第37話 ギルド長
「何事も最初が肝心だよなぁ。ここでいっちょ、オレ様がてめぇを教育してやるっ!」
男はすっかり頭に血が上っているようだった。
おいおい、マジかよ……。って言うか、誰か止めろよ!
コイツの仲間はどこに行ったんだ?
まったく、俺たちはこんなところで揉めている場合じゃないんだって!
俺は身構え、男の顔を睨みつける。
内心うんざりしていたが、このまま無視するわけにもいかない。
ここで俺も剣を抜いたら、収拾が付かなくなりそうだった。
ただ、この程度の相手なら、武器を使うまでもない。素手で制圧できるはず。
チラリと《鑑定》で男の能力を確認したが、駆け出しに毛が生えた程度のものだった。格下相手にイキるだけしかできない、無能冒険者だと当たりを付ける。
残念だったな。俺は格下じゃあないぜ。
俺はニヤリと笑い、スッと腰を落とした。
動きについていけない男は、俺にあっけなく足を払われ宙を舞う。
「へっ?」
男は素っ頓狂な声を上げながら、盛大な音を立てて床に倒れた。握っていた剣は男の手から離れ、近くに転がっている。
ったく、単純な足払い程度もよけられないって、相当の雑魚だな。
……まぁ、本当の新人相手になら、もうちょいマシな動きができたのかもしれないけれど。相手が悪かったな。
俺は立ち上がり、うつ伏せに倒れている男を見下しながら、大きくため息をついた。
「相手を見て難癖を付けろよな、おっさん」
男は床に口づけをしながら、ピクピクと身体を震わせている。
「お兄ちゃん……。ちょっとやり過ぎたっぽいよ」
「マジか? 相手が手応えなさ過ぎて、これ以上の手加減はさすがに難しいぞ。武器を持ちだしていたし、周囲に怪我人が出たらマズいだろう?」
「デニス、あまり相手を煽っては……」
別に煽っているつもりはないんだけどな。
率直な意見を言ったつもりだったけれど、どうやらあまりよろしくないらしい。気をつけておこう。
「あの……、大丈夫ですか?」
エディタは男の側に寄り、膝をついた。
「ぐっ……」
男はうめき声を上げつつ、両手を床について身体を起こした。
「ち、ちくしょう!」
「お、落ち着いてくださいませ」
なだめようとエディタが男に手を伸ばした、その瞬間――。
「きゃっ!」
エディタの悲鳴が響き渡った。
男がエディタの手首をつかみ、きつく握りしめている。
「おいっ、エディタに何をしやがる!」
「う、うるせぇ! 新人に馬鹿にされて、このまま引き下がれるかっての」
男は立ち上がると、腕を引いてエディタを自分の側まで引っ張ろうとした。
俺の《信頼》によるステータス支援があるとはいえ、魔術師のエディタの筋力では、さすがに男の力には敵わない。
エディタはバランスを崩し、倒れそうになった。
「や、やめなさいっ」
エディタは叫び、腕を振り払おうとする。
「暴れるなって!」
男はエディタをつかむ手に一層力を込めた。
「くっ! 《エアカッター》!!」
エディタの上げる詠唱の声とともに、圧縮された空気が男の腕に襲いかかった。
「ぎゃぁっ!」
男は悲鳴を上げ、たまらずエディタを放した。
「不埒な真似はやめなさい! 先輩冒険者として、恥ずかしいと思わないのですかっ!」
高く通った声で、エディタは男を叱責する。顔は紅潮しており、だいぶお怒りの様子だ。
俺の時より明らかに怒り度が高い気がするのは……気のせいだと思っておこう。
一方で、周囲からは歓声が上がっている。男をあっさりと撃退したエディタに、皆興味津々のようだった。
同時に、俺に対する侮ったような視線も弱まった気がした。
実際に実力を示したことで、ある程度は受け入れられたのかもしれない。怪我の功名かな。これで、今後は絡まれるような事態は避けられる。
