第33話 馬車の親子
エディタのポーションによる治療が進み、俺はどうにか動ける程度まで回復した。
俺の希望としては、ポーション使用はここまでにとどめたい。
けれど、今回はエディタの望みどおりに、ほぼ全回復するまで治療をするつもりだ。
「助かったよ、エディタ。あとはもう、自分でポーションを飲める」
自分で手足を動かせるようになった以上、このままエディタにポーションを飲ませてもらうのはちょっと恥ずかしい。あとは自分で治療を続けるつもりだった。
だが――。
「ダ、メ、で、す、わ! デニス、あなたきっと、途中で飲むのをやめるでしょう? わたくしには、すべてお見通しです!」
「い、いや……。そんなつもりはないんだけど」
「ダ、メ、で、す、わ!」
身を起こそうとする俺を、エディタは力尽くで押しとどめる。
まだ本調子でない俺の身体では、抵抗しきれなかった。
参ったな。
もうしばらく、このままエディタにポーションを飲ませてもらうか……。
まぁ、看護されること自体は、イヤじゃないしな。
俺は諦め、再びエディタのされるがままになる。
彼女の指先が震えているのがわかる。さっきの一撃が、どれだけ怖かったか――それを考えると、強くは出られない。
すると、俺とエディタが二人でよろしくやっているところに、横から声がかかった。
「あ……あのぉ……。よろしいですか?」
先ほど俺が助けた少女だ。
……自分が襲われて怪我を負ったせいで、すっかり忘れていた。スマン。
真っ青だった少女の顔も、今ではほんのりと赤く染まっている。泥で薄汚れた銀髪が顔の所々に張り付いているが、洗えばきっと美しく輝くのだろう。手入れの行き届いていそうな髪だった。
出血していた部分に目をやれば、どうやら傷口はすべて塞がったようで、流血はしていない。上等そうなローブが血で赤黒く染まっているのが、ちょっと痛々しくはあったが。
見た感じだと、ティーエと同い年くらいだろうか。
「もう意識ははっきりしたのか?」
「はい、あなたのおかげで、助かりました」
少女は礼を口にすると、チラチラと俺に目線を送ってくる。
何だろう、気になるな。
「ん? どうした? 俺の顔に何か付いているか?」
「いえ……。あの、お二人は、恋人同士なのですか?」
「えっ?」
「っ!?」
少女の発言に、俺とエディタは互いに顔を見合わせた。
「い、いや。そういうわけじゃ……」
「た、旅の仲間ですわ。私たち」
少し声がうわずった。
エディタはポーションの瓶を持つ手に力を込め、視線を逸らす。
まさか、恋人かどうかなんて聞かれるとは……。
「ふふっ、そうですか。だいぶ仲良しさんに見えたので、つい」
少女は口元を押さえて、忍び笑いを漏らした。
所作がきれいだ。
エディタみたいに、身分のあるお嬢さんなのかな?
「あっ! 私ったら、そのようなことを聞くつもりではなかったのに……。馬車の中の、父を助けてもらえませんか?」
少女はチラリと、御者台の破壊された馬車に顔を向けた。
そういえば、馬車の中から助けて欲しいとの男の声が、漏れ聞こえていた気がする。少女のほうが命の危機だと思って優先したので、男がどうなったか確かめていない。
「戻ったよ、お兄ちゃん」
「お、ティーエ、ちょうどいい。周囲はもう大丈夫そうか?」
「盗賊は全員縄できつく拘束したよ。護衛の方々は、残念だけれど……」
「そうか……。馬車の中はどうだ?」
「そっちはまだ見ていないけれど、物音一つしないねぇ」
「えっ……」
ティーエの報告を聞いて、少女はサッと表情を曇らせる。
「あ、あの……。父は……」
「とにかく、様子を見に行こう」
そうこうしている間に、俺の傷はほぼ回復していた。魔力が欠乏している以外に、もう身体に問題はない。
剣を身につけ直すと、俺は先導して馬車の中に向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
馬車は、どうやら御者台以外は無事だったようだ。
内部は荷物が散乱しているが、馬車自体にダメージはないようだ。
「お父様っ!!」
少女は叫び、散乱した荷物を手でどかし始めた。
馬車の一番奥に、どうやら一人、男が倒れているのが目に映る。
「手伝う」
少女の隣に立ち、床に転がった木箱や樽をどかした。
男は大丈夫だろうか。ピクリとも動かない。
出血しているようには見えないので、外傷はなさそうだが……。
ある程度歩けるぐらいに荷物を片したところで、俺たちは男に近づいた。
やはり、出血は見当たらない。
男は細身なので、傷の見落としもないはずだ。
見たところ三十代前半くらいか。娘と同じ長めのきれいな銀髪を、後ろになで上げている。
服も上等なものが使われているようだ。なめらかでつやがあった。
「お……お父様っ!」
少女は男に駆け寄り、身体を抱き起こそうとした。
「い、生きている……。よかったぁ……」
少女の安堵の声が漏れた。
「失神しているだけか?」
「はい、そのようです。……ありがとうございました、助けていただいて」
「いや、たまたま通りがかり、見過ごせないなって思っただけだから」
「本当に、助かりました。あなた方がいなかったら、わたくしも父も、今頃は命がなかったはずです。きっと父も、目覚めたらあなた方に感謝するでしょう。必ず、お礼はさせてもらいます!」
少女は目に涙を浮かべ、肩を震わせている。
護衛は残念だったけれど、救えた命もあった。
俺たちの行動は、決して無駄にはならなかったな。
お礼ももらえるというのなら、時間をロスして素材の品質が落ちたことによる損失も、問題はなさそうだ。
……ゲスい話だけれども、今の俺たちにはどうしても資金が必要なんだ。お礼は助かる。
ただ、ちょっと不安もある。
身なりを考えると、この男、もしかしたらそれなりの身分なのではないか、と。
貴族だとすれば、もしかしたらエディタの正体に感づかれるおそれもあるかもしれない。警戒だけは怠らないようにしておこう――。




