第64話 決意
なんだろう……。
身体全体に、力がみなぎるようだった。
「もしかして……」
ふと思い立ち、俺は自分自身に《鑑定》を使った。
すると――。
「『親密度』が、上がっている?」
エディタと俺との間の親密度が、『C』から『B』に上昇していた。
すれ違いが解消されて、よりお互いを信頼できるようになったからか?
……だとすれば、なんだかうれしいな。
ついでに、エディタの様子も《鑑定》で確認した。
親密度が上がった分、各ステータスがぐんと上昇している。
「……なぁ、エディタ」
暗闇の向こうのエディタに話しかけた。
今回のステータス上昇で、エディタは新たなスキルを手にしたはずだ。これからの俺たちの逆転劇のためにも、きちんと事実を告げておかないと。多分、エディタはまだ、新スキルに気付いていないはず。
これまでは創造神――ティーエの正体にも関わるため、エディタに《信頼》の詳しい説明はしていなかった。相互支援で互いを強くするとは伝えているが、『親密度』などの詳細までは明かしていない。
そろそろ、もう少し突っ込んだ説明をすべき時なのかもしれないな。
お互いの信頼関係も、だいぶ深まったし。
もちろん、ティーエの正体を明かせない現状は変わらない。この点をうまく避けつつ、エディタにも教えておこうと思う。
「実は今、エディタの能力が一段階上がった。俺の持つ、《信頼》の効果でね」
「えっ?」
「いろいろと諸事情があって明かせなかったんだけれど、俺の持つ《信頼》スキルは、かなり特殊なんだ――」
俺はエディタに、《信頼》スキルに関わる『親密度』や制限人数、制限距離、特殊枠などについて、簡単に説明した。
「そんな効果が……」
「黙っていて悪かった。成人の儀の際に、創造神様と交わした約束もあったから……」
「いえ……。よく、そのような大切な事実を、話してくださいました。わたくし、うれしいですわ」
エディタの、ほうっと息を吐き出す音が聞こえる。
「エディタは今、新たなスキルが使えるようになっているはずだ。回復系の中級と、付与魔術系の中級だと思う」
「回復ですかっ! それは、助かりますわ!」
エディタの嬉々とした声が響き渡った。よほどうれしいのだろう。
……そういえば以前、ヨゼフたちを盗賊から救った際に、エディタは回復魔法が使えないことをだいぶ悔やんでいたからな。
「ただ、この部屋では魔法が封じられております。試せないのが悔しいですわ」
「まぁ、そこは仕方がない。……脱出したら、大暴れしてやろうじゃないか」
「そう、ですわね……。うふふ」
俺はエディタと笑い合った。
うん、互いの気持ちも、だいぶほぐれてきたな。
あとは、ここから脱出するだけだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
部屋からの脱出にあたり、いくつか問題があった。
一つ目は、俺たち二人とも、紐で拘束されていること。
二つ目は、魔法が封じられていて、拘束を外す手立てがないこと。
三つ目は、真っ暗闇で視界が完全に塞がれていること。
さて、どうするべきか。
そもそも、危険を冒してまで、今脱出すべきなのだろうか?
もしかしたら、今はここで体力を温存しておくのが、上策かもしれない。
再びヨゼフたちがこの部屋を訪れた時に、何らかの手段で逃げ出したほうが、成功率が高い可能性もある。
連れ出される際に、再び魔法が使えるようになるかもしれないからだ。
だが、ヨゼフたちの再訪がいつになるのかがわからない。
俺たちの心が弱り切るまでここに閉じ込めておく算段だとしたら、時間が経てば経つほど不利になる。
身体を拘束された上で、長時間暗闇に閉じ込められたままにされたら、俺たちははたして、いつまで正気を保ちつづけられるだろうか。
なかなかに難しそうだと思える。
となると、ヨゼフの考えがわからない以上、いつまでもここにとどまる選択肢はなさそうだ。
ヨゼフがなにを企んでいるのかは知らない。だが、ヤツは『しかるべき時』と口にしていた。
間違いなく、よからぬ謀を腹にため込んでいるはず。
「このまま、この部屋にとどまり続けても危険だと思う」
「えぇ、わたくしも同感ですわ」
「なんとか脱出したいけれど、妙案はあるかな?」
俺の問いかけに、エディタは口をつぐんだ。
エディタにもこれといった案がないようだ。
「さて、どうするか……」
脱出すると決めたからには、さっさと行動に移したい。
そのためにも、まずはこの身体拘束をなんとかしなければいけないんだが……。
「あっ……」
そのとき、俺たちの腕輪がぼんやりと光り、熱を帯びだした。
「これって……。もしかしたら、魔道具の魔力は封じられていないのかもしれませんわ」
「とすると、この魔石にため込んだ魔力を使えば……」
