第59話 豹変
俺はエディタと別れると、周囲を警戒しながらメインストリートを歩いた。
「視線は……こっちの方角から感じるんだよなぁ」
エディタとデート中、何度か視線を感じた。
エディタに害が及ばないようにと、念のため、こうして一人で確認をしに来たんだが……。
「ギルド長のおかげで、オレクはおとなしくなったはずなんだけどな。今度はいったい誰だよ……」
パトリクからの圧力で一度は止んだはずの、おそらくはオレクのものと思われる謎の視線。
ギルド長の睨みだけでは抑えきれなくなるほどに、オレクの嫉妬心や怒りが膨らんできたのだろうか。
それとも、俺たちに不満を持つ別の何者かが、新たに尾行をし始めたのだろうか。
「とりあえず、このまま買い物のふりをしつつ、警戒してみよう。もしかしたら、相手から接触してくるかもしれないしな」
俺はため息をつきつつ、冒険に必要な物資の買い出しを始めた。
さぁ、来るなら来い。
大切な仲間を……エディタを護るためなら、俺はやってやるぜ。
息巻いてみたものの、いつまで経っても、何者かが現れる気配はない。
拍子抜けしつつ、俺は買い物を続けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ひと通り買い物も終え、俺は荷物を置きに、いったん宿に戻ることにした。
メインストリートを離れ、路地裏にさしかかる。
「おいっ!」
すると、前方に立ち塞がるような形で、一人の男が現れた。
……オレクだった。
「やっぱり、視線の元凶はおまえだったのか……」
予想していたとはいえ、見たくもない顔が視界に入った。
不快感がこみ上げ、俺は顔をしかめる。
「相変わらずスカした野郎だ……。ムカつくな、クソッ!」
オレクは突然抜剣し、襲いかかってきた。
「なっ! 街中だぞ、正気か!?」
慌てて一撃を回避し、俺は声を荒げた。
いくら俺が憎いからって、路地裏とはいえ一般人の往来する可能性がある路上で、まさか得物を振り回してくるなんて。
通報されれば官憲に捕縛される、危険な行為だ。
「おいっ! バカな真似はよせ!」
ステータスの差もあり、直撃は食らわない。だが、この狭い路地裏で、いつまでも回避し続けられる自信もなかった。
とにかく、相手を冷静にさせないと……。
「てめぇは気にいらねぇんだよ! オレ様のメンツを、何度も潰しやがって!」
オレクは顔を真っ赤にして、すっかり興奮した様子だ。説得に応じる気配はなさそうに見える。
溜めに溜め込まれた不満が、一気に爆発したって感じだった。
「マズいな……。かといって、ここで剣や魔法を使うわけにもいかないし」
周囲を見回した。
幸いに通行人はいない。
……抜剣すべきか?
俺は迷った。
さっさと応戦して、オレクを戦闘不能にしてしまうのが、一番手っ取り早い。
だが、外国人である俺が、街中で不祥事を起こしたとなれば、ちょっと立場が危うい。抜剣するなり魔法を使うなりすれば、単なるケンカとは言い張れなくなる。明確な、ネサルドの街の法違反だ。
オレクとの実力差的に、事情を知らないものが見れば、俺が加害者側だと誤解される可能性が出てくる。明確に俺が被害者だと示せる今の状況は、維持し続けておかないと危険だ。
「面倒くさい状況になったぞ……」
腰に下げた剣の柄に手は当てているが、抜くに抜けない。
すると――。
「おいっ! 何をしている!」
男の怒声が、路地裏に響き渡った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
声の主は――ギルド長パトリクだった。
「ギルド長!」
思わぬ救世主の登場だった。
「助かりました! オレクがまた、俺にちょっかいを――」
ここで、パトリクに面と向かってオレクに苦言を呈してもらえれば、この場を無事に収められるかもしれない。
ホッと胸をなで下ろした。
だが、パトリクはなぜだか口をつぐんでいた。
「ギルド長?」
俺は首をかしげ、パトリクの顔をのぞき込もうとした。
瞬間――。
「ハーッハッハッハ!」
パトリクは高笑いを上げた。
「おいおい、助けを求める相手を間違っているなぁ、デニス」
ニヤリと口角を上げながら、パトリクは俺を嘲ったような目で見つめる。
意味がわからなかった。
パトリクの豹変……理由がわからない。
「な、何を言っているんですか、ギルド長?」
「何を言っているも何も、俺はおまえの敵だぞ?」
「えっ?」
俺は目を見開いた。
動揺する俺に、パトリクはさらなる爆弾をぶつけてくる。
「あぁ、そうだ。エディタは預かった」
「はぁっ?」
俺の思考は、完全に止まった。
パトリクは、いったい何を言っているんだ?
「だーかーらー、おまえの連れのエディタは、オレたちが預かったって言ってるんだよ」
にわかには信じられなかった。
信頼していたはずの、パトリクの変貌。
しかも、エディタを拉致したと言わんばかりの言葉。
いったいなぜ?
でも、今はそんなことを考えている時じゃない。
まずは、エディタの無事を確認しないと!
俺はパトリクに背を向け、噴水広場に戻ろうとした。
エディタを一人にしたことを、後悔する。
視線の元凶の捜索を第一にと考えて行動したが、結果的には大失敗だった。
くそっ!
無事でいてくれよ、エディタ!
「待ちなっ!」
だが、駆けだそうとした俺の前に、剣を手にしたオレクが立ち塞がった――。