「へぇぇー……。あなたたち、やっぱり力は本物なのね。カードの表記に偽りはなかった、か」
モニカさんが感心するかのように首を縦に振っていた。
それにしても、見ていたのなら止めて欲しかったな、モニカさん……。
「お、オレを無視するんじゃねぇ……」
男がエディタのエアカッターで切りつけられた腕をさすりながら、俺たちの前に立ち塞がった。
「なんだよ。まだやるのか?」
俺はため息をつきつつ、チラリとモニカさんに目線を送った。
ここはギルドに仲裁してもらったほうがいいだろう。俺がいくら言ったところで、この男が聞くとも思えなかった。
「デニス君、ゴメンね。ギルドは冒険者同士のもめ事には、基本ノータッチを貫かないといけないの」
「マジですか?」
「マジなんです……」
モニカさんはすまなそうに口にした。
「おいおい、オレクよぉ。そんな年若いお嬢ちゃんに負けるなんざぁ、さすがにみっともねぇぞ」
周囲の冒険者たちになじられ、男――オレクは肩をふるわせていた。
「ち、ちくしょうっっっ!!」
オレクは怒声を上げ、俺に向かって暴走気味に飛びかかってきた。
俺は迎撃しようと腰を落とす。
刹那――。
「待ちなっ!!」
階段の上から男の声が響き渡った。
「や、やべぇ……」
オレクは突然足を止め、ばつの悪そうな表情を浮かべながら、後ずさりをした。
「子供相手に何ムキになっているんだ、オレク!」
「ぱ、パトリクさん……。これには、深いわけが」
「あぁん?」
「ひっ……」
パトリクと呼ばれた中年の男が凄むと、オレクはビクッと肩をすくめ、俺からどんどん距離をとっていく。
「今日のところは見逃してやる。さっさと消えろ!」
「は、はいっ……。貴様、覚えていろよっ!」
オレクは捨て台詞を吐きながら、走って表に消えていった。
「さて……」
「あの、誰だか知らないけれど、助かりました」
俺が頭を下げると、「フム……」とつぶやきながら男が俺を興味深げに見つめる。
「おまえたちが、ヨゼフ様の紹介にあった冒険者たちだな?」
「ってことは、あんた――あなたは、もしかして」
ピンときて、俺はすぐさま言葉遣いを改めた。
「あぁ、ネサルドの冒険者ギルドを取りまとめている、ギルド長のパトリクだ」
長身ですらっとした体型に見えるが、服の袖から見える腕には筋肉ががっちりと付いていた。だいぶ鍛え上げられていそうだ。
それにしても、ギルド長直々にお出ましとは。
心の準備ができていないぞ……。
「えぇっと、その……」
俺は戸惑い、口ごもった。
すると、すかさず脇からエディタが助け船を出す。
「本当に助かりました。でも、良かったんですの? モニカさんが、ギルドは冒険者同士のいさかいには口を出さないとおっしゃっていたのですが……」
「そうなんだがなぁ、さすがにヨゼフ様から紹介されたおまえたちを、あのまま放置しておく訳にも、な」
「それは……お手数おかけしましたわ」
「気にするな」
パトリクは微笑を浮かべ、俺の背中をバンバンと叩いた。
いてて。
けっこうなおっさんのくせに、なかなかの馬鹿力だな……。
「ギルド長、すみません、お手間を」
「おまえじゃ対処しきれんだろう。こういうときは上役の出番さ」
頭を下げるモニカさんに、パトリクはカラカラと笑い飛ばす。
このおっさん、なかなかの好漢じゃないか。
「それにしても……本当にまだ若いな。これからいろいろと大変なこともあるだろうけれど、まぁがんばれよ」
「気を遣っていただいて、ありがとうございます」
背中を叩かれて緊張が解けた俺は、今度は素直に礼を言えた。
交渉下手……ていうか、女性や立場のある人の前で緊張してしまう性質は、いい加減なんとかしないとだな。
こればかりは、《信頼》でのステータス補正じゃどうにもならない。
地道に精進しないとダメだろうと、腹をくくった――。




