第54話 ★国境警備
「再び呼び出して悪かった、勇者マルツェルよ」
謁見の間に、国王シルヴェストルの声が響き渡った。
「いえ、とんでもございません。陛下からのお呼びとあれば、何よりも優先して駆けつけます。それが勇者としての務めですから」
マルツェルは恐縮した態度を見せながら答える。
――チッ! 悪いと思ってるなら呼ぶなってんだよ!
心の中では、悪態をついていたが……。
マルツェルは顔を上げ、シルヴェストルの様子を窺った。
相変わらず、考えを表情に出さない男だった。無表情でマルツェルを見下ろしている。
――いったい何だってんだ。前の謁見からまだ二日だぞ。
身体をゆっくりと休める間もなかった。
死ぬ思いをしたのだ。十日ほどは何もせずにだらだらと過ごすつもりだった。
なのに――。
――まさか、俺たちの嘘の報告に気付いたってことは……ないよな?
ちらりと不安が鎌首をもたげる。
念のため、例の脅した兵士の動向は確認している。マルツェルの嘘をばらそうとした気配は……ないはずだった。
――呼び出される理由がわからないな。
もしや、また無理難題でも押しつけられるのではないか。そんな恐怖心も感じ始めていた。
ぐるりと周囲を見渡した。
控えている宰相以下側近は、誰も彼も口をつぐみ、マルツェルたちをじっと見つめている。
――気味が悪いな……。オレたちに何をやらせたいんだよ!
いいように使われている実感もあった。
勇者という、王国の後ろ盾あってこその地位に就いている以上、仕方のないものだとは理解をしている。
だが、あまりに酷使をされては、マルツェルとしても勇者をやっているうま味を感じられない。
鞭ばかり寄越さないで、飴をもっとくれと訴えたくなる。
「実はおぬしらに、一つ頼みたいことがあってな……」
癖なのか、シルヴェストルはいつものように手であごひげをなで付けながら、マルツェルに告げた。
「はっ! なんなりと」
マルツェルは内心舌打ちしつつも、うやうやしく頭を垂れる。
――やっぱりかよ! 今度の面倒ごとはなんだ?
うんざりしながら、シルヴェストルの話の続きを待った。
「魔族領内へ撤退したとはいえ、風のヴァレンティンの部隊はいまだに健在。そこで……」
シルヴェストルは側に控える騎士にちらりと目配せをする。
「北の国境沿いの国境警備隊について、大幅な増強をしようかと思っているのです」
騎士がシルヴェストルの後を継いで、説明を続けた。どうやら、国軍の将軍クラスのようだ。
「いつまた、ヴァレンティンが襲ってくるかもわかりません。我々は一度、奴らの侵攻のタイミングを見誤っております。ですので、今後はより万全な警戒態勢をとれるように――」
将軍の話を聞きながら、マルツェルはいやな予感を抱き始めた。
――なぜそんな話を今、このオレにする? ……まさか、な。
マルツェルは、この先の話の展開が読めてきた気がしていた。
――しかし、またあそこに行くのか? ……ヤツに殺されかけた場所だぜ。
ヴァレンティンにのしかかられ、槍の穂先を突きつけられた時の絶望感を思い出す。
胸が焼き付くように痛い。胃液が逆流したのではないかと思うほどに……。
「将軍の話したとおりだ。そこで、勇者マルツェルよ」
シルヴェストルは玉座から立ち上がり、片手でマントをバサリと翻す。
「おぬしに、増設の国境警備隊の隊長を任せたい。今、王国で頼りになるのは、勇者であるお主たちの他、ないのだ!」
ひときわ大きな声をあげ、シルヴェストルは右手を突き出し、拳をぎゅっと固めた。
今までの無表情とは一転、熱意のこもった演説だった。
「引き受けて、もらえるな?」
突き刺すようなシルヴェストルの視線を受けて、マルツェルはだらだらと背筋にいやな汗が流れる。
――ちくしょう! ほとんど脅しじゃないかよ!
王国の主要な者が揃って注視しているこの謁見の間で、国王の頼みを拒否できるような人間がいるのだろうか。
「よもや、断られるような事態はないと思っておるが……」
シルヴェストルの口角が上がったような気がした。
マルツェルが絶対に拒めないと考え、自信満々なのだろう。
――さて、オレはどうすべきだ?
