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第48話 招待状

 俺は、迷っていた。


 目の前のテーブルに、一通の手紙が置いてある。

 この手紙の中身こそが、俺の苦悩の原因だ。


 封書の中には一通の便せんと……ネサルド領主ヨゼフの娘、ミルシェの誕生パーティーへの招待状が同封されていた。


 盗賊に襲われていたヨゼフたちを助けた際、報酬として提示されたのが、この誕生パーティーへの参加。

 冒険者ギルドへ調査報告を済ませた日の夕方、とうとう、俺たちの宿に、その招待状が届いたというわけだ。


 ちなみにギルドへの報告では、若い竜が偶然付近を通りかかり、食料を求めて魔獣を倒していたらしい――と伝えておいた。


 この点については、別段嘘偽りはない。ミリアムは若竜だし、そのミリアムが魔獣を狩っていたのも食糧確保のためだったみたいだしな。


 ただ、怪しい少女の正体については伏せておいた。

 竜が人化する、なんて情報は、どうやら一般には広まっていない様子だ。真実を話したところで、信じてもらえる気がしない。


 若竜が遠くへ飛び去っていくのを目撃したから、もう街の東側の依頼を受けても問題なさそうだ――とだけ、モニカさんには説明した。


 モニカさんの話では、今回の調査依頼の達成で、近いうちに俺たちは中級冒険者へとランクアップする見込みだという。

 ありがたい。楽しみに待つとしよう。


 中級になれれば、もういっぱしの冒険者として扱ってもらえる。アホな輩に絡まれる事態も、きっと激減するだろう。


 こんな感じで、調査報告依頼については一件落着していた。


 目下、俺が解決しなければいけない問題は――ミルシェの誕生パーティーへの参加について、だ。


「楽しみですわね、デニス」


 エディタは嬉々として招待状を手に取り、胸に手を当ててうっとりと目を閉じている。


「マジかよ……。貴族のパーティーなんて、堅っ苦しそうだから勘弁願いたいんだけど」

「そんな! もったいないですわ。せっかく有力者と顔つなぎができる好機、活用しない手はないと、わたくし思いますわ!」


 元王族のエディタにとって、地方貴族の小さなパーティー程度では、物怖じする要素など皆無なのだろう。

 でも、俺は違う。ただの一般庶民だ。


 パーティーはおろか、貴族の邸宅に足を踏み入れた経験すらない。


 ……先が、思いやられるなぁ。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 俺が参加を渋っているのには、理由がある。


 どういうことかと言えば――誕生パーティーが、思っていたよりもずっと大規模なものだったからだ。

 てっきり、内輪のささやかな催しだと軽く考えていた。だが、実態は全然違った。


 他の貴族も招いている手前、きちんとしたマナーが求められる。ダンスも踊れるようにしておく必要があるらしい。


 俺があまりに無作法を見せてしまえば、招待主であるヨゼフの顔に泥を塗りかねない。


「パーティーは二十日後だろ? 無理だ。俺には無理だよ!」


 思わず愚痴りたくもなる。

 俺にとって誕生パーティー参加は、褒美でも何でもない。ただの苦行だった。


 一方でエディタは、当日どんな服を着ていこうかと楽しげに悩んでいる。ティーエもエディタに感化されたのか、ドレスの色についてあれこれと話していた。


 服については、ヨゼフが費用を持ってくれる話になっている。これも報酬の一環だそうだ。


「ったく、お気楽でいいよな」


 喜ぶ女性陣を尻目に、俺は頭を抱えた。


 俺は貴族の常識やマナーなんてわからない。

 ダンスだって、もちろん踊ったことはない。


 エディタに教えを請えば、きっと準備も順調に進む。……頭ではそうわかっているのだが。


 ただ、俺のちっぽけなプライドが邪魔をして、エディタに素直に手助けを求められなかった。


 だって、恥ずかしいじゃないか……。

 小さい子供みたいに、手取り足取り教えてもらうことになるんだろう?




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 どうするか決めきれないまま、二日が経った。


 マズい。マズいぞ……。


 時は刻一刻と過ぎていく。

 合間に冒険者としての依頼もこなさなければならないから、準備に使える時間は思った以上に少ない。


 にもかかわらず、マナーにせよダンスにせよ、何一つ進展のないままだ。


 街で先生を探す手も考えた。


 だが、人を雇えるほどの金なんて持っていない。


 じゃあ本で学べば――とも思ったが、ダンスを本に載っているイラストだけで理解しろだなんて、無理だ。

 少なくとも、俺にはできない。

 八方塞がりだった。


 俺はどうすればいい?

