第69話 死力を尽くす
武装した衛兵の集団が、俺たちに向かってきていた。ざっと見ただけでも、街門に集まっていた冒険者以上の数がいる。
「チッ! ヨゼフの指示か」
これだけの数の街の衛兵を動かせる人物と言えば、領主のヨゼフ以外に考えられない。俺たちが脱した街門とは別の門から街の外に出て回り込み、冒険者たちと協力して、街門で俺たちを挟み撃ちにでもしようと考えたのか。
だが、すでに冒険者たちは無力化してきた。挟み撃ちにされる危険性はなくなっている。
「まったく、屋敷でおとなしくしていればよいものを……」
ヨゼフの声が聞こえた。衛兵の集団の中にいるのだろう。
「このままじゃマズいな……」
森へ逃げ隠れようにも、まずはこの衛兵たちを振り切らなければダメだ。
それに、あまりここでまごついていれば、無力化していた冒険者たちも追いついてくるはず。
「幸い、もう街の外だ。強スキルをぶっ放しても一般人に被害は出ない」
先ほどまでと比べれば、戦いやすい環境になっている。
ただ、相手を無駄に傷つけたくない事情は変わらない。衛兵たちだって、ヨゼフの命令で動いているに過ぎない、ネサルドの街の一住民なんだから。
「かといって、下手に手加減をして負けでもしたら、元も子もないよな……。腹をくくるしかないか?」
対少数ならば手加減のしようもあるが、現状はあまりに数の差がありすぎる。
「殺しさえしなければ、俺の《回復・上級》でなんとかなる、とも考えられるか……」
俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
事ここに至っては、ある程度は割り切って考えるべきかもしれない。
覚悟を決めた。
鞘に収めた剣を引き抜き、天に掲げる。陽光を浴びて、ギラリと刀身が光った。
……もう独りで抱えない。守りたい人たちが隣にいる。だったら、迷う理由なんてどこにもない。
「やるしか、ないよな!」
俺は叫ぶと、衛兵の集団に飛び込んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
最初は順調だった。
エディタの《風魔法》で衛兵たちの動きを鈍らせたところに、《光速攻撃》のスキルを使った俺が突っ込み、次々に切って捨てる。もちろん、致命傷になり得る場所への攻撃は避けた。
だが、さすがに数の差はいかんともしがたかった。
徐々に押されはじめ、次第に魔力の残量も気になり始めた。
さらに運の悪いことに、街門から冒険者たちが次々と姿を現す。《光魔法》で奪っていた視覚が、回復したのだろう。
圧倒的な、数の不利――。
後がなくなってきた。
「こうなったら、奥の手を出すか」
俺はいったん衛兵の集団から離れ、エディタの側に寄った。
「エディタ、秘策を使いたい。俺の剣に、付与魔術をかけてくれないか? 覚えたての中級付与魔術を」
「なにをするおつもりですか? ……付与はかまいませんが、属性はどういたしましょう」
「風で頼む。エディタからの教えの成果を、あいつらに見せてやるさ」
俺はニヤリと笑い、エディタに刀身を差し出した。
「教えの成果、ですか? なんのお話でしょう……。えっと、風属性ですね」
エディタは小首をかしげながら、『親密度』上昇で覚えたばかりの付与魔術を、俺の剣の刀身に向かって放った。
瞬間、剣が渦巻く風に包まれる。
「よし、やってやる。……俺が負傷したら、回復を頼むぜ」
「もちろんですわ!」
エディタは胸を叩き、うなずいた。
中級までではあるが、エディタも回復魔法が使えるようになっている。心強い。
「いくぜ!」
俺は改めて衛兵の集団に飛び込んだ。
「そぉら、エディタとのダンスレッスンで覚えた、《剣の舞》を見せてやる!」
あの日のホールとは違う。けれど、隣にいる仲間は同じだ……!
