第57話 ☆傍で立つにふさわしき者
――わたくし、何をしているのでしょうか……。
窓の傍に立ち、エディタは宿の外の様子をぼんやりと眺めた。
デニスやティーエに何かを秘密にされている気がした。
疎外感を抱いたので、思わず部屋を飛び出したはいいものの……。
――本当なら、もっと二人と楽しくお話をしたい。けれども、今はできませんわ……。
明らかに、二人は隠しごとをしている。これでは、心から会話を楽しもうと思っても、難しい。
――デニスはいったい、わたくしに何を知られたくないのでしょうか。ティーエに関しては、単にデニスに付き合っているだけのように見えましたが……。
今のエディタに、思い当たる節はなかった。
だが――。
――もしかして、デニスの急な態度の変化は、あの少女のせいかしら……。
エディタの脳裏に、パッと一人の少女の姿が浮かんだ。
街の東の森で出会った、若竜の化身ミリアム――。
エディタがミリアムに思い至ったのには、理由があった。
ミリアムとの別れ際に、ある一言を投げかけられたからだ。
『デニスは、あたしのものなのだ』
言われた瞬間は、エディタもそれほど気には留めなかった。相手は人間でも無し。それほど深い意味はないだろうと。
だが、エディタは今、妙な不安感に襲われはじめていた。
ぎゅっと胃が締め付けられる。
――デニスは、ミリアムに惹かれているのではないのかしら?
フッと嫌な考えが鎌首をもたげる。
しかし、ありえない話だった。相手はドラゴンだ。
――でも、この胸の痛みはなに……?
エディタはローブの胸元をぎゅっと握りしめた。
まもなく日没。
周囲は徐々に薄暗くなっていく。
エディタの思考も、釣られるように沈んでいった。
――って、ダメダメ! おかしな考えなんて、頭から消し去らないと。
エディタは軽く頬をはたくと、気を入れ直す。
一人になって、頭も少し冷えてきた。
改めてデニスと話をしてみようと、エディタは部屋に戻った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
部屋に戻ったエディタだったが、デニスはやはり、どこかよそよそしい。
――もうっ! どうしてですの、デニス!
デニスは微笑しているが、何かがおかしい。以前とは違う。
――やはり、ミリアムが気になっているのでしょうか。……わたくしなどとおしゃべりをしていても、楽しくはない?
どんどん、マイナスな考えが浮かんでくる。
ミリアムほどの力のない自分は、真の勇者になるべきデニスにはふさわしくないのではないか、と。
――傍で立つにふさわしいのは、わたくしではなく、ミリアム?
エディタは自らを卑下し、自信を失い、悩んだ。
――それでも、あの夜――「君がいなかったら今ここに立てていない」と笑ってくださったデニスの言葉だけは、どうしても嘘だとは思えませんわ……。
すると、不意にデニスが立ち上がった。そのまま部屋の外に出て行く。
どうやらトイレのようだ。
そういえば、ティーエもいつの間にかいない。湯浴みにでも行ったのかとエディタは予測する。
部屋には、エディタ一人が残された。
ふと、エディタはデニスの使っている机の引き出しが気になった。理由はわからない。とにかく、中を確認しなければとの衝動に駆られる。
――少々、無作法ではありますが……。
エディタはデニスのベッド傍まで移動し、引き出しを覗いてみた。
――あれ……。もしかして、これって……。
引き出しの中に、見覚えのある何かを見つけた。
エディタは無意識のうちに、その何かを手に取っていた。
――あの時の……。
なぜだか、胸が苦しかった。
エディタは、手に持った何かをぎゅっと握りしめる。
――やはり、デニスは……。
何かを見つめながら、大きく息を吐き出した。
と、そこにデニスが戻ってくる音が聞こえた。
エディタは慌てて掴んでいた何かを自分の道具袋に入れて、何食わぬ顔でデニスを迎える。
「ん? どうした、エディタ」
「い、いえ……。それよりも、デニスはいったいどちらへいらっしゃってたの? お手洗いですか?」
「あぁ」
デニスはすこし首をかしげながら、自分のベッドに腰を下ろした。
エディタは窓際に置かれた椅子に座る。
「なぁ、エディタ」
「……はい」
「お互い、気分転換も必要だと思わないか? どうだろう、明日あたり、少し二人で買い物にでも行かないか?」
思いがけないデニスからのお誘いだった。
距離を置かれていると感じていたので、エディタはおやっと思う。
ただ、デニスの表情が冴えないままなのが、気にかかった。
「どうだろう?」
デニスが答えを求めてきた。
――どうしましょう。デニスと二人きりでの買い物だなんて、心躍るイベントのはずですのに……。
エディタは迷った。
今の心情のままでは、お互い、心ないことを口にしてしまうかもしれない。今はとにかく、デニスと距離を置いたほうがいいのではないか、とエディタは思う。
――うれしいです。うれしいのですが、もう少し冷却期間をおいたほうが、よいのかもしれません。
残念ではあった。だが、ミリアムの件に納得がいくまでの時間も、欲しかった。
「あの……、せっかくのお誘いなのですが――」
「お金も貯まったし、ここで、例の約束を果したいなって思ったんだ」
「えっ?」
デニスの言葉を聞き、エディタは誘いを断る言葉を続けられなかった。
「一緒に、あのアクセサリー店へいかないか?」
デニスは、エディタの目をじいっと見つめてくる。
ヨゼフを助け、無事に冒険者ギルドに登録できたあの日――。
お互いに贈り物をし合おうとして、お金が足りずに断念したあのアクセサリー店――。
いつかお金が貯まったら、買おうと思っていたアクセサリーを購入して、互いに送り合おうと約束した、あの噴水広場――。
エディタは胸に手を当て、思い出す。
――そうですか……。いつの間にか、あのアクセサリーを買えるだけのお金が、貯まっていたのですね……。
誘いを断るつもりだったエディタも、すっかり考えが変わっていた。
あの時の約束を果たせる。
こう思うだけで、先ほどまで抱いていた不安感は、ぱぁっとどこかに吹き飛んでいた。
――デニスと二人きり。約束の履行。……うれしくないはずが、ありませんわ!
エディタは笑みを浮かべ、大きくうなずいた。
ただ、一つだけ疑念が残る。
――デニスはつい先ほどまで、わたくしを避けているように見えました。ですのに、なぜ、いきなりデニスから誘ってくれたのでしょうか?
心の中で問うた。
だが、その疑問も、次第にこみ上げてくる歓喜の渦で、いつの間にかかき消されていた――。




