第70話 最後の戦い
《光魔法》による閃光と《風魔法》による突風が、衛兵や冒険者たちに襲いかかった。
「よし、今のうちだ……」
囲みを突破して森の中に逃げ込もうと、俺たちは駆けだそうとした。
だが――。
「同じ手は食らわねぇぜ」
パトリクの声が響き渡った。
衛兵たちはある程度無力化できたが、さすがに冒険者たちには効果が薄かったようだ。
森への道を塞がれ、俺たちは立ち止まった。
脱出路は……ない。
「こ、ここまでか……」
絶望感に襲われ、俺は地面に膝をついた。
魔力が完全に底を突き、急激に意識が薄れてくる。
「くそったれ……」
全身から力が抜けてきた。
俺はそのまま、地面に倒れ込んだ――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「デニス!?」
エディタの悲鳴が上がった。
なんだか、身体がふわふわとする。現実感がない。
だが、こんなところで気を失うわけにはいかなかった。
俺はどうにか顔を上げ、エディタを見遣ろうとした。
そのとき――。
カランカラン……
風魔法の突風で煽られたせいか、エディタのローブから何かが転がり落ちた。
「……あれは?」
見覚えがあった。
ミリアムから贈られた、竜の意匠が施された笛だ。
「あっ!」
エディタが慌てたような声を上げ、笛を拾い上げた。
笛を見てピンときた。
もうろうとする意識の中、俺はもしかしたら、この笛が事態を打開する鍵になるのではないかと思い至る。
なんで宿の引き出しにしまっておいた笛を、エディタが持っているのか。その点の追及は、今はいい。
「エディタ……。頼む、その笛を、俺の手に……」
俺は震える手を、エディタに向けて差し出した。
予想が正しければ、この笛はきっと、ミリアムとの連絡手段に使えるはず。
「で、でも……」
エディタはなぜか、躊躇している。
「頼む、エディタ……」
俺は再度、エディタに訴えた。
「わたくしは……わたくしは……」
「どうしたんだ、エディタっ」
エディタは小声で、「嫉妬心が」やら「でも、パーティーの準備では役に立てた」やら、ブツブツとつぶやいている。
「時間がない、頼む……」
もう一度、念を押した。
「そう、ですわ……。わたくしが、一方的にあの娘に嫉妬をしていただけ。今のわたくしは、戦闘面以外でもデニスを助けられるのだと、気づけたんです。表面的なステータスだけに執着するのは、無意味だと理解をしたのです。もう、勝手に比較して、気落ちするような真似は、いたしませんわ……!」
不意に、わけのわからないことをエディタは語り出した。
真剣な表情から、どうやら何かに悩んでいたようだと察した。『あの娘』とは、ミリアムのことだろうか。
竜の笛をエディタが隠し持っていた件と、何か関係しているのだろう。
ただ、今は詳しく聞いている余裕はない。
「エディタ……」
「わかっておりますわ、デニス。さあ、これを」
エディタは俺の側に寄ってきて、手に竜の笛を握らせてくれた。
魔力切れで意識が飛びそうになるなか、俺は必死で竜の笛を吹く。
しかし――。
「くっ! だめだったか……」
間違いなく、笛本体へ息を吹き込んだ。
しかし、笛からは何の音も、聞こえてはこなかった……。
万策尽きた。
俺は観念し、笛を口から外した――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「呼ばれて飛び出たミリアムちゃんなのだぁ!」
突然、明らかに場違いなミリアムの甲高い声が、周囲に響き渡った。
「あっ……あっ……」
眼前に現れた奇跡に、俺は言葉が継げなかった。
一方で、冒険者や衛兵たちはざわめき始めた。
突然のミリアムの出現に、戸惑っているようだった。
「今が、好機だ……」
俺はすかさず、《信頼》スキルの四枠目にミリアムを入れた。
すると、一気にステータスが上昇し、魔力もある程度回復した。ぼやけていた思考がはっきりする。
「助かった、ミリアム!」
俺は立ち上がり、きょとんとするミリアムの手を取って、ぎゅっと握りしめた。
「な、なんなのだ? いったいどうしたのだ、デニス?」
状況が掴めないようで、ミリアムはキョロキョロと周囲を見回している。
「なっ……あの女は、何者だ!? 突然目の前に現れたぞ……」
ヨゼフは驚愕した様子で、傍にいる衛兵に食ってかかっていた。
「おい……おいおい……おいおいおいおいっ! あいつ、もしかしてっ!」
冒険者の一団から声が上がる。
「血まみれで高笑いを上げていた、気味の悪い女じゃねぇか!」
「なんだって!?」
パトリクが血相を変えて声の主に詰め寄った。
