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第41話 噂と指名依頼

 翌朝、俺たちは冒険者ギルドに顔を出すと、モニカさんの元に向かった。


「おーい、こっちこっち!」


 併設酒場の一席で、モニカさんが手招きをしている。

 早朝なので、人はほとんどいない。宵越しで飲んでいる冒険者が数人、残っている程度だった。


「あれ、受付カウンターはいいんですか?」

「あっちは同僚に頼んだから、大丈夫よー」


 俺たちはめいめい、指し示された席についた。


「で、頼みたいことってなんです?」


 落ち着いたところで、さっそく用件を確認した。

 モニカさんは普段と違って、真面目な表情だ。


「一つ、調査をお願いしたいのよ」

「調査……ですか? いったい何を調べるんです」

「あなたたち、街の東の噂って知ってる?」


 モニカさんは身を乗り出し、俺たちの顔をぐるりと見渡す。


 噂――聞いたことはなかった。

 初級の依頼は、街の西側の森で済ませられるものがほとんどだ。東側はよくわからない。


 俺たちが頭を横に振ると、モニカさんは詳しく説明を始めた。


 モニカさんによると、こんな噂が最近、ギルドの冒険者たちの間で広がっているらしい。


 街の東方面の依頼を受けた冒険者の数グループが、それぞれ別の場所で、凶悪な魔獣の死骸が転がっているのを見かけた、というものだ。中級冒険者程度では対処が難しいレベルの魔獣らしい。

 同時に、奇妙な少女の目撃情報もあった。全身を血で染めた少女が、空に向かって高笑いを上げている、というものだ。


「不気味、ですね……」

「そうなんだよねぇ。おかげで、東方面の依頼を受けたがる冒険者が減って、困っているんだ」

「で、その噂と調査と、何の関係が?」


 まぁ、うすうす予想は付くが……。

 念のため、確認しておこう。


「早い話が、この噂の真相を探って欲しいってわけなのよ」

「俺たちは初級冒険者ですよ?」


 何を無茶な、と思った。


 東方面の依頼は、中・上級冒険者たちが中心に受諾している。そんな彼らが避けているっていうのに、初級の俺たちがのこのこと出ていってもいいものだろうか。


「その点は、重々承知しているわ。でもあなたたち、実際は上級冒険者って言ってもいいくらいの実力持っているじゃない。それに、ギルド長もあなたたちが適任だろうって」

「そりゃまた、何で……」

「早く冒険者ランクを上げたいんでしょ? この調査依頼を達成してくれれば、相当な高評価を与えてあげられるの。一気に中級へとステップアップよ?」


 なるほど、確かに、俺たちにうってつけの依頼に思える。このままちまちまと初級依頼をこなし続けるのも、だるいといえばだるい。


「ねぇ、お願い。デニスたちだけが頼りなの!」


 モニカさんはより一層身を乗り出し、俺たちに拝むような仕草をした。


 俺としては、引き受けてもいいかなと思い始めていた。

 噂に出ていた凶悪な魔獣連中も、油断さえしなければ、俺たちの負ける要素はなさそうだし。

 だが、まずは仲間の意見を聞かないとな。


「みんなはどう思う?」

「お引き受けしても良いかと思いますわ。ギルド側も、こちらの事情を加味した上での指名のようですし」

「いいんじゃないかな。とっととランクを上げて、面倒な連中を黙らせちゃおうよ」


 エディタもティーエも乗り気のようだ。

 であるならば、話は早い。


「じゃ、受けま――」


 依頼を受けようとうなずいた、そのとき――。


 ガシャンッ!


 何かが割れる音が、酒場に響き渡った。


「おうおうおうっ! 生意気なクソガキが、一丁前に指名依頼かぁ?」


 泥酔していた冒険者の一人が、大声で俺たちにまくし立てる。


 面倒なヤツに絡まれた。

 こいつ、あのオレクじゃないかよ……。


 オレクは立ち上がり、ふらふらとした足取りで俺たちの側に寄ってくる。


「うっ……。酒臭いよ……」


 ティーエが顔をしかめ、鼻をつまんだ。


「酒臭いだぁ? うっせーな。これが飲まずにやってられっかってんだ!」


 オレクは手近の椅子を蹴り飛ばし、くだを巻く。


「ちょおっと、モニカちゃんに気に入られたからって、図々しいんだよ、このクソが!」

「オレクさん、いい加減にしてくださいっ!」


 見かねたモニカさんが立ち上がり、オレクに大声で注意した。


「おいおい、モニカちゃんよぉ。そんな奴らより、俺のほうが頼りになるぜぇ。頼み事なら、俺にしなよぉ」


 悪びれる様子もなく、オレクは酒臭い息をそこら中にまき散らしている。


「本気で言っているんですか? ……あまり言いたくはありませんが、飲んだくれている暇があるのでしたら、もう少し真面目に依頼をこなすなりされたほうがいいと思いますよ」


