第43話 異常な現場
意味が、わからない……。
眼前の光景を、俺は素直には受け入れられなかった。
小柄な少女がぴょんぴょんと跳びはねながら、レッドクロコダイルの尻尾による攻撃を華麗にかわしている。
少女の身体にはあちこち、血の塊がべっとりと付いていた。
だが、よくよく見れば、その血塊は少女のものではなさそうだ。
『グギャアアアアアッッ!!』
レッドクロコダイルは叫び声を上げ、怒り狂った様子で尻尾をやたらめったらに叩きつけた。
皮膚のあちこちから血しぶきが噴き出している。
「ねぇ、お兄ちゃん。これって……」
「あぁ、明らかに、レッドクロコダイルのほうが追い詰められていないか?」
少女は飛び跳ねながら、時折鋭い蹴りをレッドクロコダイルにお見舞いしている。
どう見ても、少女が一方的に魔獣を痛めつけているようにしか思えない。
返り血を浴びることをいとわず、少女は魔獣をボコボコにしている。
あり得ない……。
状況を考えれば、あの子が噂に挙がっていた少女だと見て、まず間違いないだろう。
やはり、人族ではない? 魔族の娘なのか?
レッドクロコダイルクラスの魔獣よりも身体能力が上回っているなんて、とても人族とは考えられなかった。
まぁ、《信頼》の支援のある俺たちは例外だけど……。
「ど、どういたしましょう、デニス」
エディタは少女と魔獣を交互に見ながら、困ったようにつぶやいた。
状況が想定外すぎる。
不用意に飛び出していいものか、とっさに判断できなかった。
俺は必死に考える。
このまま少女に加勢するべきだろうか?
それとも、見つからないように様子を見るべきだろうか?
レッドクロコダイルは、このまま放置できない。
何しろ、ギルドの調査依頼の対象になっている魔獣だ。
やはりここは、少女側に立つべきかもしれない。
確かに、魔族だったとしたら人族の敵だ。本来なら、助力なんてできやしない。
でも、魔族かもしれないってのは、俺の勝手な想像にすぎないじゃないか。
……助けよう。
もし少女が魔族だったとして、その時はその時。また改めて考えればいいさ。
「よし、あの子に加勢だ!」
決心した俺は、エディタとティーエに大声で指示を飛ばす。
二人も特に反論はせず、うなずいた。
少女と魔獣の戦闘の様子を、じいっと観察する。
割って入るタイミングを間違えれば、逆に少女からの誤爆の一撃を食らいかねない。
あのレッドクロコダイルの皮膚をも切り裂く少女の攻撃を受ければ、俺もただではすまないだろう。
「っしゃ! いまだ!」
俺は叫んだ。
好機到来。
少女が地面に降り立ち、魔獣の動きが止まったこの一瞬を逃せない――。
『グギャアアアアアアアッッッッ!!!!』
突然、レッドクロコダイルは咆哮を上げ、俺たちのいる側へ方向転換した。
「えっ?」
あっけにとられた俺を尻目に、魔獣は俺たちに向かって一直線に突っ込んできた。
「ま、マズい!」
どうやら、逃走を図ろうとした魔獣の線上に、偶然俺たちが居合わせたようだ。
魔獣も一瞬ひるんだが、結局そのまま突っ込んでくる。
少女を相手にし続けるよりは、俺たちを押しつぶしてそのまま逃げるほうが良いと踏んだのだろう。
「あぁっ! いけませんわ、デニス!」
「ヤバッ!」
エディタとティーエの悲鳴も聞こえた。
「落ち着け! 準備は済ませているんだ。手負いのヤツくらい、どうとでもなる!」
大声で発破をかけ、迎撃態勢に入る。
エディタからの支援はもらっている。近接戦闘のスキルの準備もできた。
さあ、いつでも来い!
