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第49話 ☆お役に立てましたか?

 エディタは、緊張していた。


 きらびやかなパーティーに対してではない。

 王宮で暮らしていた頃、より華やかな催しには幾度となく出席してきた。今さら怖じ気づくことはない。


 緊張の原因は、隣で自分の手を引いている、デニスだ。


 伯爵邸に入り、二人並んでパーティー会場を目指している。ティーエも、すぐ後ろを付いてきていた。


――はたして、わたくしはデニスのお役に立てたのでしょうか……。


 この二十日間のレッスンの成果が問われる今日。

 このパーティーの最中に、デニスから直接、それを尋ねてみようと、エディタは心に決めていた。


――もし、デニスに否定されたら……。大して役に立っていないと、バッサリ切り捨てられてしまったら……。


 緊張と不安が入り交じり、胸が少し苦しい。


 一方で、デニスの手は震えていた。

 慣れない雰囲気に気圧されているのだろうと、エディタは推測する。


「緊張なさっているのですか、デニス」

「ま、まぁな……。こんな舞台に立つのは、初めてだし」

「ふふっ、あなたなら大丈夫ですわ」

「だといいんだけどなぁ……」


 デニスは苦笑いを浮かべている。


――わたくしは、きちんと笑えているでしょうか。


 デニスの前で、自分まで緊張しているそぶりを見せてはいけない。

 マナーやダンスの指導役を買って出た以上、教え子の前で動揺を見せるわけにはいかない――と、エディタは自らを戒めた。


 しばらく廊下を歩くと、ざわめきが耳に届き始める。

 パーティー会場の入口が見えてきた。


「いざ、わたくしたちの戦場に、参りましょう」

「……あぁ、そうだな」


 デニスとうなずき合い、エディタはホールの中へ足を踏み入れた。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 ミルシェの誕生パーティーが始まった。


 予定が順調に消化されていく中で、エディタはデニスと二人きりになれる機会をうかがっていた。


 しかし、その前に障害があった。

 パーティーの主役、ミルシェ嬢だ。


――ミルシェ様はどうやら、デニスに興味がおありのご様子ですわ……。


 何度かデニスのもとへ向かおうとしたが、ミルシェが常にデニスの側に張り付いていた。

 パーティーの主役だけあって、周囲には人も多く、声をかけづらい。


 やがて、ダンスが始まる。

 最初の一曲は、主催のヨゼフとミルシェが踊ることになっていた。


 この隙にデニスの側へ――と思ったエディタだったが、どうやらミルシェは、次のパートナーとしてデニスを誘っていたらしい。

 デニスの周りには、ミルシェの取り巻きらしきご令嬢たちが、彼を護るように陣取っている。


――さすがに、あの輪の中へ入る気にはなれませんわね……。


 エディタはため息をつき、ドリンクを取りに、手近なテーブルへ移動した。


――しばらくは壁の花となりつつ、デニスの様子を窺いましょう。


 視線をホールに戻すと、デニスとミルシェが踊り始めていた。

 滑らかな足運びで舞うデニスを見て、エディタは複雑な思いを抱く。


――指導した成果が見事に発揮されているのは、とても喜ばしいですわ。ですが……、ですが、お二人の様子を見ていると、なんだか胸が痛い……。


 エディタはホールから目をそらし、天井のきらめく明かりを見上げた。

 その光は眩しいほどに美しいのに、心の内はどこかもの悲しい。


「失礼。……お嬢さん、楽しんでおられますかな?」


 不意に、声をかけられた。


「あら……ヨゼフ様」

「素敵なお嬢さんが壁の花だなんて、もったいない。何人かチラチラとあなたを見ておりますよ? 踊ってきてはいかがかな?」


 ヨゼフの言うとおり、確かに視線を感じてはいた。


――ですが、わたくしは踊るとしたら、まずはデニスと――と誓っております。


 デニス以外の青年が寄ってこないよう、あえてエディタは、あからさまな拒絶の雰囲気を漂わせていた。

 ティーエもエディタの思いを察したのか、さりげなく周囲を牽制してくれている。


「わたくしは……。わたくしは、ただの冒険者です。踊るとしたら、デニスとがふさわしいかと。貴族の男性のお相手は、とてもできませんわ」

「そのようなことは、ないと思うのだが……」

「買いかぶりすぎですわ」

「フム……」


 ヨゼフは、じいっとエディタの姿を見つめた。


――ヨゼフ様は、わたくしに興味がおありのようですわ。ボロを出さないよう、気をつけなければ……。


 ヨゼフはにこにこと微笑みながら、なかなかエディタの側を離れようとしない。


――庶民出身の冒険者としては似つかわしくない言葉遣いをしているわたくしが、よほどおもしろおかしいようですね。あえて道化を演じているので、腹立たしいわけではありませんが……。


 エディタは、ため息をひとつ。手に持つドリンクをぐいっとあおった。


「いやいや、まるで本当に、どこぞのお姫様かと思うほどですよ」

「……いやですわ。からかわないでくださいませ」

「おっと、失礼失礼」


 ヨゼフは、忍び笑いを漏らす。


――気付かれた……? というわけでも、なさそうですわね。


 ドキリとした。グラスを持つ手のひらに、汗がにじむ。


 ヨゼフの表情や態度からして、完全に冗談のつもりで口にしているのはわかる。

 だが正体を気取られまいと気を張り詰めているせいか、つい悪い方向に考えてしまう。


――冷静に、冷静に……。何食わぬ顔で、応対しなければいけませんわ。


 ふうっと大きく息を吐き、エディタは気持ちを切り替えた。


 その後もヨゼフは、あれこれとエディタに話しかけてきた。

 エディタは失礼のない範囲で、当たり障りのない返答を心がける。


 ちらっとホールに視線を向けると、ちょうどデニスとミルシェのダンスが終わったところだった。


――よし、今度こそ。


 今日は、これまでのレッスンでの努力の成果を見せる特別な日。

 是が非でもデニスと二人きりになり、自分が役に立てたのかどうかを確かめたい。


 エディタは決して諦めなかった。


 グラスをテーブルに置く。


「申し訳ございません。そろそろ……」


 ヨゼフに断りを入れ、デニスをダンスに誘うべく歩き出そうとした――その時。


「まぁまぁ、このような機会、めったにないのだから、もう少し話をしていかないか?」


 ヨゼフはにこりと笑い、エディタの進路を遮ってきた。


――困りましたわ……。もしや、ミルシェ様とデニスを二人きりにさせようという、親心でしょうか……。


 このままでは、デニスはまたミルシェに取られかねない。

 二回続けて踊る程度なら、マナー違反でもないからだ。


 エディタがどうしたものかと頭を悩ませていると――誰かが近づいてくる気配を感じた。

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