第63話 ☆再会
「うっ……ん…………」
エディタはゆっくりと身を起こした。
「あ、あれ?」
真っ暗だった。
キョロキョロと周囲を見回すも、なにも見えない。
――どこかの部屋? 明かりが消されていて、よくわかりませんわ。
エディタは自分の身になにが起こったのか、改めて思い出す。
――たしか、パトリク様に誘われて、食事をしようとレストランに向かっていたはず……。
そこからが、どうにもはっきりしない。
レストランに入った覚えもなければ、パトリクと一緒に食事を取った記憶もない。
「っつ……。少し、後頭部が痛みますわ」
さすろうと手を伸ばそうとした。だが――。
「動け、ませんわね……」
どうやら、布か縄かわからないが、何かによって身体を拘束されているようだ。
――この状況……。何者かに拉致されたと考えるのが、自然でしょうか。しかし、いったい誰が……。
サッと、パトリクの顔が脳裏に浮かんだ。
――まさか、パトリク様が……。しかし、このような悪行を為す方だとは、とても信じられませんわ。
パトリクから恨まれる覚えはなかった。
事態が掴めず、エディタは困惑する。
――とにかく、ここから脱出しなければ……。
縛られた身体をねじりながら、床を這って進もうとした。
だが、いつものローブではなく、動きにくいドレスに着替えていたのが災いした。スカートの裾が何かに引っかかっており、身動きがとれない。
ならばと思い、《エアカッター》を使おうと詠唱を始めるも――。
――ど、どういたしましょう。どうやら、この部屋は魔法も封じられているようです。
背筋に嫌な汗が流れる。
「あぁ……デニス……」
思わず、彼の名をつぶやいた。
すると、スッと胸の奥の恐怖心が薄らいだ。
――あの人の声が、聞こえた気がしたから。
左腕のあたりがチカッと光った。同時に、肌にほのかな温かみを感じる。
目線を遣ると、どうやらデニスからもらった腕輪が原因のようだとわかる。
「デニス……。わたくしは、わたくしは、ここにおりますわ……」
目を閉じて、エディタは強く念じた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
突然、バンッと大きな音が部屋に響き渡った。
真っ暗だった室内に、さっと光が差し込む。
どうやら、部屋の入口のドアが開かれたようだ。
「ここで、しばらくの間、おとなしくしていろ!」
聞き覚えのある男の怒声とともに、誰かが部屋の中に転がり込んできた。
目をこらしてよく見ると、声を上げたのは領主のヨゼフだ。
――ヨゼフ様……。なんでしょう、いつもとまったく雰囲気が違う……。
豹変しているヨゼフに、エディタは戸惑った。
「うっ……」
ヨゼフに背を蹴られて倒れ込んだ人物が、うめき声を上げた。声に、聞き覚えがあった。
「え? もしかして、デニス……?」
「そ、その声は、エディタか!?」
エディタの声に反応し、デニスが驚愕の声を挙げる。
――祈りが通じたのでしょうか。まさか、こんなに早くデニスと再会できるなんて。
腕輪が引き合わせてくれたのだろうかと、エディタは思った。
「しかるべき時が来たら、出してやる。逃げようだなどと、思うなよ?」
ヨゼフはエディタたちに告げると、扉を閉めて去って行った。
再び、部屋は暗闇に包まれる。
デニスと二人きりになった。
互いに黙りこくり、周囲はしんと静まりかえる。
――これまでのいきさつを考えると……。いざ二人きりになっても、気まずくてなんと声をかけたらよいのか、わかりませんわ……。
視覚を奪われているせいもあってか、エディタは他の感覚が研ぎ澄まされているような気がした。
デニスの息づかいが、よく聞こえる。
ときおり呼吸が乱れているのは、自分と同じで、何かをしゃべろうとして言葉を詰まらせているのではないかと、エディタは想像した。
