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第60話 拉致

「まだ、パトリクさんの話は終わっちゃいねぇぜ」


 オレクは俺を通すまいと、剣を構え、道のど真ん中に陣取った。


 くそっ……。

 狭い路地裏だ。このまま横を素通りするって訳にもいかないな。


 俺はオレクを鋭く見据える。

 一方で、オレクはニタリと笑った。パトリクが俺に加勢するつもりがないとわかり、勢いづいたのだろう。


 というよりも、もしかして、オレクとパトリクは繋がっているのか?

 そうとしか思えないオレクの行動だ。


「オレクの言うとおりだ。話は最後まで聞いていくもんだぞ、デニス」

「くっ!」


 俺は諦め、改めてパトリクに向き合う。


「なんで……」

「ん?」

「なんでですか、ギルド長」


 パトリクに対して、何かをした覚えはない。

 オレクのように恨まれる筋合いは、ないと思うんだが……。


「あれだ。中間管理職の悲哀ってヤツかな」

「どういう意味ですか……」

「古くからギルドに登録している古株の冒険者たちからの不満の突き上げと、ご領主様からの有無を言わせぬ押しつけ指示との板挟み……。はっきり言って、うんざりなんだよ」


 眉根をひそめながら、パトリクは吐き捨てた。


「すべて、おまえたちが原因だ。よそ者のくせにポンポンとランクを上げ、しかもヨゼフ様の覚えもめでたい。……不快以外の、何物でもないな」


 好漢然としていたパトリクの面影は、もはやなかった。

 明確に、俺に対して敵意を抱いている。


 こうなると、ヨゼフに相談してパトリクに圧力をかけさせたのは、完全に失敗だったと言わざるを得ない。パトリクが俺に対してこうまで不満を抱くようになる、最後の一押しをしてしまった格好だ。


 まったく、後悔してもしきれないな……。


「オレからの要望は、ただ一点。この街から、今すぐに出て行け、だ」


 パトリクの言葉が、冷たく周囲に響き渡った――。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 俺は改めて、見知らぬ土地で、自らの立ち位置を確保する難しさを、これでもかと痛感していた。


 パトリクは言う。

 ネサルドの街から出て行かなければ、エディタを返すつもりはないと。


 俺は、どうするべきなんだ?


 このまま、エディタの安全を第一に考えて、街を出て行くべきか?

 それとも、抵抗してエディタを取り戻し、ヤナーク家に救援を求めるべきか?


 ……そもそも、エディタはパトリクによって、本当に捕らえられているのか?


 考えがまとまらない。

 もう少し判断材料が欲しい。時間も、欲しい……。


 今、俺が本当に頼りにできる人間は、ティーエ、ヨゼフ、ミルシェ。……モニカさんは、立場的に厳しいか。

 だが、今のこの危機的状況は、俺一人でなんとかしないとダメだ。


「さぁ、どうする。おまえの判断に、エディタの命運がかかっているんだぞ」


 パトリクが目を細めながら、凄んできた。


 くそっ!

 じりじりと追い詰められてきた。


 俺はとにかく考えを巡らせた。

 すると――。


 パトリクの後方から、一人の男が息せき切って駆けつけてきた。冒険者風の男だ。


 すわ、パトリクの寄越した増援か、と俺は焦る。

 ここで、さらに追加のお客様の登場は、正直勘弁してもらいたい。


 だが――。


「本当か?」


 冒険者が何やら耳打ちをすると、パトリクはパッと表情を変えた。


「しかし……。いや、疑問を差し挟むべきじゃないな」


 パトリクは口元に手を当てながら、何やらブツブツとつぶやいている。

 何ごとかと注視した。明らかに様子がおかしい。


 やがて、考えがまとまったのか、パトリクは俺に向き直った。


「時間をくれてやる。……そうだな、三日待ってやろう。どうすべきか、じっくりと考えるがいい」


 パトリクは一方的に俺へ告げると、顎をくいっと引いた。すると、オレクが剣を下ろし、俺に道を譲る。


 やはり、オレクもパトリクの指示で動いていたようだ。

 もしかすると、オレクが俺を引きつけて時間を稼いでいる間に、噴水公園に一人でいるエディタを、パトリクが連れ去ったのかもしれない。


 パトリクが冒険者から何を告げられたのかは、わからない。

 だが、今の俺にとっては好都合だ。


 とにかく、まずは噴水公園まで戻り、エディタの安否を確認したかった。


「エディタには危害を加えていない。それだけは、固く誓うぞ」


 パトリクは去り際、俺に念を押した。


 だが、どこまで信用できる?

