第58話 ☆王族の立場よりも大切なもの
翌日――。
エディタは心弾ませながら、デニスと横並びになってネサルドの街のメインストリートを歩いていた。
――せっかくの二人でのお買い物です。……ミリアムの件は、胸の奥にしまっておきましょう。
ドレスの胸元をぎゅっと握りしめる。
ちょっとしたデート気分ということで、エディタは普段着にしている紺のローブから、華美すぎない庶民用のドレスに着替えていた。
装いを新たにした結果、昨日まで感じていた不安も、だいぶ薄れている。
――感情が変われば服装も替わり、服装が替われば……感情もまた、変わる。なるほど、よく言ったものですわね。
かつて王宮で、侍女に聞かされた言葉だった。実践してみて、エディタは言葉の正しさを実感する。
デニスとの間に、会話はなかった。だが、今のエディタにとっては、些細な問題だ。
ただ二人、傍にいられればそれでいい――。
いまだに、デニスからよそよそしさを感じる。でも、あえてその態度への突っ込みは入れない。今日に限っては、無粋だと思うから。
ゆっくりとした足取りで、エディタたちは一歩一歩着実に、目的のアクセサリー店へと向かっていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
件のアクセサリー店に着いた。
店に入ると、以前対応した中年の女店主が出迎えた。
「あら? もしかして、腕輪の取り置きを頼まれた方でしたかしら?」
「あぁ。資金ができたので、購入しに来たんだ。待たせて悪かった」
「まぁ! まぁ! お待ちしておりました。ささっ、中へどうぞ」
店主は両手を叩きながら、店内に誘導する。
「そちらのお嬢さんも、お取り置きを承っていましたよね?」
「えぇ、お願いしておりましたわ」
「たしか贈答用と伺っておりますが、お二人で贈り物をし合うのですか?」
店主はエディタとデニスの顔を交互に見比べた。
「はい、そのつもりです」
「冒険者仲間、でしたよね。もしかして、お二人は恋人同士でもあるのでしょうか」
ニコニコと笑みを浮かべながら、店主は棚の上から包みを二つ下ろしている。
「えっ?」
店主の言葉に驚き、エディタはデニスと顔を見合わせた。
「そ、そういうわけではありませんわ。あくまで、旅の仲間です」
「あらあら、私ったら……。ずいぶんと仲が良さそうに見えたもので、失礼いたしました」
店主は包みの埃を払いながら、ペロリと舌を出す。
「こちら、取り置きをしておきました腕輪です。サイズも問題ないと思いますよ」
「ありがとう。配慮してくれて、本当に助かった。これ、お代」
「わたくしも、お代金を」
それぞれお金を払い、店主から腕輪を受け取った。
「ありがとうございました。またのお越しを、ぜひお待ちしております!」
元気な店主の声に送られ、店を後にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
エディタたちは、かつて贈り物の約束を交わした噴水公園へとやってきた。
以前使用したベンチの傍に立ち、互いに向き合う。
「えっと……。遅くなったけれど、旅の仲間になった記念に、これを受け取って欲しい」
「わたくしからも……。これからもよろしくお願いしますとの想いを込めて、こちらを差し上げますわ」
エディタは包みを開け、腕輪を出した。デニスも同様に、右手に腕輪を握っている。
「じゃ、お互いの腕にはめようか」
「えぇ」
まずは、エディタが左手を差し出した。デニスはそこに、手に持つ腕輪を丁寧にはめる。
「ぴったりですわ……」
「こいつが、エディタを護ってくれるはずさ」
「ふふ、ありがとうございます」
エディタは礼を述べつつ、お返しに、今度はデニスの差し出す左手に腕輪をはめた。
「うん、俺もぴったりだ」
「わたくしの込めた魔力が、少しでもデニスのお役に立てばうれしいですわ」
腕輪にちりばめられた宝石に、エディタは微弱な魔力を込めていた。気休めではあるが、ちょっとしたお守り代わりだ。
――なんだか、腕輪がぽかぽかと温かい気がしますわ……。
指先で、腕輪の表面をなぞる。
うれしくて、思わず頬が緩んだ。
――改めて実感いたします。わたくしはやはり、デニスの傍に立つにふさわしい人間でありたいのだ、と。
デニスと目が合った。
瞬間、ぎゅっと胸が締め付けられる。
しかし、デニスは突然、周囲をキョロキョロと見回し始めた。
「くそっ、何で……」
デニスのつぶやきが漏れ聞こえた。
――また、ですわ……。デニス、どうしたのでしょう。
せっかく、こうして約束を果たせた。
なのに、デニスの様子の不自然さのせいで、エディタは胸に一抹の寂しさを感じた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
デニスは何やら周囲を気にし、ソワソワしはじめた。エディタがどうしたのかと尋ねても、あれやこれやとうまくはぐらかされる。
――いったい何なのでしょう。……周りに、何かあるの?