軽やかにステップを踏み、大きく舞いながら剣を振り抜いた。
踏み込んではひらりと退き、槍の穂先の下をすり抜けて、回転と同時に斬り上げる。その予測しづらい軌道に、衛兵たちは完全に翻弄されている。次々と、俺の剣舞に絡め取られていった。
さらにここで、エディタに付与してもらった風属性が効いてくる。
刃が当たる寸前、刀身に渦巻く風が爆ぜ、衛兵たちの体を斜め上へとはじき飛ばす。地面に転がった衛兵たちは、浅い切り傷と打撲を負うだけだ。加えて、地面に叩きつけられた時の衝撃で、一時的に意識も奪える。
踊りながら寸止めなんて無理だ。だからこそ、風で威力を逃がす!
衛兵たちが次から次に宙へ吹き飛ばされる状況を見て、警戒をしたのか、駆けつけた冒険者たちは遠巻きに様子を窺っていた。
「よし、このまま衛兵たちを先に片付けちまおう」
俺はひたすら舞い続け、衛兵たちの数を減らした。
だが――。
「チッ!」
さっきまで一直線に突っ込んできていた衛兵たちが、今度は二人一組で間合いをずらし始めた。俺のステップに合わせて横へ跳び、風にあおられる前に身を低くしてかわしてくる。
効果的だった《剣の舞》も、徐々に回避され始める。衛兵たちがリズムに慣れてきたようだ。
《剣の舞》のような物理攻撃のスキルでも、使用に際しある程度の魔力が要求される。連打したせいで、俺の残魔力は限界に達しようとしていた。
激しいダンスの動きで、体力的にもきつい。
俺は、じりじりと追い詰められ始めていた……。
「くそったれ、どうすりゃいいんだよ!」
俺は舞いを止め、再度衛兵たちから距離を取った。
半分以下まで数を減らしたものの、まだまだそれなりの衛兵が残っている。街門側には、無傷の冒険者たちもひしめいている。
なかなかに絶望的な状況だった。
「それでも……。それでも、このまま負けるわけにはいかないんだよ!」
エディタを護らなければいけないし、味方をしてくれたモニカさんにも悪い。
どうすればいい……。
残された選択肢は、あまりにも少ないぞ……。
疲労と魔力切れとで、思考がぼんやりとしてきた。
「いい加減、諦めたらどうだ。私の目的のためにも、これ以上君たちを傷つけたくはないんだがね」
そこに、ヨゼフが前に出てきた。
「くっ! エディタは、渡さない、ぞ……」
俺はヨゼフを睨みつけ、エディタたちを庇うように両手を広げた。
「……逆らえば、もうこの国には居られないようにしてやるぞ。ネサルドだけではない。この国から、追い出してやる」
「お、おまえに、そこまでの力はあるのかよ」
「これでも、アリストリア王国の三大派閥の一つを率いる、王国屈指の大貴族のつもりなんだがなぁ。まぁ、外国人の君たちにはわからないか」
さも呆れたと言わんばかりの表情を浮かべながら、ヨゼフは大きなため息をついた。
「おとなしく捕まっておきなさい。別に、命を奪おうと思っているわけではないからな」
「そんな話、信じられるかよっ!」
ヨゼフは都合の良いことを言っているだけだ。
俺は魔力切れでもうろうとし始めた意識の中、なんとか警戒心を解かずに立ち続ける。
「エディタを利用して、コーシェ貴族に我々の派閥の後ろ盾となってもらいたい。私の目的は、ただそれだけだ。交渉の大事な駒だし、エディタをコーシェ側に引き渡すつもりはさらさらないぞ。それに、デニスの力も私は認めているんだ。利用価値のある君を、こんなところで殺しては惜しいしな」
「後ろ盾、だと? いったいなにを企んでいるんだ……」
「まぁ、よくある国内の派閥争いとだけ……。あとは、君たちの想像に任せるさ」
ヨゼフの言葉から、どうやら政敵と戦うために、コーシェ貴族の力を利用しようと考えているのだろうと、俺は想像した。