 このまま、エディタがコーシェ王家に売られでもしたら、たまらない。

 オレクと裏で繋がっていたのなら、パトリクもエディタについての秘密を知っている恐れがある。


 エディタの身が心配だ。

 パトリクたちの姿が見えなくなったところで、俺はエディタと別れた噴水公園に向かって駆けだした。


 どうか、拉致がでたらめでありますように、と祈りながら――。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 俺の祈りは、残念ながら通じなかったようだ。

 噴水公園に、すでにエディタの姿はなかった。


 ……まぁ、神頼みをしたところで、頼みの創造神様は下界にティーエとして顕現しているしな。


 噴水公園内を探し、周囲の通行人からも情報を収集した。だが、エディタの足取りは掴めない。


「メインストリートを進んで、もう少し情報を集めるか。もしかしたら、エディタは俺の後を追った可能性もあるし」


 噴水公園を後にして、俺は来た道を戻った。


 時間がじりじりと過ぎていく。

 早く、エディタの安否を知りたい。


 拉致されたのであれば、捜索の手段を考えなければいけない。

 そうでないのであれば、一刻も早く合流し、パトリクたちの魔の手から護ってやらなければいけない。


 くそったれ!

 なんでこう、俺のやることなすこと、いつも空回りしちまうんだよ……。


 頭をかきむしった。悔しい……。


「エディタ、待っていてくれ。すぐに、君を……」


 俺は必死になって、メインストリートを駆けずり回った――。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 結局、俺はエディタが拉致されたと結論づけた。

 エディタらしき少女が、ギルド長のパトリクに声をかけられている様子を、目撃したという人がいたからだ。


 宿に戻った俺は、今後の作戦を練り始めた。

 拉致されたと決まった以上は、俺の取るべき道は二つに一つだ。


 パトリクの脅しに屈し、街を去るか。

 脅しには屈せず、エディタを見つけ出して救出するか。


 ……迷うまでもない。

 脅しに負けるつもりは、毛頭なかった。


「エディタ……」


 早く助けに行きたい。

 行きたいが、エディタがどこに捕らわれているのかが、わからない。

 現状で、手がかりがまったくなかった。


 可能性として思いつくのは、冒険者ギルド内のどこか……。

 真っ先に捜索すべき場所なのは間違いないだろう。


 しかし、もし冒険者ギルドにいなかったら……。

 正直、他に思い当たる場所はない。


 街のどこかの空き倉庫?

 街の外に、秘密のアジトでもある?


 あぁ、クソッ!

 よそ者で土地勘が薄い現実に、絶望したくなる。


 だが、愚痴っていても仕方がない。とにかく、やれることをきっちりとやるまでだ。街を去る決断は、本当に、本当に最終手段だ。


 なんとしても、エディタを見つけ出すんだ!


「どうしたの、お兄ちゃん?」


 頭を抱えて唸っていると、ティーエが声をかけてきた。


「ティーエ……」


 このまま一人で悶々としていても、埒があかない。

 ここは、創造神様のお知恵も借りないとダメだろう。


 俺は手短に、ティーエに事情を説明した。

 すると、ティーエは盛大にため息をついた。


「だから言ったじゃないか。エディタお姉ちゃんにも、狙われている事実をきちんと伝えたほうがいいって」


 ティーエはさも呆れたと言わんばかりに、俺にダメ出しをする。


「まぁ、今さらお兄ちゃんを叱っても、どうしようもない話ではあるけれど……」


 うぅ……。

 ティーエのほうが正論だ。言い返せない。


 俺が自尊心にこだわり、わがままを押し通したせいだ。

 素直に打ち明けておけば、エディタもある程度、パトリクたちに警戒心を持ったかもしれない。

 もしかしたら、今回の拉致も防げたかも……。


「で、お兄ちゃんはどうしたいんだい?」


 ティーエは問うた。


 俺は……。

 俺の下した、結論は――。

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