――再び、デニスの隣に立ちたい。そう願ったのは、わたくしです。ここで遠慮をしていては、ミリアムにデニスを取られてしまいますわ……。
エディタは大きく深呼吸をした。
ドキドキと高鳴る胸の鼓動を押さえ、気持ちを落ち着かせる。
――よし、もう大丈夫ですわ。……デニスに、事情を聞きましょう。
下腹部にぐっと力を入れ、エディタはデニスに声をかけた。
「デニス……。いったい、何があったのですか?」
「それが……」
デニスは戸惑いながらも、何があったのかを話してくれた。
オレクから、エディタの秘密の件で脅されたこと。ヨゼフに相談して、一時的にオレクからの妨害が止んだこと。しかし、再びオレクに襲われ、さらにはパトリクからも街から出て行くよう脅迫されたこと。そして、再度ヨゼフに相談しようとしてヤナーク邸を訪れたところ、今度はヨゼフに捕らえられ、この部屋に連行されたこと。
――そんな……。わたくしの知らないうちに、そのような出来事があったなんて……。
「すまなかった、エディタ。君にすぐ相談していれば、こんな事態にはならなかったかもしれない」
苦しげなデニスの声が漏れる。
「俺は、君のためをと思って、脅迫の事実を隠していた。でも、間違っていたみたいだ……」
デニスが床か何かを叩いた音が聞こえた。
「本当に、すまなかった。君の気持ちも考えず、勝手に距離を作って――」
「お待ちください!」
デニスの言葉を、エディタは遮った。
「もう、よいのです。デニスは、わたくしが重荷を感じないようにと、そう考えて行動してくださったんですよね?」
「あ、あぁ……」
「でしたら! そのように、ご自身を卑下する必要なんて、ありませんわ!」
「でも、俺は……」
「デニス!」
このままデニスにしゃべらせては、ますます落ち込んでいってしまいそうだった。エディタはこれ以上、デニスが己を傷つける言葉を投げかけ続けるのを、聞いていたくはなかった。
――確かに、脅迫の事実を隠されていたのは、悲しかったです。ですが、もう済んだ話ですわ。
デニスは、あくまで善意で行動していた。真意を知った以上、デニスを非難しようだなんて気持ちは起こらなかった。
むしろ、うれしくすらある。胸がぽかぽかと温かい。
――デニスは、わたくしのことを最優先に思って、行動してくれていたのです。感謝こそすれ、文句を付けるだなんて、もってのほかですわ!
エディタはふぅっと大きく息を吐き出す。
胸の奥で、デニスへの想いを新たにした。
するとそのとき、腕輪がわずかに震えたような気がした。
「腕輪が……」
デニスがぽつりとつぶやいた。
――もしかして、デニスも腕輪が振動している?
ため込まれた魔力が、共鳴でもしたのだろうか。不思議な現象だった。
肌に感じる揺れが、こうエディタに訴えかけてくるようだ。『おまえにはやはり、この人しかいないんだぞ』、と。
なんだか、勇気が湧き出てきた。
今ならなんだってできる。エディタはそんな気持ちになっていた。
「デニス、元気を出してくださいませ。わたくしたち二人で立ち向かえば、たとえ相手がドラゴンであろうとも、決して負けはしませんわ!」
「……エディタ」
「さぁ、行きましょう! わたくしたちは、こんなところで終わるわけには、いかないのですから!」
「……あぁ、そうだよな!」
気落ちしていた様子のデニスから、力強い声が返ってきた。
「もう大丈夫だ! よぉし、ここから、俺たちの反撃だ!」
デニスは大声で宣言する。
瞬間、エディタは全身にビリビリと痺れが走る感覚を抱いた。
――えっ?
痺れはすぐに消えた。
変わって、今度は体中から、こんこんと力が湧き上がってくる。
理由はわからない。わからないが、なぜだか自身の能力が一つ上のステージに上がったかのような、不思議な感覚にエディタは襲われた。
――なんでしょう……。今なら本当に、どんな敵にだって勝てる気がいたします。
エディタはぎゅっと手を握りしめ、暗闇の向こうにいるはずのデニスを見つめた――。