「冒険者ギルドを使ったのは、おまえたちに私が黒幕だと気付かれないようにしたかったからだ。コーシェ貴族との交渉が終わるまでは、悪印象を持たれずに私の影響下に置きたかったしな。ただ、まさか途中で感づかれるとは思わなかった」
ヨゼフはフッフッと笑った。
さて、ヨゼフの腹の内はわかった。
俺たちは、どうすればいいだろうか。
……ヨゼフのいいように扱われるのは、本意じゃない。
それに、もしヨゼフに従ったとしても、いつ心変わりをされるかわからない。
気が変わったと言われて、エディタをコーシェの貴族に引き渡されでもしたら、悔やんでも悔やみきれないしな。
となるとやはり、この場をどうにか切り抜けるしかない。
領主がヨゼフのままである限りは、もうネサルドには居られないだろう。
他の街に逃げるべきだが、ヨゼフを野放しにしておけば、エディタの秘密をアリストリア王国中に吹聴される恐れがある。さらに別の国へ逃げる羽目になるかもしれない。
もし、今後もアリストリア王国内の別の街にとどまろうと考えるなら、ここでヨゼフを排除する選択肢も、本気で考えなければだめだ。
難しい決断を迫られそうだ……。
「お兄ちゃん、どうするつもりだい?」
ティーエが小声で話しかけてきた。
「逃げる……べきだと思う。でも、ヨゼフを排除しないことには、アリストリア王国中、どこに行ったところで同じことの繰り返しだ」
「だよねぇ」
「とは言っても、今の俺には、これだけの数を相手にするだけの魔力も体力も、残っちゃいない……」
立っているのも辛くなってきた。
このままじゃ、ただ逃げ出すだけでも一苦労だ。
「不本意なんだけど……。本当に、不本意なんだけど、手がないわけじゃないよ」
ティーエは少し、悲しげな表情を浮かべる。
「一回だけ、かつてほどとはいかないけれど、デニスにもっと力を与えられる。……代わりに二度と、僕は下界にいられなくなるけれど」
「なっ……」
俺は絶句した。
下界にいられなくなるってことはつまり、ティーエを失うってことだよな。
考えられなかった。
今さらティーエのいない冒険の旅なんて、ありえないだろう。
でも、今の状況が、どうにもならない危機的なものだっていうのもまた、事実だ。
この場をどうにかしないと、全員の身が危うい。ヨゼフの言葉を素直に信用するなんて、できるはずもないし。
迷った。
どうすればいいのかと――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「だめだ。今さらティーエは失えない」
俺は、ティーエの申し出をきっぱりと断った。
仲間の誰かを差し出して生き延びるくらいなら、ここで全部終わったほうがマシだ。……もう、自分だけで背負い込むやり方には戻らない。
「そうかい……。ありがと、お兄ちゃん」
ティーエはうれしそうに微笑むと、そのままモニカさんの隣に下がった。
後悔はしていない。
ティーエだって、俺の大切な旅の仲間なんだから。
俺は拳を固め、改めてヨゼフを睨みつけた。
とにかく、やれるだけのことはやろう。
こうなれば、一か八かで、もう一度目眩ましをかますしかないか。
今の俺は、ほとんど魔力切れといえるような状況だ。《光魔法》を使うのであれば、それこそ身体の奥深くから、残る魔力を無理矢理にでも絞り出さないとダメだろう。
腕輪にため込んだ魔力も多少は手助けしてくれるだろうが、気休めに過ぎない。
「失敗すれば、昏睡してぶっ倒れるな……。でも、他に手段はないぞ!」
腹を決めた。やってやる、と。
「エディタ、俺の《光魔法》に合わせて、もう一度風魔法を頼む。同じ手が通用するかわからないけれど、やるしかない」
「でも……。デニスの魔力は――」
「やろう。ここで捕まるわけには、いかないんだから!」
「はっ、はいっ!」
エディタはうなずき、杖を構えた。
俺も覚悟を決め、詠唱を始める。
全身から、あらゆる魔力を総動員して――。




