第55話 脅し
パーティーの翌日。
俺たちは新たな気持ちで、冒険者ギルドへとやってきた。
今日から中級冒険者だ。周囲の目も、ずいぶんと変わってくるだろう。
自然と気合いも入ってくるってものだ。
ギルドに入り三人連れ立って、依頼書の張られた掲示板に向かおうとした。
すると、エディタが不意に立ち止まる。
「あの……デニス。わたくし、ティーエと少々……」
エディタが階段の裏を指さした。
お手洗いのようだと悟り、俺はうなずく。
「じゃ、俺は先に依頼書でも眺めておくかぁ」
独りごちると、二人と別れて壁際の掲示板に移動した。
すると、その時――。
「おい」
誰かに呼び止められた。
振り返り、相手の顔を見て……うんざりした。
声の主は、俺たちにやたら絡んでくる中年冒険者のオレクだったからだ。
「またあんたか、しつこいな」
「相変わらず、生意気なガキだなっ! ……ちょっとこっちへ来い、話がある」
オレクは俺の腕を取り、人気のない酒場へと引っ張る。
「何の用だよ。あんたの相手をしているほど、俺は暇じゃないんだが」
「あぁん? いいのかぁ? オレ様にそんな態度をとってよぉ」
オレクはニヤリと笑った。
「前にも言ったよなぁ。オレは知っているぞ。貴様の連れの女の、ばらされたくない秘密をなぁ」
「はぁっ?」
何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
「中級に上がったからって、あんまり調子こいてるんじゃねぇぞ……。こいつは、警告だからなっ!」
オレクは一方的に言いたいことを口にすると、俺を軽く突き飛ばし、さっさとその場を立ち去ろうとした。
「お、おい!」
慌ててオレクの背中に声をかけたが、オレクは無視してギルドから出て行った。
「なんなんだよ……」
連れの女ってどういうことだ。
ティーエ……じゃないよなぁ。
ってことは、やっぱり、エディタか? 秘密って、もしや……。
いやな汗が頬を伝った。
ティーエが創造神だっていう事実は、どう考えても知られようがないはず。
となると、オレクの言っていた秘密は、間違いなくエディタの問題。……追放されたコーシェの王族だって件だ。
以前、モニカさんから指名依頼を受けた際に、確かにオレクから同じような言葉を投げつけられた。
でも、あの時のオレクは泥酔していた。酔っ払いの世迷い言だと無視をしていたんだが……。
「何で、ヤツが知っているんだ? どう見ても情報に聡いタイプとは思えない」
オレクの持つ情報の出所に見当も付かず、俺は頭を抱えた。
くそっ。
俺はどうしたらいい?
脅迫があった事実を、エディタにも伝えるべきか?
「でも、不安がらせちまうよなぁ……」
エディタは俺が護るって宣言して、こうして一緒に国を出てきたんだ。余計な心労はかけさせたくない。
この件は、俺の胸の内にしまい込んでおくほうが、いいのかもしれないと感じた。
うん、俺がオレクの動きをしっかりと見張っておけば、きっと問題はないはずさ。エディタには、内緒にしよう。
別に、逃げてるわけじゃない。ただ――俺自身納得のできる、正しい選択をしたいだけなんだ。
ぐっと両拳を固め、気合いを入れ直した。
俺が一人決意を新たにしていると、そこにふらりとギルド長のパトリクがやってきた。
「お、中級になりたてのデニスじゃないか」
「パトリクさん……」
「って、なんだぁ? せっかくランクアップしたってのに、景気の悪い顔をして。何かあったのか?」
パトリクが俺の顔をのぞき込みながら、すうっと目を細めた。
ふと、オレクの件を相談しようかと思った。オレクはどうやら、パトリクの言葉なら素直に聞く様子だったし。
「えぇっと……」
話を聞いてもらうべきだろうか?
