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第47話 竜の母娘

 ミリアムはびくりと身体を震わせ、慌てて俺から離れた。

 なんだか、顔面が蒼白になっているような……。


「う、うげっ、なのだ……」

「あら、『うげっ』とは失礼ね。『うげっ』とは」


 ミリアムは恐る恐るといった様子で振り返る。


「か、母さん……」

「うふふっ、ミリアム。何をやっているのかしら?」

「こ、これは……。えぇっと……」


 ミリアムはうつむいてモジモジしている。


 それにしても、『母さん』ってことは、もしかして……。


「あ、あのぉ……」


 俺は恐る恐る声をかけた。

 女性は俺の顔を見て、すこし怯えたような表情を浮かべる。


「あ、あら……。あなたは……」


 女性はミリアムと俺の顔を、交互に見比べた。


「あぁ、なるほど。そういうわけですか……」


 納得したようにうなずくと、ミリアムの後頭部に手を置く。


「さぁ、ミリアム。ご迷惑をおかけしたそちらの方に、きちんと謝りなさい!」

「で、でも、母様……」

「でもじゃありませんっ!」


 ミリアムはビクッと肩を震わせた。


「デニス、ゴメンなのだ。すごく……すごく、迷惑をかけたのだ」


 女性の手に押されながら、ミリアムは俺に向かって頭を深く垂れる。


「いや、別にかまわないけれど……」


 俺は戸惑いながらも、謝罪を受け入れた。


「えぇと……デニス、さん?」

「はい、デニスです」


 女性の問いに、俺はうなずく。


「あの……先日は大変失礼しました。人間が私の娘を襲いに来たのかと勘違いし、頭に血が上っておりまして……。まだミリアムの歳では、人間に負ける可能性もありますからね。つい、怒りにまかせて、見境なく周囲を破壊してしまいました。お恥ずかしい限りです」

「ってことは、やはりあの時の古竜?」

「そうなりますね。アデーラと申します」


 女性――アデーラは、服の裾をちょんとつまみながら礼をした。


「俺だって事情も知らず、いきなりあなたに攻撃を加えたわけですし……。あのまま街道近くで暴れられるとマズいと思い、住処に帰ってもらおうと実力行使させてもらいました。こちらこそ、すみません」


 とりあえず、アデーラと戦う展開にはならなそうだ。

 ホッと胸をなで下ろす。


「それにしても、この跳ねっ返りときたら……。まさか、あなたに興味を抱いて後をつけ回したりするなんて。あなたと戦った話など、するんじゃなかったと後悔しています」


 アデーラはミリアムをじろりと睨む。

 ミリアムはシュンとして肩を落とした。


「幼竜は情緒が未熟で、気持ちの振れ幅が極端なのです。いても立ってもいられなくなったのですね」


 アデーラは小声で説明を添えた。


 しおらしくしているミリアムを見ていると、普段の母と娘の力関係がどうなっているのか、容易に想像がつく。

 笑っちゃ悪いと思いつつも、つい口元が緩んだ。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




「さぁ、帰るわよ、ミリアム」

「えぇー。もっとデニスとお話をしたいのだ!」

「だーめーでーすっ!」


 アデーラはきっぱりと言い切り、ミリアムの手を引いた。


「あっ、あっ……。母さん、本当にちょっと待つのだ。デニスに伝えたいことがあるのだ!」

「……少しだけですよ?」

「やったー! 母さん、大好きなのだ!」

「まったく、この子ったら……」


 アデーラは頭を抱えている。


 一方でミリアムは俺の元に駆け寄り、にっこりと微笑みながら口を開いた。


「なあなあ、デニス。あたしと友達になって欲しいのだ」

「えっ?」


 唐突なミリアムの頼みに、俺は目を見開いた。


 ドラゴンと友達に?

 そんなの、ありなのか?


