第45話 竜の少女ミリアム
「待ってくれ!」
マズいぞ。
本気で戦えって言われたところで、今までだって本気だったんだから、無理だよ!
「もう待てないのだ!」
ミリアムの周囲から、強烈な魔力があふれ出す。
近くの木々の枝から、鳥たちが一斉に飛び立った。危険を察知したに違いない。
「こいつを、食らうのだぁーっ!!」
ミリアムは両手を前に突き出した。小さな手のひらに、魔力が濃縮していく。
「い、いけませんわ! デニス、避けて!」
「お兄ちゃん!」
エディタとティーエの悲鳴が森に響き渡った。
まともに食らったら危険だ。
俺は……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「そうこなくっちゃなのだ!」
下界で、ミリアムはうれしそうな声を上げている。
俺はその様子を、上空から見下ろしていた。
「なんとか、間に合ったか……」
ミリアムの放った特大の《エアカッター》が木々をまとめて吹き飛ばし、森には長大な一本の道が刻まれていた。
「あんなもん、まともに食らったら命がいくつあっても足りないぜ……」
胃がぎゅうっと締め付けられる。
おっそろしいな……。
どうにか機転を利かせて空へ逃れられたけれど、俺はこれからどうしたらいい?
ミリアムが魔法を発動する直前、俺はとっさに《信頼》の四枠目にミリアムを入れた。
一時的に跳ね上がったステータスを利用して、全力で跳躍し、こうして難を逃れたわけだが……。
ゆっくりと地面に着地する。
ミリアムはニコニコしながら、俺の様子を見つめていた。
今は《信頼》でミリアムの能力も上がっている。相互支援スキルだから、その点は仕方がない。
つまり、俺とミリアムとの実力差が大きく縮まったわけではない。
俺はミリアムに気付かれぬうちに、《信頼》を解除した。
こうなったら、要所要所で《信頼》を活用していくしかなさそうだ。他に手はない。
ミリアムが俺に悪意を持っていなかったのは幸いだった。
強い興味を持ってくれているおかげで、『親密度』ランクD・0.1倍分の補正値が得られている。
ミリアムの元ステータスが高いせいか、補正倍率が低くても、枠に入れた時の上昇値がかなり大きい。
……これなら、《伝説級》の一部も使えそうだ。
ただ、《伝説級》を使うにしても、残り魔力を考えれば一発勝負。
かなりの賭けだ。
いずれにせよ、だらだらと長期戦は避けたい。
「さぁ、続きを楽しむのだ!」
ミリアムは再び魔力を濃縮し始める。
さっきと同じ動作。あの凶悪な《エアカッター》を、また撃つつもりだろう。
……くそったれ。
もう一度、《信頼》で逃げるか?
どうすべきかの迷いが、俺の判断を一瞬遅らせた。
「えっ?」
気がついたら、目の前にミリアムの姿が――。
「遅いのだっ!」
腹部に強烈なパンチを食らい、俺は吹き飛ばされた。
「デニスっ!」
エディタの悲痛な叫び声が聞こえる。
しまった……。
てっきり、また《エアカッター》を使ってくるかと思っていた。まさか支援魔法で身体能力を底上げして、直接殴ってくるとは……。
地面に叩きつけられ、肺にたまっていた空気を大きく吐き出す。
俺はえずきながらも、どうにか身体を起こした。
「なんでなのだ……」
ミリアムは声を震わせていた。
顔をうつむけていて、表情が見えない。怒っているのか?
「なんで……。なんでなんでなんで! なんで、本気でかかってきてくれないのだぁぁぁぁっっっ!!!!」
ミリアムは顔を上げると、怒りに満ちた表情で天に向かって吼えた。
瞬間、ミリアムの姿が真っ白い霧に包まれる。
同時に、周囲一帯がものすごい地鳴りに揺れた。
しばらくすると地響きが収まり、徐々に霧が晴れていく。
「な……ん……だと……」
眼前の光景に、俺は言葉を失った。
白い霧が晴れた先には、一匹の巨大な竜がたたずんでいた――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
竜――ミリアムは怒り狂っていた。
俺に本気で相手をしてもらえないからと、我慢の限界に達したのだろう。
周囲の空気が魔力にきしみ、肌がひりつく。
あの一撃を受ければ、森ごと吹き飛ぶ──そんな危険が直感で分かった。
ただ、俺としては今の全力を持ってミリアムに対峙している。
勝手に腹を立てられても、正直いい迷惑だ。
さて、状況はさらに悪化した。
ここから俺はどう動く?
このままミリアムと戦い続ける?
それとも、どうにかしてなだめる?
……戦い続けたところで、先はないだろう。
いくら要所で《信頼》を使っても、どうにもならない予感がする。
やはり、なんとかしてミリアムを落ち着かせ、直接の戦闘以外で、俺に対する興味を満たしてやる必要があるのかもしれない。
方針は決まった。
手を尽くして、まずはミリアムの興奮を冷まさせる!
俺は慎重に様子を窺った。
ミリアムは巨大な尻尾を地面に激しく叩きつけている。
なだめるにしても、一度相手をひるませないとどうしようもなさそうだ。
とすると、一番効果的な方法は……。
脳裏に一つの案が浮かぶ。
ミリアムは古竜から、俺との戦闘について聞いているはず。
であるならば――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺は再び、ミリアムを《信頼》の四枠目に設定した。
竜化でステータスがさらに上がっているせいか、さっきよりも受け取る補正値が大きい。
怒りでミリアムの『親密度』が下がっているのでは、と不安だったが、どうやら大丈夫らしい。
精神の深層では、まだ俺に失望していないのだろう。
かつてティーエムちゃんが言っていた。
『親密度』は表層の感情ではなく、深層心理を見ているのだと。
「よし……。うまくいってくれよ」
切り札の《伝説級》は、まだ温存しておく。あくまで最終手段だ。
まずは、《伝説級》なしでやれることをやり切る!
俺は地面を蹴った。
ステータスがかなり向上しているため、身体がすごく軽く感じる。
「ミリアーーーーーム!!!!」
声を限りに叫んだ。
『グギャァァァァッッ!!』
ミリアムは気づき、俺に視線を向ける。
俺はすかさず、風魔法で自分の背を押した。
「いくぞぉぉぉっっ! こいつを、食らいやがれぇぇぇっっ!!」
身体をひねり、勢いに任せた回し蹴りを放つ。
狙うは……首だ!
『ギィエェェェェッッ!』
鋭く伸びた俺のかかとが、ミリアムの首にめり込んだ。
手を緩めず、そのままもう一発蹴りをお見舞いする。
かつてティーエムちゃんの支援を受けていた時ほどの身体能力はないため、一度の跳躍で二連撃が精一杯だ。
俺は地上に降り立ち、再度跳び上がる。
ちらりとミリアムの顔が見えた。
ダメージはそれほど通っていないようだが、明らかに動揺している。
かつて俺がミリアムの母――古竜を攻め立てた手段と同じ攻撃だ。
古竜から詳細を聞いているミリアムが、俺に首を執拗に攻められた件を知らないはずがない。
好機だった。
危険な賭だが、なだめるなら今しかない!
俺は再び風魔法で背を押し、ミリアムの首へ一直線に飛ぶ。
『グアアアアアッッ!』
ミリアムは怯え、動きが止まった。
よし、いける!
俺は両腕を大きく広げ、ミリアムの首に抱きついた。
「ミリアーーム! 聞いてくれーっ!」
動揺するミリアムに向かって、声を振り絞った――。




