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第71話 新たな日常へ……

 あれからひと月ほどが経過した――。

 俺たちはミルシェに呼ばれ、ヤナーク邸の応接室に赴いていた。


「お待ちしておりました、デニス!」


 ミルシェが両手を広げながら、俺たちを歓迎する。


「今日お呼びしたのは、他でもありません。父の引き起こした惨状の後始末について、ご報告しようと思ったからです」


 俺たちはミルシェに促されるまま、ソファーに座った。


「結論から申し上げますね」


 ミルシェはどこか悲しげな表情を浮かべている。


「父は……ネサルド伯ヨゼフ・ヤナークは、失脚しました」

「えっ?」


 俺たちは驚きの声を挙げた。


「正確には、父は隠居扱いになり、王都のヤナーク別邸に軟禁されることになりました。当地は私が後を継ぎ、当面の間は祖父の寄越した代官の補佐を受けつつ、領地の運営をしていく形になります」


 ずいぶんと急転直下の体制変革だった。

 いったい何があったのだろうか。


「デニスたちはご存じないかもしれませんが、私の父と母方の祖父は、政治的に対立しておりました。父に自室へ幽閉された際、私は密かに付きの使用人に手紙を託し、祖父へネサルドの街の惨状を知らせたのです」


 ミルシェは一呼吸置いて、先を続ける。


「祖父の寄越した兵により屋敷から助け出された私は、そのまま騒ぎが起こっていた街門に向かい、皆さんを見つけて駆けつけた。……当日の状況は、このようなところですね」

「そうだったのか……」


 割と複雑な裏事情があったんだな。


「派遣されてきた兵より、祖父から私宛の手紙を受け取りました。どうやら祖父は、父がコーシェ貴族の力を利用して、アリストリア王国内に混乱をもたらそうと画策している事実に、気付いていたようです。父を責める口実を探していたようで、今回の出来事はまさに、渡りに船だったみたいですね」


 ミルシェは、「まったく、貴族って……」とつぶやき、苦笑した。


「父は祖父によって断罪され、父の築いていた派閥は瓦解状態になりました。沙汰を国王に委ねたところ、最終的に父は隠居という名目で、王家の監視下に置かれる結果となりました」


 まぁ、ヨゼフの企みは、実質的には外患誘致だからな。処刑されなかっただけでも、運が良かったと言えるのだろう。


「大好きだった父が、あのようなことになるなんて……。私は今でも、信じられ、ません……」


 ミルシェは見る間にまぶたへ涙をため始めた。うつむき、肩をふるわせている。


「ミルシェ……」


 十二歳のミルシェには、辛い経験だっただろう。

 立場的に、おいそれと人前で泣くわけにもいかないだろうし、この一ヶ月、ずっと我慢していたに違いない。

 痛々しいな……。


「い、いけませんね。客人の前で涙なんて」


 ミルシェはドレスの袖で目をゴシゴシと拭うと、俺たちに笑顔を見せる。

 無理をしているのがわかるだけに、俺も胸が締め付けられた。


「先ほどもお話ししましたとおり、私がネサルドの領主になります。正式に伯爵位を継ぐのは、成人してからになるかとは思いますが……」


 ミルシェはほうっと息を大きく吐き出すと、俺の目をじっと見つめる。


「今の私は、権力基盤が非常に弱い状態です。私には、祖父以外にも、強い力を持つ後ろ盾が必要なのです」


 ミルシェはぐっとテーブルに身を乗り出した。


「そこで、デニスにお願いがあります。どうか、私の婚約者になってはもらえませんか? ヤナーク家へ婿に、来て欲しいのです!」

「はぁ!?」

「えぇっ!?」


 ミルシェの言葉に、俺とエディタは顔を見合わせた。


「デニスは、あの魔族の四魔将しか使えないと言われる、《伝説級》のスキルを使用した。それに、ドラゴンの化身をも味方に付けている。あの場にいた冒険者たちから、私はそのように伺いました」


 ミルシェは目を輝かせながら、さらに身を乗り出してくる。


「それほどの力を持つ男性を伴侶にできれば、どれほど心強いか……。デニス、どうでしょうか!」


 ミルシェがぐいぐいと迫ってきた。


 あまりのミルシェの勢いに、正直なところ、面食らった。当惑した。

 けれども、俺の答えは明白だ。


 俺はちらりとエディタの顔を見てから、ミルシェに向き直る。


「そうまで俺を評価してくれるのはうれしい。でも、申し訳ないけれど――」

「やっぱり、そう言われると思いました」


 俺が最後まで話し終える前に、ミルシェは話を遮り、クスクスと笑い出した。

 どうやら、最初から本気ではなかったようだ。


 ミルシェはエディタに顔を向け、「お二人の邪魔をするつもりはありませんから」と口にする。

 一方で、エディタは複雑な表情を浮かべながら、「ミルシェさん……」とつぶやいた。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 ミルシェとの会談からの帰り道――。


