第53話 ★王家と魔剣
「さすがは勇者マルツェル。過去例のない、人族で《伝説級》の高みにまで上り詰めた人物だけある」
マルツェルの報告を聞き、シルヴェストルは大きくうなずいた。先ほどまでの無表情から一転し、今は満足げに頬を緩めている。
――よっしゃ! オレの選択は、誤ってなかったぜ!
マルツェルは内心で快哉を叫んだ。
選んだ選択は――偽りの報告だ。
マルツェルは賭に勝った。
脅した兵士は、上司へマルツェルの指示したとおりの報告を上げていたのだ。
マルツェルはとにかく、勇者の権威が下がる結果を是としなかった。周囲から勇者様勇者様とあがめられる今の地位を、どうしても捨てられなかった。
――これで、オレたちの権威も、しばらくは安泰だな。
両脇のイレナ、ロベルトに視線を送ると、二人とも軽くうなずいた。
「さて、三人とも疲れておるだろう。謁見はこのあたりにしておこうか」
シルヴェストルは鷹揚にうなずくと、脇に控える宰相といくつか言葉を交わしている。
――やっと終わったか。早く宿に戻って、ゆっくり眠りたいぜ。……っと、ちょっと待てよ。
マルツェルは視界にちらりと入った魔剣の柄を見て、一つの衝動が沸き起こる。
――ヴァレンティン戦での、魔剣から聞こえたあの声……。国王は何か知っているのか?
魔剣《シュピルベルグ》以下、魔武具はいずれも王家からの貸与品だ。もしかしたら、マルツェルたちには知らされていない、何か特殊な効果を持っているかもしれない。
ただ、そこで一つの疑問も生じる。
もし王家が知っていたとすれば、使用者であるマルツェルに何も伝えていないのは、不自然ではないか、と。
対四魔将での切り札になり得るのが、この魔剣だ。真の力があるのであれば、マルツェルに伝えないわけがない。
――ってーと、あの魔剣の声は、王家も知らないものなんじゃないか?
マルツェルはピンときた。
もし魔剣の声が、王家も了知していない新発見の特殊効果なのだとすれば……。
――秘密にして、オレ自身のためだけに使えば、何かの役に立つかもしれないな……。それに、何かがあった際に、王家との取引材料にもできるか。
マルツェルは顔を上げ、シルヴェストルを見つめた。
まだ、宰相ら側近たちと何やら話し込んでいる。
――王家が知っているかどうか、それとなく話を振って確認してみるか? 声について直接言及せず、魔剣に他に何か特殊能力はないのか聞く形で、ちょいとかまをかけてみるか……。
マルツェルは伺いを立てるタイミングを計った。
シルヴェストルが側近たちとの会話を止め、マルツェルらに向き直る。
「待たせて悪かったな。では、下がって良いぞ。ご苦労だった」
「陛下! 恐れながら、その前に一点、お伺いしたい件があるのですが」
「聞きたいこと、とな?」
シルヴェストルは小首をかしげ、マルツェルに問う。
「はい。……じつは、この魔剣《シュピルベルグ》についてなのですが」
「……かまわぬ。続けよ」
「はっ! ……陛下からこの魔剣を賜った際に、特殊効果として《凍結》に関してお教えいただきました」
シルヴェストルはあごひげをなで付けながら、マルツェルの話に耳を傾けている。
「今後の対四魔将戦に備えて、さらなる力を手にできればと思っているのですが、このシュピルベルグ、何か他に特殊な力でも持ってはいないかと、確認をしたいと考えまして」
「ふむ。隠された力、か……」
シルヴェストルは目を閉じ、何やら考え込むそぶりを見せる。
「勇者マルツェルよ。なぜそのような話を? 我々がおぬしに何か、魔剣に関して隠し立てをしているとでも言いたいのか?」
「い、いえっ、違います! 単に、戦闘とは関係がない別の特殊効果とかもあればいいなと思いまして。そういった効果があれば、もしかしたら何かに活用できるかもしれませんし」
「なるほど……」
シルヴェストルは薄目を開き、マルツェルを見つめる。
「何しろ、太古より受け継がれている魔剣と伺っておりますし……。そこいらの魔武具とは訳が違うのではと」
シルヴェストルの機嫌を損ねたかと、マルツェルは一瞬ヒヤッとした。
「魔剣が何らかの意思を持っていて、所有者に声をかけてくるみたいな機能は、ないのですか?」
横から突然、イレナが質問をぶつけた。
マルツェルはギョッとして、イレナの顔をまじまじと見つめる。
――おいおいっ! 何言っちゃってんの、こいつ!
思わずずっこけそうになった。
せっかく、詳細をぼかして、王家の持つ情報を探ろうとした。
しかし、イレナがそのものズバリで国王に尋ねた結果、マルツェルの企みはもろくも崩れ去った。
文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、さすがに国王以下衆人環視の元ではできない。
マルツェルは歯がみした。
「……声? そのようなものが、聞こえたのか?」
シルヴェストルは目を見開き、マルツェルを問いただす。
「え、えぇ……。ヴァレンティンと一戦交えた際に、シュピルベルグから不思議な声が聞こえた気がしたのです」
マルツェルは渋々答えた。
イレナのせいで、作戦は台無しだ。
謁見の間が、一瞬しんと静まりかえった。
「……はて、心当たりはないな。皆はどうだ?」
シルヴェストルが側近たちに顔を向ける。だが、皆無言で首を横に振った。
――くそっ! やはり、王家も知らない秘密だったのか。イレナがばらしさえしなかったら、今後の対王家へのいい交渉材料になり得たのに……。
マルツェルはジト目をイレナに送った。
だが、イレナは気づきもせず、いい質問をしたとばかりに、誇らしげにしている。
――まぁ、事前に口止めしておかなかったオレの責任でもある、か……。
マルツェルはため息をついた。
「ただ、私たちもその声が何を意味するかまでは、わかっていません」
「そうか……。もし何か気付いたら、報告を上げてくれ。もちろん、相応の謝礼はするぞ」
「はっ。御心のままに」
マルツェルは深々と頭を垂れた。
こうして謁見は終了し、マルツェルたちは王宮を後にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
王宮を出て、マルツェルたちは下町を歩いていた。
「おい、イレナ! 声の件、何でばらすんだよ!」
「悪かったじゃん! マルツェルがそこまで考えて国王に話を振っていただなんて、思ってなかったじゃん……」
マルツェルがイレナに怒りをぶつけると、イレナも顔を真っ赤にして反論する。
「まぁ、言っちまったもんは仕方がねぇやな。これからを考えようぜ、これからをよぉ」
そこにロベルトが割って入ってきて、なだめてきた。
マルツェルは決まり悪く感じ、頭を掻く。
「……言い過ぎた、イレナ。事前の打ち合わせ無しだったのは、オレの責任だしな」
「こっちこそごめんなさい。ああいった場では、マルツェルに全部任せておくべきだったじゃん……」
「よしよし。辛気くさい話はここまでだぁ。オレたちの名誉は守られたんだし、謁見での最低限の目的はきっちり果している。気持ちを切り替えて、さっさと宿の食堂で飯を食おうぜぇ」
ロベルトがマルツェルとイレナの背を軽く叩いた。
マルツェルらはうなずき合うと、いつもの宿に歩を進めた――。




