に飛行する黒いもの。
見たことはもちろんないが、そういった生き物がいたことは知っている。
大きな翼をめいいっぱいに広げ何かを感じて闇へ消える。
その闇の中に輝く月が一つ。赤色の薄いベールに覆われていても存在を真っ向から示す。
風が運んでくるのは涼しさと白い花の香り。
これが紛れもなく夢だと自覚したところでエンカは目を覚ました。
全体の起床アナウンスが流れる前に目覚めることは珍しくはないが、普段とは違ってかなり心地よい目覚めだ。
揺れる視界で温度計を確認する。
「どうりで」
目覚めやすいわけだ。近年稀にみる快適温度だ。
今日は素晴らしい日になりそうだ。
2段ベッドの下から身を起こす。少し首を傾げ頭蓋へのダメージを回避する。最近背が伸びてからか起床の度にでこを上段にぶつけ、上の同僚を振動と叫び声で起こすことが通例となっていたが、ここ数週間はさすがに学んだ。
するりとベッドから降りると構造を保つためのボルトが怪しく軋む音がする。そろそろ変えねば同僚が空から降ってくる夢でうなされそうだ。
夢といえば……
「最近多いな。さっきの夢」
今までに何度も同じ夢を見ている気がするが、日々の中で記憶から薄れ、いつも新鮮な気持ちで目覚めていた。
だが、この1年ほどは特によく見る気がする。
夢には共通夢というものが存在するらしいがそれとは別種だろうか。
桶に貯められた水で口元を濡らしながらエンカは思考する。
共通夢とは何人もの人が人生の中で見る夢だそうで、起きた後も記憶に残るのだとか。
内容はもちろん全員共通。夢の中で転ぶと死ぬらしく注意して歩き切らなければいけない。共通夢をみたことがあると語る人たちは全員共通して夢の中で転ばなかったとか(暗に、夢の中で転んだ人間は死んでしまっていることを指したいのだろう)。結果ホラーじみた話だったため、積極的に気にしないことにした。
「そういえばホウキ、起こさないとな」
まだ早い時間とはいえ、今日は大切なイベントの日だ。
そろそろ同僚を起こしても問題なかろう。
なにより1週間ほど前からみんなで色々計画して、今日が実行当日だ。起こさないわけにはいかない。
「ホウキ、そろそろ準備して迎えの準備を……」
と声をかけながらベッドに近づいて気が付く。
「いない……」
彼のことだ。今日という日は楽しみだったに違いない。
すでにベッドの中は空っぽだった。
起こしてくれれば良いのにと深い溜息をつきながら、エンカは最低限の準備を整えた。
その際目に留まるのはやはり室温計。
「うん。今日はきっかり95度。過ごしやすいし、死者も出にくい。最高の新人歓迎日和かな」
摂氏95度。今日は十分涼しい。
念のため装備を手に、気もそぞろな様子を隠しながら部屋の入り口を開けた。