 モニカさんの強烈な嫌みが飛んだ。

 この様子からすると、普段からオレクにいろいろと不快な思いをさせられているのかもしれない。


「んな、つれないこと言うなよぉー」


 だが、オレクには通じなかったようだ。

 ふらふらとモニカさんに近づこうとするオレクを見て、さすがに俺も我慢ができなかった。


「おい、いい加減にしろよ!」

「あぁん?」


 俺が割って入ると、オレクは顔をしかめて睨んできた。


「モニカちゃんとの楽しいおしゃべりを邪魔するたぁ、ふてぇ野郎だ!」


 オレクはぐいっと俺に顔を近づけてくる。

 むわっと酒臭さが鼻についた。


「モニカさん、困っているだろう?」

「んなわけねーよ。モニカちゃんは、オレとのおしゃべりが、大好きなんだよ!」


 まったく、酔っているとはいえ、自己中にもほどがある。

 このまま叩き伏せちまおうか……。


 俺は拳を固める。

 すると、モニカさんが苦笑しながら、俺の腕に手を触れた。


「大丈夫よ、デニス。こんな場所でしょ。酔っ払いをあしらうのがうまい職員がそろっているから、そっちに任せましょ」


 モニカさんはそう口にすると、手を叩いて誰かを呼んだ。

 物陰から数人のがたいのいい男が現れ、モニカさんの指示でオレクを取り押さえる。


「くそっ! 放せっ! オレは酔っちゃいねぇ!」


 オレクはギャアギャアと喚いているが、ギルド職員は顔色一つ変えずに押さえつけている。


「みっともないにもほどがありますわね……。あのようには、なりたくないですわ」


 ぼそりとエディタがつぶやいた。

 まったく、同感だった。


 とそこで、エディタの声が耳に入ったのだろうか、オレクが叫んだ。


「このアマぁ、なめた口ききやがって……。幸運の女神様だかなんだか知らねぇが、調子に乗ってるんじゃねぇぞ!」


 怒りの矛先が、エディタに向き始めた。

 マズいと思い、俺はすかさずエディタの側に寄った。


「オレぁ、貴様の正体を知っているぞ……」


 職員たちに引きずられながら、オレクはぼそっとつぶやいた。


「えっ?」


 エディタはびくりと身体を震わせ、動きを止めた。

 オレクの言葉の真意を測りかねて、俺も戸惑う。


 正体って……。

 まさか、エディタがコーシェの王族だってことか?

 でも、こんな無能冒険者が、その事実に気付くとは思えない。

 どういう意味だろう……。


 オレクはそのまま、ギルド職員とともに酒場の奥へと消えていった。

 俺たちの胸に、一抹の不安を残して。


「よほど恨まれているようねぇ。あなたたち、十分に気をつけなさい」


 モニカさんは大きくため息をつきながら警告した。

 俺たちは神妙にうなずく。


 用心するに越したことはないな……。


「さ、話が途中だったわね。座って、座って」


 一転、モニカさんはサッと笑顔に戻った。


「で、結局、受けてもらえるってことでいいのかな?」

「えぇ、受諾します。改めて、依頼の詳しい条件などを教えてください」


 俺たちが諾の意を返すと、モニカさんはうれしそうにうなずいた。


「ありがとう! ありがとう! これで、ギルド長にどやされずにすむわよぉー」


 モニカさんは俺の手をぎゅっと握りしめる。


 ホッとした様子のモニカさんから、俺たちは調査依頼の条件について確認した――。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 翌日、準備を終えた俺たちは、さっそくネサルドの街の東門を抜け、噂の調査を始めた。


「さぁて、何が出てくるかなぁ。今の俺たちなら、大概の魔獣には負けないはずだ」

「わたくし、腕が鳴りますわ……!」


 エディタは興奮気味に、手に持つ杖を握りしめる。

 やっと歯ごたえのある依頼を受けられたんだ。自然と気合いも入るってもんだ。


「……とはいえ、ドラゴンだけは勘弁だけどな」

「うふふっ、確かに。わたくしももう、あのような目には遭いたくありませんし」


 街道を道なりに歩きながら、俺はエディタと談笑している。

 魔獣の死骸の発見現場はだいぶ先だ。天気も良く、今はまだ、ちょっとしたピクニック気分もあった。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん。言霊って知ってる? そういった不吉なことを言うとね、大概、実際に凶事が起こったりするらしいよ」

「ティーエも心配性だなぁ。迷信じゃないのか?」


 俺は笑い飛ばした。


「ふぅ……。やれやれ、お気楽なお兄ちゃんにも困ったもんだよ」


 ティーエは肩をすくめ、ため息をついている。

 創造神が迷信深いって何の冗談だよとは思ったが、ぐっと黙っておく。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん。魔獣もいいけれど、奇妙な少女の件も忘れちゃ駄目だよ」

「わかってるって。……血まみれってのが、ちょいと物騒でいやな予感はするけれど」

「人……なんでしょうか?」

「どうだろうなぁ……。もしかしたら、魔族だったりするのかも」


 正直なところ、情報がなさ過ぎて予想も付かなかった。

 すると、そのとき――。


「ん?」


 背後から視線を感じた。


「どうしました?」

「いや、また何か視線を……」


 俺は振り返り、辺りを見回した。

 何もみあたらない。


「毎度毎度、いやになっちゃうなぁ。わたしたちを監視して、何がしたいのやら」

「えぇ、本当に……。コーシェ王室の手の者なのか、それ以外の何かなのか。とにかく、いい加減にしてもらいたいですわ」


 ティーエもエディタも不満を漏らす。


「まぁ、今回も付かず離れず、俺たちに接触するつもりはないようだ。無視して先に進もう」


 いつの間にか、視線は消えていた。


 先行きにわずかな不安を抱きつつ、俺たちは噂の現場へと向かっていった――。

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