第34話 ネサルドの領主
失神していた男の意識が戻った。
俺は男に肩を貸し、馬車の座席に座らせる。
「すまない。……君たちが助けてくれたのか?」
「そうよ、お父様。盗賊たちはすべて、この方々が生け捕りにしてくれたの」
「それは本当か! ……ありがとう、感謝するよ」
少女の言葉を聞いて、男は目を丸くしながら俺を見つめる。
「しかも! 私の致命傷になりかけていた傷まで、癒やしてくれたのよ」
「なんと……。本当に、本当に、感謝する……」
男は俺の手を握りしめ、涙を流した。
大げさだなとは思ったが、それだけ、この男にとって娘が大切だったんだろう。娘思いのいい父親じゃないか。
「改めて、私からもお礼を言わせて」
少女はそう口にすると、横から俺に抱きついてきた。
「あっ!」
背後でエディタが唖然としたような声を上げる。
「ありがとうございます、お兄さん!」
「ちょ、ま……」
少女はエディタの声には気にもとめず、そのまま俺をぎゅっと抱きしめた。
一方で、思いがけない少女の行動に、俺は動揺を隠しきれなかった。抱きしめ返すわけにもいかずに、持て余した両手を空中でふらふら動かし、ドギマギしながらあちこち視線をさまよわせる。
エディタと目が合った。
なんだか、眉間にしわが寄っている気がするな……。無言の圧が痛い。
しばらく俺はされるがままになっていたが、やがて少女は満足したのか、俺から離れた。
「君たちは、もしかして名のある冒険者なのかな?」
男は俺に向き直り、尋ねてきた。
言葉に窮する。
なんと説明すべきだろう……。
下手なことをしゃべって、妙な詮索をされても困る。
コーシェの人間だってのは、黙っていたほうがいいかもしれないな。
「ただの、無名の冒険者ですよ」
相手の事情がわからない以上は、とにかく慎重に、だ。
それに、交渉下手は自覚しているから、余計なことはしゃべらないぞ。
俺に任せるよう、エディタには目配せをしておく。
おそらく、エディタのほうが上手に交渉ができるだろう。だが、素性がばれる危険性を考えれば、とてもじゃないけれど頼めない。
また、ティーエは見た目が十二、三歳くらいの少女だ。絶対に相手に侮られる。
俺が、やるしかない。
「お父様、そういった事情ですので、この方々に何かお礼を差し上げたいのですが」
「フム……。もっともな話だな……」
男は腕を組み、考え込んだ。
ここで仰々しい褒美を要求したら、彼らとの強いつながりができる。
つまり、エディタの正体がばれる危険性が、増える。
欲張らずに、ほどほどにしておいたほうがいいかな。
お金は欲しいけれど……。
「素材が劣化した分の損失がなんとかなれば、それでかまいません。街の官憲から、盗賊を捕縛した謝礼ももらえるでしょうし」
この程度なら問題ないだろう。
あと、相手の身分が高そうなので、言葉遣いには注意だ。
「しかしだな……。命を救ってもらった礼として、その程度では釣り合わんぞ」
「冒険者ギルドを通した依頼ではないですし、私たちもあまり大事にはしたくないのです」
さっさと交渉を切り上げて、報酬をもらっておさらばしたい。
少し強引だけれど、これで要求をのんでもらおう。
「うぅむ……」
男は眉根を寄せ、うなり声を上げている。
「お父様、それではわたくしの誕生パーティーにご招待する、というのはいかがでしょうか」
「なるほど、それはいい! そこで、改めて何かお礼ができれば、満足してもらえるだろう」
男と少女は手を叩き合いながら喜んでいる。
微笑ましい。
実に、微笑ましい光景だ。
でも、俺たちにとっては、ちょっと雲行きの怪しい展開……。
「というわけだ。よければ君たちを、我が娘の誕生パーティーに招待したい」
「ぜひ、皆様にお越しいただきたいです!」
二人の圧力をひしひしと感じる。
こいつは断りにくいぞ。下手に断って角が立っても、それはそれでマズい。
俺は、どうすればいい?
おそらくは貴族だろう彼らのプライベートな催しへの招待を受けてしまえば、より密接に関わることになるわけで、エディタの件が明るみに出る危険性が無茶苦茶に跳ね上がる。
かといって、ここまで熱心に誘ってもらっているのに断れば、心証が悪化しかねない。
もし予想どおりに相手が貴族だった場合、今後の俺たちのアリストリア王国内での活動に、支障が出るおそれがある。横やりを入れられたりして邪魔されたら、たまったもんじゃないな。
なら、どちらをより重視すればいい?
……俺の答えは、一つだ。
「熱心に誘っていただいたのはうれしいのですが、私たちは――」
「喜んで、お誘いをお受けいたしますわ」
「えっ?」
エディタが言葉をかぶせてきた。
俺とは真逆の結論。
「エ、エディタ。ちょっと待って」
「ここはお受けいたしましょう? そんなに心配する必要はないですわ。ただの誕生パーティーですもの」
「でも――」
エディタが何を考えているのか、わからなかった。
貴族と、それもコーシェ王国と関係のよくない国の貴族と交流を図る危険性は、エディタ自身が一番わかっているはずだ。
なのに、なぜ?