 いい加減、マナーなりダンスなり、何かに手を付けなければ当日までに間に合わない。


 ……やっぱり、エディタの助力を得るべきだよなぁ。


 俺はエディタとティーエの様子を、ちらりと窺った。


 いつのまにかティーエは、エディタにマナーなどの手ほどきを受けていた。

 素人の俺から見ても、目に見えて上達している。


 むむぅ。ティーエに置いてきぼりを食らっているな。

 仕方がない。ここは、恥を忍んで……。


 俺はティーエの隣に腰を下ろした。


「えっ?」


 ティーエとエディタが、驚いたように目を大きく見開く。だが、俺は何食わぬ顔だ。

 ティーエの動きを注視し、見よう見まねでテーブルマナーの訓練を始める。


「えっ? えっ?」


 二人から当惑の声が上がるが、やはり俺は何食わぬ顔だ。


 む……。ナイフの動き、意外と難しいぞ……。


「どうした、ティーエ。手が止まっているぞ」

「いや、あの……。何してるんだい、お兄ちゃん」


 ティーエが苦笑しながら俺を見つめる。


「気にしないでくれ。ティーエの真似をしているだけだ」

「いや、それはわかるんだけど……。なんでまた」

「あの、デニス? わたくしが、あなたにもきちんとお教えいたしますわよ」


 エディタは困惑気味だ。


「それには及ばないよ。エディタの手を煩わせたくないし、こうしてティーエの真似をすれば」

「お兄ちゃん……、それはないと思うよ」


 ティーエは大きくため息をついた。


「デニス、男性と女性で異なる作法もありますので、ただティーエを真似るだけというのも、少々考え物ですわ」

「マジか?」

「えぇ、……マジなのです」


 エディタの指摘に、俺は肩を落とした。


 ……参ったな。


「もしかしてデニスは、わたくしからものを教わるのが、お嫌なのですか?」


 エディタが、悲しそうに呟く。


 うっ……。そうじゃない。

 ただ、気恥ずかしいというか、何というか……。


 うーん、やっぱだめだな。こんな態度じゃ。


 えぇい、デニス。

 頼む時は、きちんと誠意を持って頼め!


 俺は頬を軽く叩き、席を立った。


「すまない、エディタ! どうか俺に、マナーやダンスを教えてくれないか!」


 エディタの前で、土下座した。

 これが、俺にできる最大限の誠意だ!


 二人のあきれたようなため息が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう……。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 俺はエディタの助力を得る道を選んだ。

 エディタはニコニコしながら、手取り足取り、俺にいろいろなことを教えてくれた。


「まったく……。恥ずかしがらずに、さっさとエディタにお願いすべきだったな」

「うふふ。そう言っていただけると、教える側としてもうれしいですわ」


 今はエディタとダンスのレッスン中だ。


 何度もエディタの足を踏んづけてしまったが、エディタは表情を変えず、我慢強く付き合ってくれている。

 自分でもわかる。めきめきと上達しているのが。

 これなら、パーティーの日までには、なんとか格好が付くはずだ。


 パーティー前日まで、エディタとのレッスンはみっちり続いた。


 エディタはこれでもかと言うほどお節介を焼いてくれ、終わってみれば、俺自身驚くほどの成果を上げていた。


 やっぱり、エディタはすごいな……。

 ステータスごり押しではどうにもならない、様々な知識や技術を持っている。


 エディタ自身は、自分には返せるものが何もないと悩んでいたみたいだが、とんでもない。

 俺は、多くのものをエディタから受け取っている。


 あまり自分を卑下せず、もっと自信を持ってもらいたい。

 そんなふうに、俺は思う。


 それに今回のレッスンで、思いがけない副産物も得られた。


 ダンスの滑らかで情熱的な動きを、戦闘時の立ち回りに応用できるのではないか――そんな着想が、俺の頭に浮かんだのだ。


 いつか試してみようと思う。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 ついに、ミルシェの誕生パーティーの日がやってきた。


 俺たちは今、領主邸の前で、いざ戦場へと向かうような心持ちで立っていた。


「い、いよいよだな……」


 この二十日間の準備の真価が問われる。

 ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「よ、よし。行こう、エディタ、ティーエ」


 俺はエディタの手を取り、並んで足を踏み出した。ティーエもすぐ後ろに付いてくる。


 きらびやかに光り輝く領主邸へ、期待と不安を胸に、俺たちは乗り込んだ――。

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