第67話 ★末路
ガキィィィン!
甲高い金属音とともに火花が散る。
マルツェルの振り下ろしたシュピルベルグの刃が、ヴァレンティンの持つ槍の柄に激しく打ち付けられていた。
「ちぃっ!」
ヴァレンティンは舌打ちをすると、右足でマルツェルの胴を蹴り飛ばす。
「ヒュウッ!」
再び気味の悪い声を漏らしながら、マルツェルは後方に吹き飛ばされた。そのまま地面を転がっていく。
「本当に愚かな男だ……。シュピルベルグがなぜ魔剣だと言われているのかを、理解していないのか?」
荒い息を整えながら、ヴァレンティンは地面に倒れ込んでいるマルツェルを睨んだ。
マルツェルの足は折れ、肩が脱臼したのか、腕もあり得ない方向に曲がっている。
槍を握りしめ、ヴァレンティンはマルツェルに近寄ろうとした。
刹那、シュピルベルグから紫色の光が漏れ出し、マルツェルの全身を包みこむ。
「グ……ガ……」
すると、怪我などなかったかのようにマルツェルは立ち上がり、シュピルベルグを構え直した。
腕も足も、いつの間にか元通りになっている。
「話に聞いていたとおり、やっかいだな……。いっそ、関節から真っ二つに切り落としてしまうべきか」
ヴァレンティンはつぶやくと、槍に魔力を込めた。
ごうごうと音を立て、穂先に風が渦巻き始める。
「今も昔も、王家の捨て駒か……。哀れなものだな、人族の勇者というものも。まぁ、真実を教えられてはいないんだろうが……」
自我をなくしている様子のマルツェルに、ヴァレンティンは哀れんだような声をかける。
マルツェルはなにも答えず、ただ、うつろな瞳でヴァレンティンを見遣っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マルツェルとヴァレンティンの打ち合いは、数十に及んだ。
本来のマルツェルの能力であれば、ヴァレンティンとここまで互角にやり合えはしないはずだった。
だが、手に持つ魔剣《シュピルベルグ》に意識を乗っ取られた結果、元々の実力以上の力を発揮していた。
「さすがは魔剣《シュピルベルグ》……。代々の四魔将を打ち破り続けてきた実力は、本物ってわけだな」
ヴァレンティンは地面を蹴り、上空に舞い上がった。
「埒があかないな。本気を出さざるを得ない、か……」
周囲に強風が巻き起こる。
木々の葉が煽られ、ガサガサと激しく音を立てた。
「しかと見よ! これぞ、本物の《伝説級》よ!」
ヴァレンティンは空中で静止し、詠唱を始めた。
一方で、マルツェルは宙に浮く手段を持たないため、地上からヴァレンティンの姿を見上げた。
「フシュッ!」
マルツェルは息を吐き出すと、うつろな目のままニヤリと笑った。
震えるシュピルベルグの刀身を持ち上げ、刃先をヴァレンティンに向ける。
「《凍結》……」
つぶやくマルツェルの声とともに、シュピルベルグから強烈な冷気が飛び出した。
無数の氷の粒を含んだ白い帯が、詠唱で動けないヴァレンティンに向かって一直線に飛んでいく。
「ちぃっ!」
ヴァレンティンは眉根を寄せ、凍り付き始めた自身の足を睨んだ。
瞬間、ヴァレンティンの詠唱が完成する。
「残念だったな、人族の勇者! ここまでだ!」
ヴァレンティンは叫び、スキルを発動した。
「《テンペスト》!!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ヴァレンティンが引き起こした暴風雨に、周囲の木々はなぎ倒され、宿営地は跡形もなく吹き飛ばされた。
人も魔族も魔獣も、皆等しく、吹き荒ぶ突風と激しく打ち付ける雹に翻弄され、雷にその身を焼かれた。
跡には生あるものは、なにもいない。
……マルツェルを除いては。
「生き残ったか……」
ヴァレンティンは地上に降り立ち、地面に転がるマルツェルを見遣った。
シュピルベルグの刀身は今だ紫色の光を放ち、細かく振動している。
主がなければ動けない魔剣の特性を知っているヴァレンティンは、マルツェルにまだ息があると確信していた。
マルツェルは全身を嵐によってズタズタに切り刻まれ、雷に打たれて皮膚がすっかり焼け焦げている。
生きているのが不思議なくらいだった。
「哀れな男だ。意識を奪われ、死ぬに死ねないか……」
ヴァレンティンは槍を握りしめ直した。
「魔剣に傷を治療される前に、ひと思いに心臓を突いてやろう。私の慈悲に、感謝するのだな!」
槍を振り上げ、ヴァレンティンはマルツェルの心の臓めがけて穂先を突き刺した。
刹那――。
「ぐ……、が……。お、オレは……。ただ、楽しく生きたかっただけ、なの、に……」
「意識が戻ったか。まったく、最後まで小物だったな……」
物言わぬ肉塊と化したマルツェルを、ヴァレンティンは哀れむような目で見遣った。
「さすがに、私も消耗しすぎた……。《テンペスト》で自軍も根こそぎ葬ってしまったからな。自領に帰り、立て直しだ……」
ヴァレンティンは大きく深呼吸をすると、空へと舞い上がり、魔族領に向かって飛び去っていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
こうして、勇者マルツェルとその仲間たちは、絶命した。
勇者を失い、国境警備隊までもが全滅したこの戦いは、コーシェ王国に深い深い傷跡を残すことになる――。