エディタは戸惑う俺の耳元に口を寄せて、ささやいてきた。
「対貴族はわたくしに任せてください。ボロを出すような真似はいたしませんわ。この縁を利用して、アリストリア王国内に私たちの立ち位置を、うまく確保いたしましょう」
「大丈夫なのか?」
「まだ成人前の娘の誕生パーティーです。そこまで大げさなものにはならないでしょう」
「そういうもんか?」
「そういうものですわ」
エディタはやたらニコニコしながら、俺に持論を展開する。
何がそんなにうれしいんだろうか。少なくとも、「恋人かどうか」を真っ先に聞いてきた相手のパーティーだぞ。
うーん、わからん!
「では、決まりですね。後ほどお父様から招待状を送らせていただきます。宿はネサルドの街ですよね?」
「はい、そうですわ」
戸惑う俺を尻目に、エディタがどんどんと話を進めていく。
まぁ、正体が明るみに出た際に、一番リスクが高くなるのはエディタだ。そのエディタがかまわないというのだから、任せてしまうのも一手なのかもしれない。
かなり不安だけど……。
「では、時期が来たら君たちの宿に招待状が届くよう、手配をしておく。……申し遅れたが、私はネサルドの領主、ヨゼフ・ヤナーク。ネサルド伯を王より賜っている」
「私は長女のミルシェです。よろしくね、お兄さん」
「え!?」
貴族だろうとは思ったが、上位貴族、それもネサルドの領主だったとは。
俺は慌ててエディタに顔を向けた。
だが、エディタは顔色を変えず、うなずいている。
相手がネサルドの領主とわかっても、お誘いを受ける決断を変えるつもりがないようだ。
「好都合ですわ。ほら、デニス」
エディタに肘でつつかれた。
いったい、今度はなんだ?
エディタは俺の胸元を指さしている。
何だろうと思い目線を向けて……。
「あっ……」
冒険者カードが目に入った。
なるほど、領主の力で冒険者ギルドの件をなんとかしてもらうって話か。
エディタもなかなか機転が利くじゃないか。
俺はエディタにうなずくと、ヨゼフに向き直り、口を開いた。
「実は私たち、ネサルドの冒険者ギルドに登録をしようと思ったんですが、断られて……」
「なんだって!」
ヨゼフは目を丸くした。
「あちこち流れ旅をしていて、先日コーシェからこの国に入ったばかりなんです。それで、身分証がない人間は登録できないと受付の男に言われて……」
ギルドでの出来事を、簡潔にヨゼフに伝えた。あくまで、コーシェから来た一般の冒険者だと強調しておく。
ヨゼフは口元に手を当て、何やら思案をしている。
しばらくして考えがまとまったのか、口元から手を外して、俺の顔をじいっと見つめた。
「なるほど、な……。なんとなく事情はわかった。私がギルドへの紹介状を書くので、それをギルド長に渡してくれ」
「……助かります」
「なーに、命の恩人だからね、君たちは」
ヨゼフは歯を出してニッと笑った。
俺は胸をなで下ろした。
これで、ネサルドでの活動が格段に楽になる。
今後の生活の展望が、一気に開けてきたぞ。
「それにしてもお嬢さん。所作がきれいですが、どこかの貴族か大商会の娘さんですか?」
ヨゼフはエディタに向き直り、ドキリとするような問いを投げかけた。
「えっ? ……いえいえ、まさか! 貴族の娘が、冒険者のような荒くれ仕事をしていようはずがありませんわ。わたくしは、お金持ちのお嬢様に憧れてその口調や所作を真似ただけの、愚かな町娘にすぎません」
「……変わったお嬢さんだ」
ヨゼフはミルシェと顔を見合わせ、クスクスと笑っている。
どうやら、妙な勘ぐりはされずにすんだようだ。
まったく、貴族とのやりとりは、今後もヒヤヒヤしそうだな。
俺は安堵でホッと息を継いだ。
とその時――。
馬車の外の茂みから、ガサガサと音が聞こえてきた。
「なんだ? 魔獣か?」
俺は剣を手に持ち、馬車の外へ飛び出した。
周囲を見回したが、馬車のそばに転がっている縄で縛られた盗賊たち以外に、動くものは見当たらない。
「んっ?」
まただ。
短く、鋭い視線の気配――さっき森の中で感じたものに似ている。
顔を向けると、茂みがわずかに動いた気がした。
「誰だ!」
茂みに向かって声を張り上げた。
すると、再びガサガサッと音がして、茂みから何者かが走り去っていった。
「待てっ!」
俺は駆け出し、後を追おうとした。だが――。
「お兄ちゃん、待って!」
ティーエが呼び止める。
「今お兄ちゃんがここを離れたら、危険だよ! 捕縛しているとはいえ、盗賊たちもいるんだし!」
ハッとして俺は足を止めた。
ティーエの指摘ももっともだ。
今回も監視されていただけ。深追いはやめておこう。
「ねぇデニス、これって……」
エディタが音のした茂み付近を指さしている。
「また、子供の足跡か?」
「みたいだねぇ。この前のと同一人物かな」
「可能性は、高そうですわね……」
茂みの前の土には、小さな靴跡が点々と残っていた。
あからさまな敵意は感じない。けれど、こちらの動きをずっと見ている――そんな、落ち着かない感覚だけが残る。
いったい、相手の目的は何なんだろう。
襲ってくるでも無し。ただ監視しているだけだ。
正体がわからないからこそ、余計に頭から離れない存在だった――。