俺は試しに、魔石に触れながら詠唱をする。
すると、手のひらに魔力が集積し始める感覚を抱いた。
「いけそうだ」
俺はいったん詠唱をやめ、ぼんやりと光る腕輪を手がかりに、這いつくばりながらエディタの傍まで移動する。
「火魔法で紐を焼き切る。動かないでくれ」
再び魔石に手を触れながら、《火魔法・初級》を詠唱した。
指先に炎がともり、エディタの身体を縛る紐を燃やし始めた。
「切れましたわ!」
エディタは立ち上がり、身体をぐるぐると動かす。
「すぐにデニスの拘束も解きますわ」
エディタはしゃがみ、俺と同様の動きで、《火魔法・初級》を放った。
「よし、これで拘束は解けたな」
「腕輪の光で、なんとか足下くらいは見えそうです。このまま扉まで移動して、さっさと脱出しましょう」
「だなっ!」
俺たちは四つん這いになり、手探りで移動した。
わずかな量ではあったが、腕輪からの光がすごく助かった。床に転がる障害物を避けつつ、扉があると思われる方向に向かう。
もしこれが、完全な暗闇の中だったらと思うと、ぞっとする。
ただ、それでも何回か、移動方向を誤りお互いの頭をぶつけ合ったりした。まぁ、その辺はご愛敬だ。
「よし、ここが扉だな。鍵は……」
音を立てないように、ドアノブを回した。
「かかっていないようですわね」
「逃走がバレる前に、とっととおさらばしよう。装備がない状況じゃ、無茶もできない」
「えぇ。さすがにドレス姿のままで戦うのは、厳しいですわ」
俺は扉を軽く押し、部屋の外の状況を確かめた。
連行された時の記憶をたどれば、ここはヤナーク邸の一室のはずだ。屋敷の外に出た記憶はない。
屋敷の廊下に、人の気配は感じられなかった。
「いくぞ」
小声でエディタに告げ、俺たちは部屋から出た。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
エディタの風魔法で気配をごまかしつつ、俺たちは無事に屋敷の外に出た。
「急いで宿に戻ろう。俺たちの逃走がバレるのも、時間の問題だろうし」
「ですわね!」
俺たちはうなずき合い、一気に駆け出した。
ヤナーク邸の裏門から街へと抜け出し、宿のある方向へとひた走る。
背後が賑やかになってきた。
もしかしたら、逃走がバレたのかもしれない。
「急ぐぞ! ティーエとも合流しないと」
「それには及ばないよ、お兄ちゃん!」
不意に、横からティーエが飛び出してきた。
俺たちは慌てて立ち止まる。
「どうやら、オレクやパトリクは使いっ走りだったみたいだね。それで、ヨゼフ様が黒幕っぽいよ」
「マジか!?」
「ヨゼフ様とコーシェ王国側の貴族と、何やら繋がっていそうな情報が、ね」
「そんな……」
ティーエの言葉に、エディタはさっと顔を青ざめさせた。
「これ、宿から装備を持ってきたよ。お姉ちゃん、僕が見張っているから、ここの隅でローブに着替えちゃって。宿に戻る時間が惜しい!」
「は、はいっ!」
エディタとティーエは建物と建物の間の狭い通路に移動していった。
俺はその間に、これからの方針を考える。
このまま、街から逃げるべきだろうか?
でも、この街には良い人もたくさんいるし、他の街に逃れても、他国人でいる限りは同じことの繰り返しになる可能性もある。
となると、ヨゼフや冒険者ギルドをどうにかすべきだろうか?
ティーエの持ってきた情報を考えると、もし街から逃げ出す決断をしたとしても、ヨゼフをこのまま野放しにしておくのは危険な気がする。
ヨゼフはおそらく、エディタの秘密を知っている。加えて、コーシェの貴族と渡りを付けようともしている。
狙いはわからないが、エディタの身柄をコーシェ側との交渉材料に使うつもりなんだろう。
とすれば、このまますんなりと、ヨゼフが俺たちを逃がしてくれるとは思えなかった。
「一戦、交えなくちゃいけないのか?」
気が重い。ミルシェのことを考えても……。
ヨゼフ側の追跡の手が、そろそろ迫ってくるかもしれない。
逃げるか、街にとどまり抵抗するか……。
悩みどころだ。
「お待たせしましたわ」
俺が首をひねりながらウンウンと唸っていると、エディタがいつものローブに着替えて戻ってきた。ティーエもすぐ傍にいる。
最終的な結論は、後回しだ。まずは身の安全の確保を図るのが、最優先だろう。逃げるにせよ戦うにせよ、いったん街の外に身を隠したほうがいい。
「よし、追手が来る前に、街を出――」
エディタたちに方針を伝えようとした、そのとき――。
「キャアアアアアアッッッ!!」
甲高い女性の悲鳴が、あたりに響き渡った。
俺たちは顔を見合わせ、うなずいた。
「急ぐぞっ!」
方針転換。
俺たちは悲鳴のした方向へと駆けだす。
なぜなら、悲鳴の主に心当たりがあったから――。




