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第51話 最高の冒険者

 俺は迷っていた。

 迷いの原因は、ヨゼフの口から飛び出した一言だ。


『君たちとは、もっと深く付き合いたいと思っている』


 テラスへと案内され、開口一番、告げられたのがそれだった。

 俺は欄干にもたれかかるヨゼフの横顔を盗み見て、その真意を探る。


 照明がまばゆいホールとは対照的に、テラスは静かで薄暗い。

 表情の細かな変化までは、はっきりと読み取れない。


 俺たちは、ヨゼフやミルシェ――ヤナーク家と、これ以上、関係を深めていいのだろうか。

 今日のパーティーでの、ぐいぐいと距離を詰めてくるヨゼフとミルシェには、正直言って少し困惑した。

 なぜ異国から流れてきた、駆け出しの冒険者にすぎない俺たちを、そこまで気にかけるのか。


 ……命を、救ったからか?

 ……年齢に似合わない力を、持っているからか?


「私はね、君にネサルドの冒険者ギルドの、内部改革に当たる責任者になってもらいたいなと、思っているんだよ」

「えっ?」


 突然、何を言い出すんだ、この男は。


「もしかしたら、君も気付いているかもしれないが……今ギルド内では、だらけたベテラン冒険者が増えていて困っているんだ。しかも、面倒なことに、そういう連中に限って有望な新人を潰そうと、あれこれちょっかいを出している」

「あぁ、なるほど……」


 俺たちに絡んできた中年冒険者オレクの姿が、脳裏に浮かぶ。

 異国出身の俺たちだけじゃない。他の新人たちも、多かれ少なかれ似たような被害に遭っているのだろう。


「そこで、若くて才能のある人間に責任ある地位を任せて、組織に新風を吹き込みたいと考えた」

「理解はできますが、なぜ俺――私に?」


 他にも、有望な若手はいるはずだ。

 立場の微妙な俺たちにわざわざ話を持ちかける理由が、いまひとつ見えない。


「異国の人間のほうが、地元に何のしがらみもなくてね。かえって好都合なんだ。君たちの実力が確かなことは、身をもって知っているし」


 ヨゼフはそこで一度言葉を切り、大きく息を吐いた。


「それに、あの変わったお嬢さん――エディタも、ギルドの一部で人気者になっていると聞いている。そうなると、改革に協力してくれる冒険者も、比較的集めやすいだろう?」


 片目をパチリとつむり、いたずらっぽく笑う。


 うーん……。

 ヨゼフの考え方は、わかった。

 問題は、俺たちがどうするか、だ。


「君たちと、もっと親しく付き合いたい」


 ヨゼフはぐっと身を乗り出し、改めて問いかけてくる。


 うぅ、近い……。


 ただ、そのおかげで、薄暗くて読み取りづらかった表情が、今はよく見えた。

 面白半分、という感じではない。

 少なくとも、俺が感じる限りでは、真剣だった。


 やがてヨゼフは一歩退き、両手を大きく広げる。


「私は知っているよ。君たちが……君たちこそが、我がネサルドの、最高の冒険者だと!」


 ややオーバーにも思える身振りで、ヨゼフは高らかに宣言した。

 少し演技じみても見えるが、貴族にはこういう過度な表現を自然にやってのける人種が多いと、エディタも言っていた。

 これも本心あっての振る舞いなのだろう。


 ヨゼフの声を聞いた側仕えたちは、しきりにウンウンとうなずいている。

 ここまで持ち上げられると、さすがにこそばゆい。


 ホールから、ひときわ大きな歓声が響いた。

 予定されていたダンスはすべて終わり、パーティーもそろそろ閉幕の時間らしい。


 それまでに、俺は何らかの結論を出さなければならない。

 ヤナーク家との関係を深めれば、ネサルドの街での立ち位置は盤石になる。


 一方で、エディタの秘密が明るみに出る危険性は、確実に増す。

 逆に、距離を保てば、エディタの安全は守りやすいだろう。

 しかし、街に溶け込むためには、これまでどおり地道な努力を続ける必要がある。


「娘と、今後とも仲良くしてやってくれないか? 命を救われてからというもの、すっかり君に懐いてしまってね」


 ヨゼフはホールに視線を送り、ミルシェの姿を目で追った。


 くっ……。

 ダメ押しに、「娘をよろしく」か。


 いよいよ決断の時だろう。

 肯定すれば、関係深化。

 濁せば、やがて疎遠になっていくはずだ。


 俺は、今日一日の出来事を思い返す。

 今回のパーティーを通して、エディタが自分にはない、とてつもなく豊かな知識や技術を備えていると、改めて思い知らされた。

 いてくれて、本当によかった。

 心からそう思える、大切な仲間だ。


 そんなエディタを、危険にさらしていいのか。

 俺は……俺の選択は……。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




「私たちは、これ以上――」


 答えは、否。

 エディタの安全を、俺は最優先に取った。


 ……そのはずだった。だが――。


「君たちは、コーシェ王国の現状を知りたくはないか?」


 唐突に、ヨゼフが問いかけてくる。


「今、コーシェに起こりつつある問題を、君たちは知っているかい?」


 問題――だって?