エディタは首をひねるも、周囲に異変は感じない。
結局、噴水公園でいったんデニスと別れることになった。
デニスはそのまま、街の雑踏に消えていく。一方で、エディタは一人、公園に取り残される形になった。
――デニスの態度の不自然さ、やはりおかしいですわ。本意ではありませんが、今はデニスと距離を置いたほうがいいのでしょうか?
エディタはあれこれと考えながら、歩き始めた。デニスの消えた方角に向かって、ゆっくりと通りを進んでいく。
すると、そのとき――。
――えっ?
エディタは立ち止まった。
何かの視線らしき気配を感じたからだ。
「だ、誰ですの?」
つぶやきながら、周囲を見回す。
だが、何も見つからない。
――いったい何ごとでしょう? もしかして、デニスもこの視線を感じて?
だが、あり得ない、と思った。
視線の元凶のミリアムは、母竜に連れられてコーシェ王国に戻っていったはずだ。
感じた視線は、いつの間にか消えていた。
――きっと、わたくしの気のせいですわ。
エディタはブンブンと頭を横に振った。
デニスの様子に影響され、本来感じないはずのものを感じただけ……。エディタはそう考えることにした。
――そういえば……。
視線について思いを巡らせているうちに、ふと思い出す。
アリストリア王国へ入国して以降にたびたび感じていた視線を、王家の追跡かもしれないと勘違いし、怯えていた自分の姿を。
――もはや王族でもない、ただの小娘に成り下がったわたくし。なのに、デニスはそんなわたくしに、ついてきてくれた。王家から追われるデメリットはあっても、メリットなんて何もないはずなのに……。
俺が護ると宣言した時のデニスの顔が、エディタの脳裏に浮かび上がった。
なぜ、デニスがこれほど気になる存在になったのか。エディタは改めて考える。
もちろん、古竜から命を救われた事実は大きい。けれど、それだけではない。
――デニスは、王族という地位とは関係無しに、わたくしを見てくれる。
デニスと知り合うまでに出会ってきた人物は皆、王女という立場を通して接してきた。
エディタにとって、そんな余計なフィルターを通さずに付き合ってくれるデニスとの邂逅が、どれほどかけがえのないものだったか。
――なのにわたくしは、王族としての誇りに、あまりにもこだわりすぎてはいませんか?
幼い頃からの厳しい躾が、王族の立場から外れる恐怖感を、エディタに植え付けてきた。
厳しい父王は、たとえ実の娘であっても、役に立たなければ簡単に切り捨てるだけの冷酷さを持っている。エディタは幼いながらに気付いていた。
エディタにとって、王族――王女としての立場は、命の次に重要なものともいえたのだ。
しかし――。
――ただの一人の少女として、デニスはわたくしを見ようとしてくれた。なのに、どこか一歩引いていたのは、いったい誰?
エディタはぎゅっと拳を固めた。
――これからどうしたいの? よく考えなさい、エディタ!
自問自答を続ける。
ここで気持ちを整理しなければ、きっとデニスと向き合えない。エディタはそう直感していた。
――王族として、気高くあり続けるのもいいでしょう。ですが、わたくしはもっと、自由が欲しいのではありませんか? 立場に縛られたままでは、真にデニスとは向き合えない、そう気付いているのではありませんか?
様々な想いが渦巻き、エディタを翻弄する。
だが、ここでへこたれるわけにはいかないと、エディタは唇をかみしめた。
――王族であろうとするわたくしと、素直な少女でいたいと思うわたくし。どちらも、大切な自分だと思います。ですが……。
エディタは改めて思う。
デニスは、自分を一人の少女として見てくれている。であるならば、自分も王族の皮は脱ぎ捨て、本来の姿をさらけ出さなければいけないのではないか、と。
――立場から来る高慢さを、押さえなければなりません。わたくしはもう、追放された元王族に過ぎないのですから!
エディタは覚悟を決める。
これからは、身分に縛られない、自由で素直な自分を見せていかなければ、と。
「わたくしはもっと、自分に正直にならないといけませんわ!」
無意識のうちに、声に出していた。
すれ違う人がぎょっとした視線を寄越すが、エディタは気に止めない。些細なことは、今はどうだっていい、と。
エディタは、自然と走り出していた。
デニスの隣に立ちたい、ただその一心で。
デニスの消えた雑踏に向かって、ひた駆ける。
彼の名を大声で叫びたい。しかし、その衝動はぐっと抑えた。
刹那、行く手に誰かが立ち塞がった。ぶつかりそうになり、エディタは慌てて立ち止まる。
相手は悠然と両手を広げ、笑みを浮かべていた。
「おや、エディタじゃないか。そんなに焦って、どうしたんだ?」
冒険者ギルドの長、パトリクだった――。




