第65話 ★再決戦
「《風のヴァレンティン》が来たぞーーー!!!!」
激しく打ち鳴らされる鐘の音とともに、監視に立つ兵の怒声が宿営地に響き渡った。
マルツェルたちは事前の打ち合わせに従い、ヴァレンティンと戦うための装備を固める。
「ちくしょう! とうとうヤツが来やがったか!」
「マジ、どうするじゃん! このままじゃ、またあいつにいいように弄ばれるだけだよっ!」
「不味ぃぜぇ……。かといって、逃げ場はねぇか。参ったなぁ」
マルツェルたちは愚痴をこぼしつつも、どうにもならない現状に諦め気味だった。
ヴァレンティン本人が出てきた場合の対応を、マルツェルたちはあらかじめ国軍側とすりあわせしていた。だがこの内容が、マルツェルたちにとっては非常に厳しいものになっていた。
具体的には、こうだ。
魔獣や下級魔族などの雑魚は国軍が、ヴァレンティンはマルツェル、イレナ、ロベルトの三人が、それぞれ担当する。《伝説級》が使える点を考慮され、かつての勇者たちが付けてもらえていた補助戦力――高ランク冒険者は、今回あてがわれていない。
人手不足もあり、高ランク冒険者たちは別の前線に送られていた。
マルツェルたちは後悔をしていた。《伝説級》が使えない現状を、国王シルヴェストルらに隠していたことを……。
正直に告白していれば、再び三人だけでヴァレンティンと対峙する羽目には、ならなかったはずだ。
「ツキに見放されたか?」
マルツェルはブンブンと首を横に振った。
「弱気になるな。……オレたちは、勇者なんだから」
大きく息を吐き出し、腹に力を込める。
すると、そこに――。
「勇者様! お願いします!」
国軍側の隊長の声が聞こえてきた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「また懲りずに出てきたか、人族の勇者よ」
ヴァレンティンは宙を漂いながら、地上に立つマルツェルたちを見つめた。
「くそったれ! オレたちだって、出てきたくて出てきたわけじゃねぇ!」
「くだらない……。王家にいいように操られているのか、愚かな勇者だな」
「う、うるせぇ!」
ヴァレンティンに揶揄され、マルツェルはムカっ腹が立った。
「おまえたち三人だけでいいのかい? かつての勇者たちのように、もっと仲間を集めるべきだったんじゃないのかな?」
ヴァレンティンは口角を上げ、ニヤリと笑う。
まるで、マルツェルたちに人望がないから、仲間を集められていないと指摘しているかのような、嫌みを含んだ物言いだった。
「くそっ! べらべらべらべら、言いたい放題言いやがって! 見てろよ!」
マルツェルは、魔剣《シュピルベルグ》を鞘から引き抜き、天に向かって掲げた。
「マルツェル、なにするつもりじゃん!」
「《伝説級》でサクッとあいつをぶっ殺すに決まってんだろ! イレナもやれよ!」
「ちょっ! なに言ってるじゃん!」
ここしばらくの思いどおりにいかないあれやこれやと、ヴァレンティンの嘲りとが合わさり、マルツェルはすっかり頭に血が上っていた。
「《伝説級》? 人族には過ぎた力……。ハッタリもここまで来れば、哀れなものだな」
ヴァレンティンは手に愛用の槍を出現させつつ、マルツェルたちの動きを注視した。
「いくぜっ! 《神速攻撃》!!」
マルツェルは詠唱を完成させ、スキル名を叫んだ。
だが――。
「フフフ……。フハハハハハッッッ! どうした、人族の勇者よ! 《伝説級》はまだか?」
スキルが不発した様子を見て、ヴァレンティンは腹を抱えて笑い出した。
「ち……ちくしょうっ! ちくしょうちくしょうちくしょうっ! ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
マルツェルはシュピルベルグを地面に取り落とした。
ガランと金属音が周囲に響き渡る。
「《伝説級》さえ……《伝説級》さえ使えれば、あんな奴、一瞬でなますにしてやるのにっ!!」
そのままマルツェルはがくりと膝をつき、地面を叩いた。
「マルツェル……」
イレナの悲痛な声が漏れ聞こえる。
「しかしまぁ、なんでまた、《伝説級》が使えるだなんて妄想を抱いたんだか」
ヴァレンティンは上空からフワリと降下し、音も立てずに地面に着地した。
「ど、どういう意味だ!」
顔を上げて、マルツェルはヴァレンティンを睨みつけた。
「私の《簡易鑑定》で見る限り、おまえたちの力は《伝説級》を使う水準に達していない。《上級》がせいぜいだな」
「なん……だ……と?」
マルツェルは絶句した。
にわかには受け入れがたい話だ。
イレナとロベルトも同様なのか、黙りこくっていた。
「たしかに、人族としては極めて優秀な能力を持っている。その点は認めようじゃないか。だがな――」
「ま、魔族の言う事なんて、認められるか!」
「そうじゃんそうじゃん! あんた、絶対に嘘をついているに決まってるじゃん!」
「言葉でオレたちを翻弄しようたぁ、とんでもねぇ野郎だぜぇ」
マルツェルたちは怒声を上げ、ヴァレンティンの言葉を遮った。
――信じられるはずがねぇよ! だって、オレたちは実際に、《伝説級》を使ってダンジョンの強敵を屠ってきたんだから!
夢だったとは思えない。
――間違いなく、《伝説級》を使えるだけの力を、オレたちは持っている!
油断なくヴァレンティンを見据えながら、マルツェルは地面に落としたシュピルベルグを拾った。
――でも、現実に《伝説級》が使用不能になっているのも、事実だ……。
そこにふと、一人の少年の顔が脳裏に浮かんだ。
――またかよ……。なんで……なんで、あの役立たずの穀潰しを思い出すんだよ!
マルツェルは頭を振って、少年――デニスの顔を頭からかき消そうとする。
無能のデニスが、どうしてこんなにも気になるのか。
そのとき――。
――あ……れ……?
この危機的な状況下で、マルツェルは一つの事実に気がついた。
――今まで《伝説級》を使えていたのは、あいつと行動を共にしていた時だけじゃないか……?
ありえない、とマルツェルは即座に否定する。
しかし、もしかしたら、とも思った。思ってしまった。
一度思考の方向が傾いてしまえば、後はどんどんと傾いた側に流れていく。
――一時期、やたらにレベルアップが順調だった時期がある。オレたちのレベル帯を考えれば、あり得ないほどに。……今から思えば、デニスがパーティーにいた時期と、完全に一致するじゃないか!
もう、マルツェルの頭の中は、デニス一色に染まっていた。
――事実を見れば、デニスがオレたちに、何らかの支援をしていたとしか、思えない!
自らの死の気配が漂い始めた中で、マルツェルはとうとう真実に到達した。
――オレたちは……オレたちは、誤った選択をしちまったんじゃないか? デニスを、手放すべきではなかったんじゃないか?
今さら嘆いても後の祭りだと、マルツェルも理解している。
だが、己が手放した魚の予想外の大きさに、身も心も打ちのめされた。
「ち……ちくしょおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」
マルツェルは天に向かって、声を限りに吼えた。
マルツェルの突然の咆哮に、イレナもロベルトもぎょっとしてマルツェルを見やる。
だが、この一瞬の間が、マルツェルたちにとって命取りになった――。