 エディタ、ティーエと三人連れ立って、宿に続く道をのんびりと歩いていた。

 ちなみに、ミリアムは母竜アデーラの元に帰っている。俺たちと一緒にいたかったらしいが、そのためにはまず、アデーラの許可を得なければいけないらしい。

 ミリアムがアデーラから認められているのは、俺と友達になる点までだ。旅の仲間として行動を共にするとなると、また話は別なのだろう。


「ねえ、デニス」


 不意にエディタが立ち止まった。


「どうした、エディタ?」

「先日の戦いの最中に、デニスが口にした宣言……。本気なのでしょうか」

「あぁ……」


 エディタがなにを聞きたいのか、察した。

 しばし、沈黙が流れる――。


「改めて、問わせてください……」


 エディタは顔を上気させながら、俺に向き直った。


「デニス、お願いいたします。どうかわたくしのために、()()()()になっていただけませんか?」


 エディタは右手を胸元に添えて、ローブをぎゅっと握りしめる。


 瞬間、俺は体中がカッと熱くなり、胸が高鳴った。

 もちろん、答えはひとつしかない。


 俺はエディタの前でひざまずいた。

 そっとエディタの左手を取り、甲に軽く口づけをする。


「よろこんで。俺の……俺だけの、姫様」


 改めて俺は誓った。

 アリストリア王国の『真の勇者』になって、大切な仲間を護ってみせると。


 エディタとの出会いの際に請われた、コーシェ王国の『真の勇者』とは、ずいぶんと違う目標になった。

 ただ、コーシェ王家はエディタを裏切ったんだ。俺がアリストリア王国で『真の勇者』になったとしても、文句を言われる筋合いもないだろう。


 そんな俺とエディタとのやりとりを、ティーエは傍でニコニコと微笑みながら見ていた。


 俺はエディタと顔を見合わせ、うなずいた。


「ティーエ」

「ん? どうしたんだい、お兄ちゃん」


 ティーエは小首をかしげつつ、俺の顔を注視する。


「これ、俺とエディタからなんだけれど……」


 俺は懐にしまい込んでいた包みを取り出し、中から腕輪を取りだした。


「……これって」

「あぁ、俺たちとおそろいの腕輪だ」

「わたしがもらっても、いいのかい?」


 ティーエは戸惑い、手を伸ばそうか躊躇をしているようだった。

 エディタが見かねて、ティーエの手を取り、腕輪を握らせる。


「当たり前ですわ! だって、わたくしたち三人は――」

「旅の、仲間……」


 エディタの言葉に続けて、ティーエがつぶやいた。


 そう、俺たちは、いつまでも一緒の仲間だ。

 この腕輪が、何よりの証になる。


「ありがとう……。ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」


 ティーエは涙ぐみながら、俺とエディタの手をぎゅっと握りしめた――。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 さらに数日後――。


 俺たちは、改めてミルシェに呼び出された。


 今度は何の要件だろうと訝しんだが、何のことはない、パトリクが排除された結果空席になった冒険者ギルド長の椅子に、俺が座ってくれないかとの要請だった。


 少し迷ったけれど、地位の安定がより強固になるので、ここであえて断る選択肢はないなと俺は思った。

 受諾の意を伝えると、ミルシェはうれしそうに笑っていた。


 こうして、俺たちはネサルドの街に確固たる地位を築くことに成功した。


 ギルド長になった結果として、俺たちは今後、周囲から上級冒険者扱いをされるようになる。高ランク冒険者を目指していた俺の野望の一部が、図らずも達成されたってわけだ。


 このまま、さらなる高みを目指しつつ、アリストリア王国の『真の勇者』への道を突き進もう。

 俺は決意を胸に、冒険者ギルドのギルド長室に足を踏み入れた。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 ギルド長室でお茶をたしなみながら、俺はエディタとのんびりくつろいでいた。

 すると、そこにティーエが血相を変えて駆け込んできた。


「お兄ちゃん、大変だよ!」

「どうしたぁ、ティーエぇ」


 すっかり脱力していた俺は、返事も間延びしたものになる。

 ティーエは一瞬苦笑を浮かべたが、すぐに険しい顔に戻った。


「コーシェ王国で、勇者が魔族に負けたって噂が広がっているよ!」

「なんだって!?」


 俺は椅子から転げ落ちそうになった。


「そうか……。あいつら、とうとう破滅したのか……」


 勇者マルツェルとその仲間、イレナとロベルト……。

 思い出したくもない、胸くそ悪い連中だ。


 そんなマルツェルたちが、ついにその地位から転落した。


 コーシェ王国の行く末は、少し気になった。

 もしかしたら、これからコーシェ王国と魔族との争いに、俺自身も何らかの形で関わるかもしれない。

 なにしろ、ネサルドはコーシェ王国と接する国境の街でもあるから。


 けれども、俺自身の最大の心の枷になっていたマルツェルの凋落を、まずはしっかりとかみしめようと思う。


 俺は改めて感じていた。

 ひとりで背負い込むんじゃない。エディタとティーエと、仲間たちとともに歩む。

 そんな、新たなる未来への第一歩を、今まさに、踏み出そうとしているんだと――。






 ―― 第一部 完 ――

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