第46話 ふたたび《伝説級》
俺は振りほどかれないよう、必死になってミリアムの首にしがみついた。
『グルルルルルッッッ!』
先ほどからミリアムは大きく首を振り回し、うなり声を上げている。
「お願いだっ! ミリアァァァムっ!」
俺は懸命に叫んだ。
頼む、怒りを静めてくれ、ミリアム!
巨大な尻尾で地面を何度も叩く様子は、まるで地団駄を踏む子供のようにも見える。
激しく身体を揺さぶられながらも、俺は抱きつく力を弱めない。
今のこの動揺を逃したら、ミリアムをなだめる好機は二度と訪れないはずだから。
しがみついて耐え続けていると、少しずつではあるが、ミリアムの動きが落ち着いてきた気がした。
「ミリアムっ! 頼むっ!」
俺はダメ押しだとばかりに、もう一度大きな声を上げる。
とうとう、ミリアムは動きを止めた。
同時に、竜の全身を白いもやが覆い始める。
どうやら、再び人化するようだ。
俺はミリアムの首から離れ、地上に降り立った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
白いもやが消えると、少女の姿に戻ったミリアムが立っていた。
両腕を組み、ぷっくりと頬を膨らませている。
「デニスが悪いのだ! どうして本気を出さない!」
ミリアムは俺をキッと睨んだ。
「あれが、まちがいなく俺の今の本気だ。……君の母親と戦った時は、事情があっていつも以上の力が出ていただけで――」
「だったら! だったら、もう一度その力を見せるのだ!」
ミリアムは大きな身振りで、涙目になりながら訴える。
「それは……できない」
「なんでなのだ!」
ミリアムの叫びは、もう悲鳴に近かった。
くそっ、胸が苦しい……。
俺だって、見せてやれるものなら見せてやる。
でも――。
かつてのティーエムちゃんの支援があればこそ、俺は古竜を圧倒できた。
もし、故郷の礼拝堂で、ティーエムちゃんの提示した別の『妹』を選択していたなら、もう一度あの人外の力を示せたかもしれない。
だが、俺は「ほどほどの支援を長期で受けられる」今のティーエを選択した。
だから、ミリアムの欲する力は、もう見せてやれない。
「この程度の力じゃ、母さんに勝てるはずがないのだ……。絶対におかしいのだ……」
ミリアムはうなだれる。
こんなにしょんぼりした姿を見せられちゃ、さすがにかわいそうになってくる。
くそっ、どうすればいい?
手っ取り早いのは、やはり《伝説級》を見せることだろうけど……。
俺はちらりと、エディタの顔をのぞき見た。
まだ、俺が《伝説級》を扱える事実を、エディタには伝えていないんだよな。
古竜と戦った際、《伝説級》スキル《身体能力向上・超級》を使ったけれど、事前準備は古竜戦前にすでに済ませていた。
気を失っていたエディタは、きっと気付いていないはずだ。
いずれはエディタにも、《信頼》の真の力について話さないといけない。
ティーエが創造神だという件を伝えるかどうかは、ティーエ次第だとしても。
ただ、今この場に限っていえば、ミリアムに《伝説級》を見せるのが一番効果的だと思う。
エディタは驚くだろうが、後でしっかりフォローするしかない。
俺は決断した。
「かつての力そのものは見せられない。けれど、君の母親を圧倒した力の片鱗だけなら、見せようじゃないかっ」
ミリアムは半信半疑といった様子で、俺の顔を見つめている。
「デニス?」
エディタが不安げにつぶやいた。
俺は心配するなと、片手を上げて見せる。
「じゃあ、見せてみるのだ!」
俺はうなずき、詠唱を始めた。
今回も使うのは《身体能力向上・超級》だ。
今の俺でも、このスキルを使用すれば、フィジカルステータスでミリアムを上回れる。
この力で一発パンチを入れれば、ミリアムも納得してくれるだろう。
「デニス……。その不思議な詠唱は、もしかして……」
エディタは何かピンときたらしい。
そういえば、マルツェルたちが古竜相手に《伝説級》を使おうとしていた、とエディタは語っていた。
《伝説級》の詠唱が、《上級》以下のものとは長さも雰囲気も異なる事実に、気付いていてもおかしくはない。
俺はエディタに顔を向け、ニヤリと笑った。
「よし、いくぞ! 《身体能力向上・超級》!」
詠唱が完成し、俺の身体が一瞬、薄ぼんやりと白く輝く。
「いつでも来い、なのだ!」
ミリアムは身構え、迎撃態勢を取った。
俺は地面を蹴り、一直線にミリアムへ迫る。
「えっ!?」
ミリアムは、俺の動きに視線が追いついていないようだ。
「遅いっ!」
ミリアムの懐に入り込み、右拳で思いっきりみぞおちを打ち抜いた。
「あうっ!」
悲鳴を漏らし、ミリアムは後方に吹き飛ぶ。
かなりきれいに入ったので、それなりのダメージになったはずだ。
筋力・敏捷が二百近い今の俺の一撃を食らっては、さすがのミリアムもただではすまないだろう。
砂埃がもうもうと巻き上がる。
「うぅ……。き、効いたのだ……」
ミリアムのうめき声が聞こえた。
「どうだ。納得してくれたか?」
「う、うん……」
砂埃が収まる。
そこには、にっこりと笑みを浮かべたミリアムが立っていた。
「やっぱり……。やっぱり、母さんをボッコボコにしたのは、デニスだったのだ!」
ミリアムはうれしそうに飛び跳ねる。
一方で、
「デニスがすごい力の持ち主なのだと、改めて実感いたしましたわ!」
と、エディタは誇らしげに胸を張っていた。
「でも、これだけの力を出せるのに、なんで本気を出していただなんて嘘ついていたのだ。その点は、ちょっと納得がいかないのだ!」
ミリアムは一転して、不満げに口をとがらせる。
「それは……。いろいろと複雑な事情があるんだよ。今見せた力だって、ミリアムがいなかったら出せない力だ。しかも、スキルに依存した、本当に限られた時間だけの力……」
「むぅぅ……。そうなのかぁ」
「悪いな」
「で、でも! 母さんを圧倒した力の片鱗は、確かに見せてもらったのだ!」
ミリアムは再び、俺にぴょんっと抱きついてきた。
うぅ……。
だから、返り血べったりのまま、くっつかないでくれよ!
本人があまりにうれしそうにしているので口には出さなかったが、この血なまぐささは勘弁して欲しい……。
苦笑しつつ、されるがままになっていた。
すると、そこに――。
「こらっ! 相手の方が困っているでしょう?」
突如、見知らぬ女性の声が耳に飛び込んできた。