 ミリアムは期待に満ちた目で、じっと俺を見つめている。


 どうしよう。なんて答えるべきだろうか……。


 ミリアムは俺に敵意を抱いていない。

 ちょっと怖い気もするけれど、友達になら、なってもいいかなと思う。


 俺には《信頼》がある。

 もし何かの事情で共闘することになったら、心強い味方になってくれるかもしれない――そんな打算も、少しあった。


 よし、受け入れるか。


「わかった――」

「ダメです!」


 俺の返事を遮るように、アデーラが声を張り上げた。


「な、なんでなのだ!」


 ミリアムは顔を真っ赤にし、アデーラの胸元をぎゅっと掴む。


「……あなたのためよ。デニスとは、これ以上関わって欲しくないわ」

「どうして……」

「デニスがダメって言いたいわけじゃないの。ただ、彼と関わることで、他の悪意ある人間と接触する機会が増えるのが怖いのよ」


 アデーラはミリアムの肩に手を置き、優しく諭す。

 だがミリアムは納得がいかないようで、頬を膨らませた。


「デニス以外の人間なんて、取るに足らないのだ!」


 ミリアムは叫び、アデーラの手を払いのける。


「人間を甘く見てはいけません! あなたくらいの年齢では、勇者と呼ばれる人族を相手にすれば、負ける可能性のほうが高いのですよ」

「そ、そんなことないのだ!」


 母娘の口論は、徐々に熱を増していく。

 傍から見ている俺も、ハラハラしてきた。


「母さんの分からず屋!」

「まぁ! 母に対して、なんて口を利くのです!」


 なんだか、雲行きが怪しくなってきた。

 二人は互いににらみ合い、身構える。


「ね、ねぇデニス。止めないと危険じゃないかしら……」


 エディタが側に寄ってきて、俺に耳打ちする。

 俺も同感だ。

 ドラゴン二匹の親子げんかなんて、勘弁してくれ。森が丸ごと一つ消えかねない。


「はいはい、そこまでだ!」


 俺は手を叩きながら、二人の間に割って入った。


「邪魔しないで欲しいのだ!」

「そうです。これは、私たち親子の問題……」

「あー、もうっ! 面倒くさい!」


 俺はたまりかねて、再度《身体能力向上・超級》の詠唱を始めた。


 とたんに、ミリアムは青ざめる。


「ま、待つのだ……。それは、だめなヤツなのだ……」


 ミリアムは大慌てで、両手をパタパタと振った。


 もちろん、この詠唱は見せかけだ。

 すでに俺には、《伝説級》を放てるだけの魔力は残っていない。


「マズいのだ、母さん。デニスが怒っているのだ! あれは、母さんをボコボコにしたデニスの奥の手なのだ!」

「えっ!?」


 ミリアムの指摘に、アデーラもさっと顔色を変えた。


「喧嘩は、もうやめるか?」


 俺は、あえて抑えた声で二人に問いかける。

 ミリアムもアデーラもうなずいたので、俺は詠唱を止めた。


「……脅したみたいで悪かったな」

「勘弁して欲しいのだ」

「あの……実はまだ、あの時のあざが首に……」


 うーん、予想以上に効果てきめんだったようだ。

 ……やりすぎたか?

 まぁ、二人とも冷静になったようだし、とりあえずひと安心だ。


「俺の側にいる限りは、悪意ある人間に手出しをさせるつもりはないぞ。……友達は、俺が護ってみせる!」


 俺は胸を叩き、二人に宣言した。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 結局、アデーラは折れた。

 俺の「護る」という宣言を好意的に受け止めてくれたらしく、ぎゅっと俺の手を掴み、ミリアムをよろしくと頼み込んでくる。


「まかせとけって」

「ありがとうなのだ!」


 横からミリアムが抱きついてきた。

 いつのまにか、薄紅色のエプロンドレス――ピナフォアに着替えている。これも、アデーラの力なのだろうか。


 ミリアムがまとっていた血なまぐささは消え、甘ったるい香りが鼻腔をくすぐる。

 バラか何かの香水が、布地に染み込んでいるのか?


 とにかく、さっきまでのような不快感はみじんもない。


「お友達になった証に、これを渡しておくのだ」


 ミリアムは懐をあさり、何かを取り出した。


「さぁ、さぁ! ありがたく受け取るのだ!」


 やや強引に押しつけられたそれを、俺は手に取る。


「笛? ……竜をかたどっているのか」


 くれるというのなら、ありがたく受け取っておこう。

 意匠が細やかで、美術品としても一級品のように思えた。


 ……もちろん、売っ払うつもりなんてないけどな!


「ありがとう、大事にするよ」


 ミリアムはぱぁっと笑顔になり、満足そうにうなずく。

 そのまま俺の耳元に顔を寄せ、ささやいた。


「いつかあたしと組んで、一緒に戦って欲しいな。母さんを、ぶっ倒してみたいのだ」

「え?」

「あんな頭の固い母さんだしさぁ……。一発ぎゃふんと言わせて、主導権を取りたいのだ。デニスと一緒なら、きっとできると思うのだ。デニスは、あたしの認める、唯一のライバルなんだから!」


 ミリアムは俺から離れると、右手を前に差し出し、人差し指と中指をビッと突き立てた。


 どこまで本気なのかはわからない。

 まぁ、俺が《信頼》を使いこなし、十分に強くなったと自信を持てるようになったその時は……。

 ミリアムの頼みを聞いてやるってのも、ありかもしれない。


 ミリアムはそのままアデーラの元に行くのかと思いきや、なぜだかエディタの側へ寄っていった。

 ミリアムが何かを耳打ちすると、エディタは一瞬きょとんと目を瞬かせ、すぐに視線を落とした。

 まるで、自分の胸の内と比べてしまったかのように見える。


 次の瞬間には、いつものように微笑みを作り直していたが、その笑みの端が、ほんの少しだけ震えていた気がした。


 俺には、何を言われたのかまではわからない。険悪な雰囲気は感じないので、悪意のある言葉を投げかけられたわけでもないだろう。

 とはいえ、少し気になった。


 ミリアムはエディタから離れると、俺に顔を向けて片目をパチッとつむる。

 そこに、アデーラの声が飛んできた。


「ミリアム、もういいでしょう? さ、帰るわよ」

「わかったのだー」


 ミリアムは返事をし、アデーラの元に駆け寄っていく。


 そのまま竜の母娘は連れ立って、森の奥へと消えていった――。

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