第62話 伯爵ヨゼフ・ヤナーク
ミルシェとの再会が、俺にさらなる勇気を与えてくれた。
「デニスの一大事とあらば、助力を惜しむわけにもいきません。お父様には、私から話を付けます。すぐに会談ができるよう手配するので、お任せあれ!」
ミルシェは胸を叩き、大きくうなずいた。
心強い味方だ。
俺一人で門番とやりとりをし、ヨゼフとの面会にこぎ着けるよりも、よほどスムーズに事を運べるはず。
ミルシェは傍にいた護衛の一人に何やら耳打ちをする。すると、護衛はヤナーク邸に向けて駆けだしていった。
「先触れを出しておきました。お父様の準備もありますしね。私たちはゆっくりと、屋敷に向かいましょう」
俺はミルシェに感謝の意を伝え、連れ立ってメインストリートを歩いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ミルシェの手引きは完璧だった。
ヤナーク邸に着くや、俺は応接室に案内される。
「おぉ、デニス。よく来てくれた!」
ヨゼフが両手を広げながら、俺を出迎えてくれた。
「すみません、こんな短期間に何度も……」
「気にするな。……言ったではないか、君たちとは懇意にしたい、と」
「ありがとうございます」
俺は深々と頭を垂れた。
「さて、それで話とはなんだい?」
「それが……」
オレクとパトリクが裏で繋がっていたこと。パトリクにエディタがさらわれたこと。近いうちに、街を出て行くかどうかの決断を迫られていること。
簡潔に、しかし必要な情報は漏れなく、ヨゼフに伝えた。
ヨゼフは口を差し挟まず、両手を組み、目をつぶりながら俺の話に耳を傾けていた。
「――という訳なんです」
「フム……」
俺の話を聞き終えたヨゼフは、ゆっくりと目を開いた。
「話はわかった。だがな……」
ヨゼフはふうっと大きく息を吐き出した。
俺に背を向けると、窓際に移動する。
「ギルド長は……パトリクは、そんな人間ではない、と私は思っている」
窓に映り込むヨゼフの表情は、どこか厳しい感じだ。
「しかし、確かにギルド長は俺――私に、脅しを……」
予想外のヨゼフの反応に、俺は戸惑った。
すんなりと話を進められると思っていたので、次になにを話せばよいのかがわからない。
時間の猶予がない。
別行動で情報を集めているティーエが、運良くエディタの居所を見つけ出せればいいんだが……。期待はできないだろう。
エディタの安否が、心配だ。
俺は両拳を握りしめた。
ヨゼフに、より強く訴えるべきだろうか。
切迫した状況だとわかってもらえば、ヨゼフも動いてくれるかもしれない。
「私は信頼して、パトリクにギルド長を任せている」
ヨゼフは振り返り、俺の顔をじっと見つめた。
「ヨゼフ様……」
訴え出ようと思ったところに、パトリクを信頼しているとのヨゼフの言葉が発せられ、俺は二の句が継げない。
困った。
予想以上にヨゼフはパトリクに信を置いているようだ。
すると、そこに――。
「お父様、デニスの言葉を信用しないのですか?」
ミルシェが援護をしてくれた。
「デニスは、私たちの命の恩人ですよ!」
ミルシェはヨゼフに詰め寄り、声を張り上げる。
「お父様――」
「黙りなさい!」
ミルシェの言葉を遮り、ヨゼフの怒声が響き渡った。
「えっ……」
「子供が安易に、首を突っ込んでもいい話ではないぞ!」
ヨゼフが怒りを露わにする場面を、初めて見た。
いつもは娘に甘い様子のヨゼフだったが、今回は顔を真っ赤にしている。
「お、お父様……」
ミルシェは目を見開き、まぶたに涙をため込んだ。
身体を小刻みに震わせ、両腕で自身の胸を抱きしめている。
この調子では、これ以上ミルシェの応援は頼めなさそうだ。
それにしても、なぜヨゼフはここまでパトリクを信頼しているのだろうか。
自分で言うのもなんだけれど、俺はヨゼフの命を救っている。そんな俺よりも、パトリクを信じているのか?
加えて、ミルシェへの態度にも、不自然なものを感じる。
いつもの娘に甘々なヨゼフとは、別人のように見えた。
だが、今の俺には、もう他に頼れる相手はいない。
なんとかしてヨゼフの協力を得られなければ、このまま街から出て行かざるを得ない。
また一から他の街で、というのもなかなか厳しそうな気がする。
そういえば……。
ふとそこで、俺はヨゼフに対して《鑑定》を使っていなかったと思い当たった。まさかとは思いつつ、恐る恐るヨゼフをスキルで見てみると……。
「っ!?」
俺は、声にならない叫び声を上げた。
『親密度』が、マイナスになっている?
信じられなかった。
俺はもう一度、慎重に《鑑定》を使う。
結果は……やはりマイナスだった。
《鑑定》を信じるのであれば、ヨゼフは俺に対し嫌悪感を抱いていることになる。
いったい、なぜ……。
もしかして、俺に先んじてパトリクが何かを吹き込んだのか?
それで、ヨゼフは俺よりもパトリクを信じている?
確かめなければいけない。
ここで何らかの手を打たないと、非常にまずい。
冒険者ギルドばかりでなく、領主のヨゼフにまで敵視されては、無事ではいられない。
「ヨゼフ様……。もしかして、私に何か隠しごとでもされているのでは? ギルド長に、何か妙なことでも言われましたか?」
俺が指摘をすると、ヨゼフは途端に態度を豹変させた。
「なにが言いたい?」
ヨゼフは眉根を寄せ、低い声で俺に問うた。
この様子、俺に対しての感情が悪化しているのは、間違いなさそうだ。
どうしよう……。
このまま強気に追及していったとして、はたしてヨゼフは真実を話してくれるだろうか。
いたずらにヨゼフの機嫌を損ねるだけに終わる危険性もある。
くそっ!
あまりに予想外な展開に、思考が追いつかない!
「お父様……。何かがあったのなら、デニスに理由を――」
「黙っておれと言っただろう!」
抗議するミルシェに対し、ヨゼフはひときわ大きな声で一喝した。
「きゃっ」
ミルシェは悲鳴を上げ、後ずさりする。そのまま床にへたり込み、泣き出した。
「ヨゼフ様、それではあまりにミルシェが……」
「家族の関係に、口出しをするつもりか?」
ヨゼフは俺を睨みつける。
これは……。
ちょっと、話し合いを続けるのが難しい雰囲気になってきた。
「もう少し穏便に事を進めるつもりだったが……。致し方あるまい」
ヨゼフはつぶやくと、隣室に向けて手を叩いた。
すると、控えていた使用人が数人、応接室に入ってきた。
「手はずどおりだ。やれ」
ヨゼフがくいっと顎で俺を指すや、使用人たちは俺に群がり、身体を拘束した。
「ちょっ! なにをするんですか!」
「しばらく、おとなしくしていてもらおうかな」
ヨゼフは薄ら笑いを浮かべながら、俺を別室に連れて行くよう使用人たちに指示を送る。
「く、くそっ! 放せっ!」
叫んだが、解放される様子はない。逆に、俺は布で猿ぐつわをされた。
「ミルシェも部屋に閉じ込めておけ。しばらく頭を冷やさせる」
背後から「どうしてですか、お父様!」と、ミルシェの泣き叫ぶ声が聞こえた。
ちくしょう……。
いったいどうしてこうなった……。
俺は使用人たちに引きずられ、応接室から連れ出された――。