 ……まさか、エディタの追放の件とは別に、何かが起きているのか?


 何と答えるべきか、俺は一瞬迷った。


「魔族の活動が活発になりつつあってね。コーシェ王家の予想よりもはるかに早く、魔族の軍がコーシェと魔界の境界に現れた、という報告が私の手元に届いているんだ」

「えっ?」


 知らなかった。

 ということは、マルツェルたちも戦場に駆り出されているのか?


 胸の奥に、棘のような痛みが走る。


「実は、我が国の国境付近にも、ちらほらと魔族の出没情報が上がり始めていてね。国境警備の強化も含めて、国軍兵の多くを王都に招集している。もう、人族同士で争っている場合ではなくなりつつある、というわけだ」

「私にそこまでの情報を流しても、大丈夫なんですか?」

「なに、かまわんさ。今話したことは、情報に聡い者なら、多少手間をかければ辿り着ける程度のものだ。それに――」


 ヨゼフは、ニヤリと口元を緩める。


「君に、私たちへの興味を持ってもらいたいからね」


 仲良くしてくれるなら、貴族同士のネットワークから得られる情報も提供しよう――と、ヨゼフは申し出た。


 魅力的な話だった。

 今後、エディタを連れてコーシェ王国に戻る機会を探るとして、そのための判断材料として、こういった情報は非常に価値がある。

 総合的に考えれば、俺たちに好意的な貴族であるヨゼフと懇意にしておいたほうが、将来的な利は大きいのかもしれない。


 何より、ヨゼフとは「命を救った」という、信頼関係の土台がある。

 ここから新たに、別の貴族とのコネを一から築くより、よほど安全だ。

 俺は悩みに悩んだ末に――ヨゼフの差し出した手を取り、握手を交わした。


 ……それでも、胸の奥にごく小さなひっかかりが残っていた。


 けれど俺は、それを「場慣れしていないせいだ」と自分に言い聞かせて、今は深く考えないことにした。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 ホールに戻った俺は、エディタ、ティーエと合流した。


 パーティーもお開きの時間だ。

 俺たちは会場を後にする準備を始めた。


「では、今後ともよろしく頼むよ」


 別れ際、ヨゼフが声をかけてくる。


「こちらこそ」


 固く握手を交わした。

 長い付き合いになるかもしれない――そんな予感がよぎる。


「デニス……。是非、またいらしてね」


 ヨゼフのすぐ後ろで控えていたミルシェが、少し恥ずかしそうに言った。


 うーん。

 好意を向けられるのはうれしいが、相手は領主の娘だしなぁ……。


 ちらりと隣のエディタを見る。

 少しむくれているような、なんとも言えない表情を浮かべていた。

 その後ろで、ティーエが苦笑している。


 俺はとりあえず、当たり障りのない微笑みを返しておいた。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 宿への帰り道、俺はエディタ、ティーエと並んで歩いていた。


 ちなみに、服はヤナーク邸で着替えさせてもらっている。

 さすがに、盛装のまま下町を歩き回るわけにはいかない。


「これで、ネサルドでの確固たる足場を固められた……かな?」


 夜空を見上げながら、つぶやく。

 こうして星空を眺めていると、煌びやかだったパーティー会場が、どこか遠い夢だったようにも思えてくる。


「中級冒険者にもなりましたし、もうすっかり街に溶け込めたと言えるのではないでしょうか」


 エディタも同意するように言った。

 俺はうなずき、二人へ向き直る。


「ここまで来られたのも、みんなの力があってこそだと思う。……本当に、ありがとう」


 エディタもティーエも、うれしそうに笑った。

 同じ気持ちを共有できた、そんな満足感が胸に広がる。


「これからも、三人で力を合わせて――」


 胸の奥から、じんわりと熱いものが込み上げてきた。

 この想いを、分かち合いたい……!


 気づけば、俺は無意識のうちに片手を上げていた。

 エディタたちも、同じように片手を上げる。


「この街で、一緒に頑張っていこうっ!」


 声を張り上げ、パンッと大きな音を立てて、互いの手を打ち合わせた――。


 手を離したあと、エディタはそっと胸元に指先を当てた。

 さっきまでのダンスを思い出しているのか、わずかに肩が上下している。


 横顔は笑っているのに、伏せたまつげの奥の色が、どこか揺れて見えた。

 その表情を見ていると、胸の奥が少しざわつく。


 仲間としての喜びだけじゃない、別の何かが混じっているような――そんな気がして、思わず視線をそらした。

 その気持ちがなんなのか、俺はまだうまく言葉にできなかった。

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