第44話 奇妙な少女
「そうこなくっちゃなのだ!」
少女は俺から距離を取り、ニコニコと笑みを浮かべている。
「デニス、よろしいのですか?」
「あぁ、今はとにかく、何でもいいから情報が欲しい!」
俺は少女と戦う決意をし、腰に下げていた剣を鞘ごとエディタに投げる。
「おい、なぜ剣を捨てるのだ?」
「そっちが素手なのに剣を使うのは、ちょっとな……」
《鑑定》で確認したが、少女の俺に対する『親密度』はマイナスに振れていない。敵意は持っていないようだ。
なので、戦闘もちょっとした小手調べ程度で済むだろうと踏んでいる。
それに、少女の姿をしている以上は、さすがに剣で切りつけようとは思えなかった。
「むぅぅ……。本気でかかってきて欲しいのだ!」
「もちろん、本気を出す。俺は別に剣が得意で使っているわけじゃないから、気にするな」
肩をぐるぐると回して、身体を温めた。
まともに戦って勝てないのは明らかだ。
なにしろ、少女のステータスは異常だった。すべての値が一五〇近い。単純比較で、今の俺の倍ほどもある。
人族でないのは間違いないだろう。やはり、魔族?
少女の持つ秘密は是が非でも知りたいけれど、はたして勝てるだろうか。
期待のまなざしを向けてくる少女を前にして、俺は下っ腹に力を込め、気合いを入れる。
両拳をぎゅっと固め、声高に宣言した。
「さぁ、始めようか!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
長期戦に持ち込んでも、勝ち筋は見えない。
すでに、レッドクロコダイル戦で《上級》スキルを一回使っている。《上級》は一日二回が限度なので、使いどころは間違えられない。
「よしっ!」
地面を蹴り、一直線に少女へ迫る。
「おらぁぁぁぁぁっっっ!!」
咆哮を上げ、懐へ飛び込んだ。
「甘いのだ!」
少女はとっさに膝を突き出す。
俺は避けようと身体を反転させた。だが――。
「遅すぎるのだ……」
「ぐあっ!?」
背を向けた瞬間、身体にものすごい衝撃を受けた。
少女が無詠唱で放った《エアカッター》が背中に直撃し、俺は吹き飛ばされる。
「ぐふっ!」
木の幹に叩きつけられた。一瞬、呼吸が止まる……。
「デニス!」
「お兄ちゃん!?」
地面に倒れ込んだ俺の耳に、エディタとティーエの叫び声がかすかに聞こえる。
「くそっ……」
一撃も与えられないまま、結構なダメージを食らっちまった。
マズいぞ……。
「おい……」
気が付いたら、いつの間にか眼前に少女が立っている。
「なぜ手加減をする。本気を出すのだ!」
少女は腕を組み、不機嫌そうに吐き捨てた。
「ちがっ……。俺は、本気――」
「嘘をつくんじゃないのだ! あの動きの遅さ、あり得ないのだ! おまえは、その程度の実力じゃないはずのだ!」
少女は俺に有無を言わせず、ビシッと俺の顔を指さした。
何だろう……。
この少女は、俺を過大評価しすぎていないか?
顔を上げ、改めて少女の姿を見る。
やはり、見覚えはない。
なぜ、この少女は俺に執着するんだ。
「……あれぇ?」
何かに気付いたのか、ティーエが不意に声を上げた。
顔を向けると、ティーエは腕組みをし、しきりに首をかしげている。
「うーん、やっぱそうなのかなぁ……」
「ティーエ……。何か、わかったのか?」
「多分、ね。……お兄ちゃん、いったん戦いはやめといたほうが良さそうだよ」
ティーエは苦笑を浮かべている。
いったい何に気付いたんだろう。
俺は、このまま戦いの手を止めていいのか?
まぁ、ティーエが言うのなら、何か根拠があるんだろう。
創造神様の勘ってヤツかもしれないし。
よし、とりあえず説得してみるか。
俺は立ち上がり、少女と向き合った。
「ようやく本気を出す気になったのか?」
少女はしかめっ面から笑顔に戻ると、ふわりと後方に跳躍し、改めて俺と距離を取った。
「今度は、あたしからいくのだ!」
少女はグッと腰を落とし、地面を強く蹴った。
「えっ!?」
説得するつもりだった俺は、対処に遅れた。
マズい、避けきれない……。
眼前に、少女の拳が迫る。そのとき――。
「その子は、人族でも魔族でもないっ! ドラゴンだ!」
ティーエの大声が森に響き渡った。
少女は一瞬ひるみ、動きが止まった。
俺はこの隙を見逃さず、少女の手首を掴んだ。
「なっ!」
少女は目を見開く。
俺は少女の瞳をじっと見つめ、ささやいた。
「本当か? 君のこと、教えて欲しいな」
少女は戸惑う様子を見せると、顔を赤く染めながらこくりとうなずいた。
「むぅぅ……。バレたら仕方がない。わ、わかったのだ……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺たちは車座になり、少女の話に耳を傾けた。
「あたしは確かに、ドラゴンなのだ」
「おぉ、マジか!?」
「マジなのだ……」
少女は口をとがらせ、不満げにつぶやく。
「ドラゴンは人化ができるからねぇ」
「なるほど……。そいつは知らなかった」
俺の知っているドラゴンのおとぎ話に、そんな描写はなかった気がする。
「まぁ、竜のままでいる時よりも能力が下がるから、好んで人化するドラゴンはあまりいないと思うよ」
「そうなのか?」
「その物知りな子の言うとおりなのだ。ただ、あたしはどうしてもおまえと話をしてみたくて……。竜のままだと人里に降りられないし、人化をしていたのだ」
少女はうなずいた。
「なるほど、ね……。でもどうして、俺と話をしてみたいだなんて。どこかで会ったことがあったっけ?」
「あたしの名はミリアム。……名もなき高山で、あたしの母さんをボコボコにしたのは、おまえ――ええっと」
「あぁ、悪い悪い。俺はデニス。こっちがエディタで、そっちがティーエだ」
「デニスかぁ……。あんたが戦った古竜が、実はあたしの母さんなんだ。ムチャクチャ強い母さんを圧倒した人族ってヤツに興味を持って、ひと目会ってみたいなって」
「そうだったのか……」
「母さんを上回る実力の持ち主だし、下手に接触したら危ないかと思って、遠巻きに観察をしていたのだ!」
ミリアムはニッと笑うと、俺に飛びついた。
「う、うわっ!?」
「あっ!」
突然の事態に、俺もエディタも当惑の声を上げた。
「これが、母さんを圧倒した人族の身体かぁ……。思っていたよりも、華奢なのだ」
ミリアムは俺にぎゅっとしがみつくと、感極まった様子でつぶやいている。
俺の服が真っ赤に染まった。
ミリアムが浴びていた返り血が、抱きつかれることで俺にもべっとりとくっついたせいだ。
うーん……。
女の子に抱きつかれたのに、なぜだかまったくうれしくないよ。
しばらく俺の感触を堪能したミリアムは、満足したのか腕の力を緩め、立ち上がる。
俺たちも釣られて腰を上げた。
「なぁ、デニス」
「な、なんだ?」
ミリアムは俺の目をまじまじと見つめる。
迫力に押され、俺は少したじろいだ。
「お願いなのだ」
ミリアムはトントンッと飛び跳ねながら後方に移動した。
「どうか本気で、あたしの相手をして欲しいのだ!」
ミリアムの周囲の空気が、一気に張り詰めたものに変化した――。




