第32話 貴重なポーション
「ぐぅっ! ハァ、ハァ……」
俺はあえぎながら、どうにか立ち上がろうと試みた。
「ぐあっ!」
身体にしびれが走った。うまく手足を動かせない。
背中がドクンドクンと激しく脈打っている。だいぶ出血していそうだ。
撃ち漏らした盗賊の残党が、ナイフか何かを投げてきたのか?
ご丁寧に、痺れ薬まで塗り込んでやがる。
「そこですわねっ!」
エディタの怒声とともに、周囲にものすごい突風が巻き起こった。
周囲の木々が激しく揺れてきしむ音が、耳に痛いほど飛び込んでくる。
動けない俺に代わって、ナイフを投げてきた残党に攻撃を加えているようだ。
やがて残党の悲鳴らしきものが上がった。
「デニスを傷つけるなんて……。許せない……許せないですわ!」
エディタは憤慨した声を上げ、さらに詠唱を始めた。
その横顔には涙が浮かび、歯を食いしばっている。
「ま、待って、エディタ。無駄に魔力は……」
すでに結構な数の魔法を放っているはずだ。
街までまだ距離があるし、ここで魔力切れはマズい。
いくら無力化させているとはいえ、盗賊たちを護送する際に何かトラブルに遭遇する可能性だってある。
俺はすでに《上級》を二回放ち、今日はもう魔力切れだ。ここでエディタまで魔力切れになっては、非常に危険だった。
「エディタお姉ちゃん!」
ティーエが声を張り上げた。
すると、エディタは完成間近までいっていた詠唱を中断した。
うまくティーエが制止してくれたようだ。
「わ、わたくし……」
エディタが戸惑いの声を上げる。
怒りと不安が一気に冷め、代わりに自分の行動への恐怖が押し寄せてきたのだろう。
「俺のために怒ってくれたんだろう? ありがとう。でも、とりあえず落ち着いて」
「は、はい……」
優しく頭を撫でてやりたいところだったが、俺は全身痺れたまま。無様に地面とキスをしている。
背中の脈の律動が激しくなった気がした。出血が止まっていないな……。
「ひどい……。ずいぶん深く刺さっていますわ」
エディタはつぶやき、俺のすぐそばに座り込んだ。
「今ナイフを抜きます。少々我慢してくださいませ」
「うぐぅっ!」
背中から何かが抜かれる感触とともに、俺は痛みでうめいた。
「デニス、まだ回復魔法は使えますか?」
「い、いや……。俺はもう、魔力切れ……」
痛みで頭がもうろうとした。
「お兄ちゃん、《上級》連発での魔力切れは、さすがにダメだよ。もっと後先考えてスキルは選ばないと」
「面目、ない……」
「って、お説教は後だね。どうしよう、さすがにこの傷は放っておいちゃマズいね」
「わたくしも、回復魔法は使えませんし……。ポーションですね」
エディタは立ち上がり、駆けていった。
戦闘に巻き込まないように荷物を森に隠したので、取りに行ったのだろう。
「わたしはもう一度周辺を見回ってくるよ。多分、もう大丈夫だと思うけれど」
「すまない。気をつけて」
「大丈夫。僕を誰だと思っているんだい」
ティーエが耳元でささやく。
「そうだ、な……」
ティーエは創造神だ。……たまに、失念しそうになるけれど。
「デニス、お待たせしました!」
エディタが息せき切って戻ってきた。
「ありったけ、ポーションを使いますわ! デニスは、わたくしが助けます! 絶対に助けますわっ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、エディタ」
慌ててエディタを止めた。
俺としては、自分の魔力がある程度戻るまでの応急処置程度で、十分だと思っている。魔力さえあれば、回復魔法が使えるようになるし。
でも、今のこのエディタの勢いだと、ポーションで完全回復させようと考えているんじゃないか?
気持ちはありがたい。俺だってこんな痛み、早くとってしまいたい。
それに、能力的に物理戦闘ができるのは俺だけだから、確かにこのまま俺が動けないのは、エディタやティーエにとっても危険だ。
とは言え、今は極度の資金難。
ここで、貴重なポーションをむやみに使わせていいのか?
とにかく、俺は大丈夫。ちょっと血を止めてくれるだけで問題はない。
もし万が一肉弾戦が必要になった時に、あらためてポーションをがぶ飲みさせてくれれば、なんとかなる。
「ポーションは貴重だ。資金ができるまで、やたらと使っちゃダメだ」
「ですがっ! このままでは、デニスがあまりにも……」
涙ぐむエディタの声に、俺は居たたまれなくなる。
それでも……。
「俺は大丈夫だから。資金が尽きたら、それこそ俺たちに未来はないぞ」
街にいられなくなる。
そうなってしまえば、物資の補給もできずに、いずれ俺たちは……。
「違います! 今ここでデニスに何かあれば、お金も何もありませんわ!」
エディタの悲痛の叫びが、耳に痛い。
――そこまで言わせてしまうほど、俺は彼女に頼られているのか。
胸の奥が、別の意味でずきりと痛んだ。
「わかってくれ、エディタ」
「いいえ、わかりません! そこまで拒絶をするのなら、わたくしにも考えがあります。口うつしで、飲ませるまでですわ!」
「ちょっ!?」
エディタは俺を抱き起こした。
手にはポーションの瓶を持っている。
エディタの目が据わっていた。これは……本気だ!
エディタは瓶の蓋を口で外すと、そのまま内容物を口に含もうとした。
「ま、待って待って! わかった、俺の負けだ」
さすがに、口移しされるわけにはいかない。
「飲むから! ちゃんと飲むから、待ってくれ!」
俺が叫ぶと、エディタは一転して、にこりと微笑んだ。
「ふふっ。わかってくださって、わたくしうれしいですわ」
エディタはニコニコしながら、俺の口元にポーションの飲み口を当てた。
……これは、もしかしてエディタに一杯食わされた?
俺が自発的に飲むようにって、うまく誘導された気がするぞ。
とは言え、エディタが俺を案じてくれているのは十分に伝わった。
ここまでされて、受け入れないのもどうかと思う。
俺はエディタの手助けの元、動けるようになるまでポーションを飲み続けた。
エディタは俺の背に優しく手を添え、むせないように注意しながらポーションを飲ませてくれる。
その手は小刻みに震えていて、どれだけ怖かったのかが伝わってくる。
必死に治療をしてくれるエディタの顔を見て、俺は胸が温かくなった――。
この子を守る側に立つと決めていたはずなのに。守られてばかりじゃ、格好がつかないよな。