「うらぁぁぁぁぁっっっ!!」
俺はかけ声をかけ、一気にスキルを解放した。と同時に、地面を蹴る。
『ギャオオオオオッッ!!』
レッドクロコダイルがもうもうと土煙を上げながら、俺たちに突進してきた。
跳躍した俺は、そのまま魔獣の頭部に着地する。
「そらっ! こいつをくらいな!」
上級スキル《光速攻撃》を発動した。
剣による目に見えぬほどの多段攻撃が、魔獣の皮膚をズタズタに切り裂く。
少女が傷を付けていた箇所を重点的に狙ったので、効果は抜群だった。
『ギィィィィヤァァァァァァ!!』
魔獣は悲鳴を上げ、周囲をのたうち回った。
「エディタ、今だ!」
俺のかけ声に合わせ、エディタの杖から《エアカッター》が飛び出す。
いつもは連発できるよう初級で放っているが、今回は大物が相手だ。エディタは全力をこめた上級で発動していた。
余波を受けないよう、俺は急いで木の陰に隠れる。
冷静さを失っているレッドクロコダイルは、避ける間もなく《エアカッター》の直撃を頭部に受けた。ちょうど、俺が《光速攻撃》で切り刻んだ場所だ。
『グ……ギャ……ギャ…………』
頭部の上半分を《エアカッター》で吹き飛ばされた魔獣は、大きな音を立ててひっくり返り、そのままピクピクとけいれんしている。
「さっすが! お兄ちゃんとお姉ちゃん、最高っ!」
離れたところに立つティーエが、両手を叩いて喜んでいる。
「さて、今楽にしてやる!」
俺は叫ぶと、仰向けで転がっている魔獣の心臓部分をめがけて剣を突き立てた。そのまま一気に押し込み、とどめの一撃を食らわせる。
派手な血しぶきを上げ、レッドクロコダイルはそのまま動かなくなった。
「ふぅ……。勝ったか」
袖で額の汗を拭い、ほうっと大きく息を吐き出した。
きちんと準備をしたとはいえ、難敵を怪我なく倒せた。なかなかいい感じじゃないか。
手応えを感じ、俺は自分の両手をじっと見つめた。
前衛での戦いにも、十分に慣れてきた。高いステータスに振り回されるのではなく、自らの意思で身体を動かし、スキルを活かして戦えるようになってきた実感……。
「デニス!」
エディタがうれしそうに俺の名を呼ぶ。
俺はうなずき、魔獣から剣を引き抜いて、エディタとティーエの元に戻った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「おまえたち!」
三人で手を叩いて喜び合っているところに、怒気をはらんだ少女の声が聞こえてきた。
振り返れば、少女が眉間にしわを寄せながら、俺たちに近づいてきている。
「獲物を横取りするって、いったいどういった了見なのだ! あたしの餌を返すのだっ!」
少女は口をとがらせながら、俺たちを非難した。
助勢を感謝されるかと思っていたところで、まさか逆に怒鳴られるとは……。
「どうする? ずいぶんとご立腹の様子だぞ」
「困りましたわね。あの少女から見れば、わたくしたちは狩りの対象を横殴りで取った、マナー違反の冒険者そのものですし……」
「僕たちとしても、調査の報告のためにあの魔獣の死骸の一部は持ち帰りたいしねぇ。ただ、実際に横取りだと言われれば、確かにそのとおりだし、どうしたもんだろう」
さて、困ったぞ。
とにかく、まずは少女を落ち着かせないとダメだな。話し合いに持っていかないと危険だ。
あの少女は、レッドクロコダイルを単身でボコボコにしている。まともに戦えば、俺たちでも危険な相手だ。
「おい、聞いてるのか? あたしを無視するんじゃないのだ!」
プリプリしながら少女が側までやってきて、俺たちの顔をのぞき込んだ。
すると――。
「あっ……」
少女は俺の顔を見た途端、しかめっ面から笑顔に変わった。
「そうかそうか。なるほどなのだ」
少女は腕を組み、納得顔で何度もうなずく。
俺たちは訳がわからず、顔を見合わせた。
何がなるほどなんだろう。
少なくとも、俺はこの少女を知らない。
「エディタ、ティーエ。見覚えは?」
俺の問いに、二人とも首を横に振った。
「……あたしは、あんたたちをずっと、陰から見守っていたのだ」
「えっ!?」
少女の思いがけない発言に、俺は驚き目を大きく見開いた。
「あんたたちが国境を越えるくらいから、ずっと見張っていたのだ」
少女は胸を張り、鼻をフンッと鳴らした。
つまり、少女の言を信じるとすれば、今まで俺が感じてきた視線の数々は、コーシェ王家からの追跡ではなく……。
「よ、よかった……」
エディタが安堵のため息を漏らす。
王家の関係者に見張られ続けていたのではなかったとわかり、気分が楽になったのだろう。
だがそうなると、今度は新たな問題が生じる。
「えぇっと……なぜ君は、俺たちを監視していたんだ」
見知らぬ少女に見張られる理由がわからない。
「知りたいか?」
少女が問う。
俺はエディタとティーエにチラリと視線を送った。
二人ともこくりと頷く。
「あぁ、知りたい。教えてくれないかな」
「なら!」
俺の返事を聞くや、少女は俺にぐいっと顔を寄せた。
「あたしと戦うのだ!」
「えぇっ!?」
何を言い出すんだ、この娘は!
勝てるわけがない!
俺は戸惑い、視線を泳がせる。
「戦ってみたいのだ! お願いなのだ!」
少し涙目になりながら、少女は俺に懇願した。
いったいどういうわけだ。
なぜ少女は、俺とそんなに戦いたい?
「戦ってくれたら、監視していた理由を教えるのだ!」
両手をばっと広げながら、少女は強く訴える。
参ったなぁ……。
俺はいったい、どうするべきなのだろうか。
判断材料も乏しく、俺は頭を抱えた――。