マルツェルは思考を巡らせた。
常識的に考えれば、国王の要請は受け入れるべきだろう。
ただ、突っぱねようと思えば、突っぱねられるかもしれない。
何しろ、マルツェルたちは一度魔族を実際に追い払った実績がある――嘘の実績ではあるが。
シルヴェストルが強引に話を進めた結果、最大戦力である勇者に王家への叛意をもたれては困るはず。
――ここで、嫌がる俺たちに対して、国王はどこまで強権的に要求を押し通そうとしてくるだろうか。
勇者から嫌われるのは王家の本意ではないだろうと、マルツェルは睨んでいたが……。
マルツェルはとにかく考えをまとめようと、脳を必死に動かしていた。
「――そういえば……」
悩むマルツェルが答えに窮していると、シルヴェストルは唐突に話題を変えてきた。
「お主たち、人族初の《伝説級》の使い手であったよの」
ぼそりとつぶやくシルヴェストルの声に、マルツェルは肝が冷えた。
突然何を言い出すのだと、シルヴェストルの表情を窺う。
「後学のために、一度|《伝説級》をこの目で直に見てみたいものだな……。のう、皆の者よ」
シルヴェストルはニヤリと笑いながら、周囲の側近たちを見渡した。
側近たちはうなずきながら、「確かに!」やら「作戦の立案の参考になるな!」やら口にする。
――マズい流れだな。……このまま、《伝説級》の披露会なんて話になったら、やっかいだぞ。
今は《伝説級》が使えない状況だ。原因もよくわかっていない。
《伝説級》はマルツェルたちにとっての切り札なので、国王らには使えなくなっている件を報告していない。バレたら、勇者としての権威に傷が付くかもしれなかった。
――くそっ! このタヌキめ。もしや、オレたちが《伝説級》を使えない件、感づいていやがるのか?
脂汗が頬を伝い、ぽたりと床に染みを作った。
マルツェルは思う。ここでシルヴェストルが《伝説級》について、どの程度の情報を掴んでいるのか探りを入れようとすれば、やぶ蛇になりかねないと。
であるならば、執るべき手段は、ただ一つ。
「無礼を承知で申し上げますが、《伝説級》の効果はすさまじいものがあります。この王都で披露するには、危険かと愚考いたしますが……」
適当に理由を付けて、ごまかすしかないとマルツェルは考えた。
「む……。まぁ、確かに、言われてみればそうかもしれぬな」
シルヴェストルは口元に手を当て、考え込む仕草をする。
――よし、話を逸らしたぞ。このまま《伝説級》の話題は終わらせちまわないとマズい。……致し方ないな、国境警備隊隊長の件は引き受けとくか。
王都に残れば、いつまた《伝説級》の件が持ち出されるかわからない。とっとと王家の目の届かないところに逃げたほうがいいだろう。
《伝説級》が今だ使えない中で、これ以上強気にも出られない。王家からの依頼でもあるし、隊長の立場もそれなりに待遇の良いものに違いない。
マルツェルは意を決し、国境警備隊の隊長就任について、諾の意を伝えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マルツェルたちは、北の国境に着いた。
森の一角、ヴァレンティンとの戦いの際に木々が倒され生じた広場に、簡易の宿営地ができていた。
じきに木材できちんとした砦を作るらしいが、今は天幕で我慢だ。
「ったく、なんでオレたちがこんな辺境によぉ……」
「うげっ、虫ばっか……。マルツェルぅ、なんで引き受けたじゃん」
ロベルトとイレナが盛大に愚痴っている。
「うっせーぞ、おまえたち。仕方がないじゃないか、《伝説級》が使えない件、バレたら面倒だ」
「はぁ……。華やかな王都暮らしができると思ったんだけどなぁ」
「当面は諦めろ」
いまだにブツブツ文句を言っているイレナを適当にあしらいながら、マルツェルは周辺の状況を確認する。
するとその時――。
「敵襲ー! 敵襲ーー!!」
物見櫓から、監視の兵の怒声が宿営地に響き渡った。
「勇者様!」
「わかった、すぐ行く」
伝令の兵にうなずいた。
何が起こるかがわからない。いったん素の態度は引っ込め、当面は《バラト》の街にいた時同様の、理想の勇者像を演じようとマルツェルたちは考えていた。
すばやく武具を身につけ、伝令から報告を受けた敵出没現場へと急行する。
「ヴァレンティンが出張ってこないよう、祈るしかないな……」
殺されかけた恐怖がよみがえる。足が震えるも、ここで逃げ出すわけにもいかなかった。
「まったく、損な役回りになっちまったぜ……」
マルツェルは走りながら、己の境遇に愚痴をこぼした。
その後も、敵襲があるたび、マルツェルたちは出動した。
ヴァレンティンの陰に、怯えながら……。
最近は、監視兵が上げる怒声に恐怖も覚えてきた。
いったい、いつまでヴァレンティン出現への恐れと、戦い続けなければいけないのか。
先の見えない状況に置かれ、マルツェルたちの精神は徐々にすり減っていった――。