どうやら、かつて俺たちが指名依頼を受けるきっかけになった情報を、ギルドにもたらした冒険者のうちの一人のようだ。
「デニスめ、奇妙な少女は見つけられなかったって報告してきたはずなのに。隠し立てしていたって事は、あの少女はちょいと危険かもしれないな」
パトリクはいきり立っている冒険者たちを手で制し、様子を見るよう指示を出した。
一方で、ヨゼフは顔を真っ赤にして、俺たちに怒声をあげた。
「その女が何者か知らないが、私は引かないぞ! さぁ、おとなしく我が軍門に降るのだ、デニス!」
ヨゼフは変わらずに強気のままだ。
さて、俺はどうすべきだろうか。
ミリアムのおかげで、一発だけなら《伝説級》もいけそうだ。
ヨゼフの戦意が変わっていない以上、逃げようとしてもおとなしく見逃してはくれないだろう。
なら、禍根は今、ここでしっかりと断たないといけないな。
俺は改めて剣を抜いた。
「あくまで抵抗するつもりか、デニス!」
ヨゼフが片手を上げると、まだ動ける衛兵たちが一斉に武器を構えた。
「なぁ、デニス。あいつら、敵なのか?」
「まぁ、そういうことだ」
「そうなのか……。じゃあ、デニスをいじめる奴は、あたしの敵でもあるなっ!」
ミリアムは軽やかに身を翻し、拳を固めて臨戦態勢を取った。
「ヨゼフ様……いや、ヨゼフ!」
ヨゼフを鋭く睨みつけ、俺は大声を張り上げた。
「俺は――俺たちは、おまえの言いなりになんかならない!」
はっきりと言った。言い切った。
これでもう、後には引けない。
「……残念だよ」
ヨゼフは眉根を寄せて、不機嫌そうに吐き捨てた。
ヨゼフとは完全に敵対した。このままなら、再び戦闘になるだろう。
だが、今の俺なら――。
俺は詠唱を始めた。
ここで、人族には使えないはずの《伝説級》を見せつけて、ヨゼフたちの戦意を削いでやろうという作戦だ。
力では俺たちに絶対に敵わないと思わせられれば、こちらに有利な交渉へと持ち込める可能性がある。
「見せてやるよ、俺の本気を! 《伝説級》の真価を!」
詠唱を完成させ、スキルを発動した。
今回は示威のために使用するので、見た目の派手なものを選択した。
「《超新星》!」
俺のかけ声とともに、上空に光が収束していく。
使ったのは《光魔法・超級》のひとつ、まばゆいまでの光を一点に収束し、一気に爆発させる《超新星》だ。
もちろん、収束した光が爆発する直前で、スキルは解除するつもりだが。
光がぐんぐんと一点に集まり、大量の熱を放ち始めた。
「な……。なんだ、これは……」
パトリクのうめき声が漏れる。
他方、ヨゼフは全身を震わせ、言葉を失っていた。青ざめた表情で、収束する光を見つめている。
「ヨゼフ、よく聞け!」
ヨゼフはビクッと身体を揺らし、俺に目を向けた。
「こいつは《伝説級》スキルのひとつ、《超新星》だ! 俺はこの力で、この国の『真の勇者』になってみせる! 王家が絶対に手放したくなくなるような、絶対的な力を示してやるぜ!」
「な……なにを、言い出すんだ……」
ヨゼフは声を震わせる。
「そうすれば、エディタもティーエも護れるし、……なにより、おまえの言うなりになる必要も、なくなる!」
俺の宣言を聞くや、ヨゼフは膝から崩れ落ちる。
そこへ、追い打ちをかけるかのように、ミリアムが続いた。
「面白そうなのだ! よし、あたしもデニスの考えに乗るのだ!」
ミリアムは地面を蹴り、フワリと後方に跳んだ。
「おい、そこのあんた! もしデニスたちを傷つけでもしたら、このあたしが相手をしてやるぞ!」
ミリアムは叫ぶと、身体を数回震わせた。
刹那、全身から赤い光を発し、一気に竜化する。
瞬く間に目の前に現れたドラゴンの姿を見て、とうとうヨゼフは気を失ったようだ。地面に倒れ込み、動かない。
パトリクたち冒険者の一団も、信じられないといった様子で、ミリアムの姿を呆然と見つめていた。
だいぶ脅しが効いたと判断した俺は、《超新星》が爆発する前にスキルをキャンセルした。
ミリアムも周囲の状況に満足したようで、再度人化して俺の傍に戻ってくる。
ここまで圧倒的な力を見せれば、ヨゼフももう、俺に無茶はできなくなるだろう。
「デニスーーー!」
すると、そこに俺の名を呼ぶ少女の声が、耳に飛び込んできた。
声の主へ顔を向けると、少女――ミルシェが手を振りながら、俺たちに向かって駆けてくる。
すぐ後ろには、多数の護衛らしき男たちが続いていた。
「あとは私にお任せください! 身内の恥は、身内のこの私が、きちんと処理いたします!」
俺の前に立ったミルシェは、ツンと胸を張りながら、自信満々に俺たちへ告げた――。