とそこで、俺は思い出した。
ギルドは冒険者同士のいざこざには、基本的に関与はしないってルールを。
以前、パトリクがオレクを止めてくれたのも、ギルドのパトロンになっているヨゼフの意向があったからだ。
でも、今回の一件は違う。俺たちとオレクとの私的な問題だ。
俺は躊躇した。
「いや、何でもないです」
「そうか?」
パトリクは首をかしげたが、それ以上は追及してこなかった。
このあたりは、さすがギルド長をやっているだけある。俺が話したがっていないのを、察してくれたのだろう。
「ま、何かあったら頼ってくれや」
パトリクは片手をひらひらと振って「ガハハッ」と豪快に笑いながら、階段を上っていった。
入れ違いに、エディタとティーエが戻ってくる。
「あら、どうかされました?」
「いや……。ちょっと、ギルド長と世間話をしていただけだよ」
エディタは不思議そうに俺の顔を見つめたが、俺は笑ってごまかした。
とにかく、秘密にするって決めたんだ。エディタは俺が護る。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
手頃な依頼もなかったので、俺たちはいったん宿に戻った。
二人を置いて、俺は単独で街に繰り出す。
パトリクがダメなら、ヨゼフに相談するのはどうだろうと思ったからだ。
ちょうど昨日のパーティーで、お互いにもっと親しくしようと話をしたところだしな。
万が一、ギルドの幸運の女神扱いされているエディタがオレクに害されては、パトリクにとっても不本意だろう。だが、パトリクからは、ギルド規定で直接手出しができない。
なら、領主の意向――冒険者ギルドのパトロンの意思っていうものを使えば、パトリクも動きやすくなるのではないか?
俺はそんな考えが脳裏に浮かび、昨日の今日だが、ヨゼフの元へと向かっていた。
事ここに至っては、対人交渉が苦手だなんだと言っていられない。
エディタに任せられない以上は、俺自身がヨゼフと交渉するしかない。
パーティー会場であれこれと会話をして、多少なりとも親しくなれたのが幸いしたな……。以前のような過度な緊張は、しなくなっていた。
ヨゼフの屋敷に着くと、俺は門番に用件を伝え、中に通された。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ヨゼフとの会談は……成功裏に終わった。
オレクの動きに注意するようにとパトリクには伝えておくと、ヨゼフは俺の頼みを快諾した。
これで、パトリクからオレクに圧力がかかるだろう。エディタの身の安全も図られるに違いない。
もちろん、俺からもオレクの動きには注意するが。
屋敷からの帰り道。
問題が一つ片づいたとホッとしながら、俺は街のメインストリートを歩いてた。
すると――。
「……見られている?」
何者かの監視の目を感じた。
周囲を見回したが、視線の主が誰なのかはわからない。
……竜の少女ミリアムの件は、解決したはずだ。
なのになぜ? もしや、オレクが見張っているのか?
改めてメインストリートをぐるりと見渡した。
「あのオレクが、まともに尾行ができるほどのスキルを、持っているとも思えないけれど……」
気にはなったが、相手から接触してくる気配はなかった。
俺はそれ以上の捜索は諦めて、宿に戻った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ヨゼフへの依頼は、どうやら効果てきめんだったようだ。
以後、オレクからの目立った接触はない。
ヨゼフに相談してよかったな。
なんだかんだと悩んだけれど、ヤナーク家との関係を深めた決断は、結果的にはいい選択だったのかもしれない。
メインストリートで感じた視線も、あれから特に感じていない。やはりあれは、オレクの仕業だったのだろう。
ただ、オレクの件が落ち着いたのはいいけれど、今度は別の問題が浮上してきた。
オレクから脅されている事実を隠そうと、俺はエディタと少し距離を置いたんだが、どうやらこの態度がエディタにとっては大層不満らしい。
あきらかに、俺に対して落胆したような仕草を見せていた。
理由もわからずに距離を置かれたんだから、まぁ当然と言えば当然なのかもしれない。
でも、俺はエディタを護るって決めたんだ。
脅しの事実をエディタに伝えて不安がらせるのは、本意じゃない。
……俺の態度、エディタは実際のところ、どう思っているんだろうな。
少し気になった――。




